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第14話 旅立ち

春。


桜が満開だった。



美咲は看護学校を卒業した。



国家試験にも合格。



ついに。



ついに夢を叶えた。



看護師になったのだ。




卒業式の日。



美咲は真っ先に悠真を探した。



人混みの向こう。



少し離れた場所で拍手している人がいる。




悠真だった。




スーツ姿。



少し疲れた顔。



でも。



誰よりも嬉しそうに笑っていた。




「お兄ちゃん!」




美咲は駆け寄る。




「卒業おめでとう。」




その言葉を聞いた瞬間。



涙が出た。




「ありがとう。」




本当に。



ここまで来られたのは。



この人のおかげだった。





数週間後。



美咲は地方の総合病院への就職が決まった。




住む街も変わる。



病院の寮へ入る予定だった。




つまり。



兄妹は離れて暮らすことになる。




今までで一番遠く。




施設時代も。



社会人になってからも。



会おうと思えば会えた。




でも今回は違う。




簡単には会えない距離だった。




引っ越しの日。




小さな荷物を車へ積む。




教科書。



服。



母の写真。



そして。



折り紙の星。




あの日。



クリスマスにもらった宝物。




今も大切に持っていた。




「まだ持ってるのか。」




悠真が笑う。




「当たり前。」




美咲は胸に抱いた。




「一生持ってる。」




「大げさだな。」




昔と同じやり取りだった。





出発の時間が近づく。




駅のホーム。




春風が吹いていた。




「頑張れよ。」




悠真が言う。




「うん。」




「無理するな。」




「お兄ちゃんもね。」




「俺は大丈夫。」




その言葉に。



美咲は少しだけ眉をひそめた。




またその言葉。




大丈夫。




子供の頃から聞いてきた。




でも。



最近は少し違って聞こえる。




本当に大丈夫なのだろうか。




そう思うことが増えていた。




列車が入ってくる。




別れの時間だった。




美咲は乗り込む。




ドアが閉まる。




窓越しに悠真を見る。




昔より少し痩せた背中。




少しだけ白髪も増えていた。




気付かなかった。




お兄ちゃんも歳を取るんだ。




ずっと。



ずっと頼れる存在だったから。




変わらないと思っていた。




胸が締め付けられる。




「お兄ちゃん!」




窓を開けて叫ぶ。




悠真が顔を上げる。




「なに?」




「ありがとう!!」




ホームに響く声。




周囲の人が振り返る。




美咲は涙を流しながら叫んだ。




「今までありがとう!!」




「……。」




「大好き!!」




悠真は驚いた。




そして。



照れ臭そうに笑った。




「知ってる。」




列車が動き出す。




少しずつ離れていく。




美咲は泣いていた。




悠真は笑っていた。




見えなくなるまで。



手を振り続けた。




・・・




夜。




悠真はアパートへ帰った。




いつも通り。




ドアを開ける。




電気を付ける。




静かだった。




あまりにも静かだった。




携帯を見る。




メッセージが届いている。




『着いたよ!』



『明日から頑張る!』




その文章を見て。



自然と笑った。




「頑張れ。」




小さく呟く。




そして。



ふと部屋を見回した。




誰もいない。




本当に誰もいない。




その時だった。



急に寂しさが押し寄せてきた。




母が亡くなった夜。



施設を出た日。



いろんな記憶が蘇る。




ずっと。



守ることだけ考えてきた。




気付けば。



人生の中心にはいつも美咲がいた。




その美咲が。



夢を叶えて旅立った。




嬉しい。



本当に嬉しい。




なのに。



涙が出た。




ぽろり。




ぽろり。




止まらない。




誰もいない部屋で。




悠真は初めて。



少しだけ泣いた。




「良かったな……。」




声が震える。




「本当に……。」




それは悲しい涙ではなかった。




安心した涙だった。




母との約束を。



少しだけ果たせた気がしたから。




窓の外には満月が浮かんでいた。




その光は。



まるで遠く離れた妹の未来を照らしているようだった。




そして。



その頃から。



悠真の身体の中では。



誰にも知られない異変が静かに進んでいた。

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