第13話 夢への挑戦
春。
桜の花びらが舞う中、美咲は看護学校の入学式を迎えた。
⸻
真新しい制服。
新しい教科書。
新しい仲間たち。
⸻
夢への第一歩だった。
⸻
入学式の帰り道。
⸻
美咲は何度も学生証を見つめていた。
⸻
嬉しかった。
⸻
本当に嬉しかった。
⸻
でも同時に。
⸻
不安もあった。
⸻
「私、本当に看護師になれるのかな……」
⸻
その言葉を聞いて。
⸻
隣を歩く悠真は笑った。
⸻
「なれる。」
⸻
即答だった。
⸻
「なんでそんなに自信あるの?」
⸻
「美咲だから。」
⸻
その言葉だけで。
⸻
少し勇気が出た。
⸻
⸻
しかし。
⸻
看護学校は想像以上に厳しかった。
⸻
⸻
解剖学。
⸻
薬理学。
⸻
人体の仕組み。
⸻
覚えることが山のようにある。
⸻
⸻
夜遅くまで勉強。
⸻
朝早くから授業。
⸻
テストの連続。
⸻
⸻
ある日。
⸻
美咲は教科書を閉じた。
⸻
机に突っ伏す。
⸻
⸻
「無理……。」
⸻
⸻
人生で初めてそう思った。
⸻
⸻
周囲には優秀な学生がたくさんいる。
⸻
⸻
勉強もできる。
⸻
要領もいい。
⸻
⸻
それに比べて自分は。
⸻
何度も何度も同じことを覚え直している。
⸻
⸻
情けなかった。
⸻
⸻
その夜。
⸻
電話を掛ける。
⸻
⸻
「お兄ちゃん。」
⸻
⸻
「どうした?」
⸻
⸻
声を聞いた瞬間。
⸻
涙が出そうになった。
⸻
⸻
「向いてないかもしれない。」
⸻
⸻
沈黙。
⸻
⸻
「難しい。」
⸻
⸻
「うん。」
⸻
⸻
「みんなすごい。」
⸻
⸻
「うん。」
⸻
⸻
「私だけ駄目な気がする。」
⸻
⸻
悠真はしばらく黙っていた。
⸻
⸻
そして。
⸻
静かに言った。
⸻
⸻
「施設に来た日のこと覚えてるか?」
⸻
⸻
「え?」
⸻
⸻
「毎日泣いてた。」
⸻
⸻
美咲は苦笑する。
⸻
⸻
確かにそうだった。
⸻
⸻
「運動会も。」
⸻
⸻
「うん。」
⸻
⸻
「いじめも。」
⸻
⸻
「うん。」
⸻
⸻
「全部乗り越えただろ。」
⸻
⸻
言葉が詰まる。
⸻
⸻
悠真は続けた。
⸻
⸻
「美咲は強い。」
⸻
⸻
「……。」
⸻
⸻
「自分で思ってるよりずっと。」
⸻
⸻
その言葉を聞いて。
⸻
胸が熱くなった。
⸻
⸻
「ありがとう。」
⸻
⸻
「おう。」
⸻
⸻
電話を切る。
⸻
⸻
そして。
⸻
もう一度教科書を開いた。
⸻
⸻
諦めたくなかった。
⸻
⸻
兄が信じてくれているから。
⸻
⸻
⸻
一年後。
⸻
実習が始まった。
⸻
⸻
病院。
⸻
白い廊下。
⸻
患者さんとの会話。
⸻
⸻
初日は緊張で手が震えた。
⸻
⸻
失敗もした。
⸻
叱られた。
⸻
落ち込んだ。
⸻
⸻
それでも。
⸻
少しずつ成長していった。
⸻
⸻
ある日。
⸻
高齢の女性患者がいた。
⸻
⸻
入院生活が長く。
⸻
いつも不安そうだった。
⸻
⸻
美咲は毎日話しかけた。
⸻
⸻
天気の話。
⸻
テレビの話。
⸻
花の話。
⸻
⸻
すると。
⸻
退院の日。
⸻
その女性が言った。
⸻
⸻
「あなたがいてくれて良かった。」
⸻
⸻
「え?」
⸻
⸻
「安心できたの。」
⸻
⸻
優しく笑う。
⸻
⸻
その瞬間。
⸻
美咲の目に涙が浮かんだ。
⸻
⸻
あの日の看護師さん。
⸻
⸻
母の病室で出会った人。
⸻
⸻
きっと。
⸻
こんな気持ちだったのかもしれない。
⸻
⸻
誰かを安心させる。
⸻
⸻
それが看護師なんだ。
⸻
⸻
⸻
帰り道。
⸻
夕焼け空を見上げる。
⸻
⸻
すぐに電話した。
⸻
⸻
「お兄ちゃん!」
⸻
⸻
「ん?」
⸻
⸻
「今日ね!」
⸻
⸻
嬉しそうに話し始める。
⸻
⸻
悠真は笑いながら聞いていた。
⸻
⸻
その笑顔は。
⸻
施設に来たばかりの頃にはなかったものだった。
⸻
⸻
夢に向かって歩く人の顔だった。
⸻
⸻
そして。
⸻
電話を切った後。
⸻
⸻
悠真は一人呟く。
⸻
⸻
「良かったな。」
⸻
⸻
本当に嬉しかった。
⸻
⸻
自分のことのように。
⸻
⸻
いや。
⸻
自分のこと以上に。
⸻
⸻
しかし。
⸻
その頃から。
⸻
悠真の身体は再び悲鳴を上げ始めていた。
⸻
⸻
病院で倒れてからも。
⸻
無理をやめていなかったのだ。
⸻
⸻
そして次の春。
⸻
兄妹にとって初めての別れの日が訪れる。




