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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第八章 闇の神紋者

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132. 風のやむ刻

(……まず一つ)


 確かな手応えを感じながら、私は視線を次の標的へと移す。

 視界の端で、エルドリックがわずかに口角を上げた気がした。

 そして次の瞬間、目に映った光景に、私は息を飲んだ。


「――!」


 黒槍に激しく打ち付けられ、高く跳ね上がったクリスタルが、何事もなかったように再び空中を飛び回り始めたのだ。


(黒槍は、確かに捉えていたはずなのに……)


 思わず、指先に力がこもる。

 質量も速度も十分に直撃したにも関わらず、先ほどと変わらぬ様子で高速移動するクリスタル。


(なるほど……そういうことか)


 目を細めながら、クリスタルの動きを注意深く確認する。高速で絶え間なく回転しているのは、主に移動のためだと思っていたけれど、魔力をまとった風は、強固な盾として機能しているみたい。


(まさか、あそこまでの強度があるとは思ってもみなかったけど……)


 堅固なクリスタルからは、私を合格させたくないというエルドリックの強い意思を感じた。 

 風の盾が衝撃を受け流すから、真正面から叩きつけるだけでは、よほどの威力がない限り壊せないだろう。


(それなら――)


 私は黒矢を牽制として飛ばし続けながら、意識を次の術へと向ける。

 時間をかけて丁寧に魔力を練り上げ、頭の中で詠句を整えていく。

 視界の端で、クリスタルが黒矢を避け続けているのが見える。

 その動きの“中心”を見極めながら、息を止めてその瞬間をじっと待つ。

 狙いを定め、世界の音が遠のく――

 

「――黒針ニグ・アクス


 核言と同時に、私とエルドリックの周囲を除き、世界が黒く滲む。

 景色がぼやけたのは霧のせいではない。床一面に広がった黒の中から、針金ほどの細さの針が無数に突き出していた。


「……おお」


 観覧席から、どよめきが漏れた。

 けれど、次の瞬間には、現れた針はすべて消え失せる。

 代わりに、鈍い音を立てて床に転がったのは、砕けた二つのクリスタルの破片だった。


「……一つ、壊しそこねたわね」


 私は小さく息を吐いた。

 三つ同時に仕留めるつもりだったのだけれど、どうやら仕留められたのは二つだけらしい。


(範囲には入れていたはずなのだけど……少しだけ、軸がずれたかしら)


 視線の先で、残った一つのクリスタルが、なおも空中を旋回している。

 観覧席のざわめきは、まだ続いていた。

 あれだけの質量を持つ槍では壊れなかったものが、細い針で砕かれたのだから、疑問に思うのも無理はない。

 とはいえ、理屈は単純だ。


 面で叩いても、回転で逃がされる。ならば、狙うべきは面ではなく、回転の“軸”。逃がしきれない一点を突くしかない。


 本来なら、動き回るクリスタルの軸を狙い撃つのは難しい。だから数で補い、命中の確率を引き上げた。

 威力が足りない分は魔力で補強し、針を回転させることで威力を上げた。


(……ほぼ、想定通り)


 残り一つを逃したのは、誤差の範囲。

 私は静かに息を整え、なおも飛び続ける最後のクリスタルへと視線を向ける。その視線の先で、エルドリックもまたこちらを見ていた。

 無表情の奥に悔しさと警戒を滲ませながら、エルドリックが鋭く私を射抜く。

 その途端、残された一つのクリスタルが、耳障りな風切り音を立てながら、空中を駆け回り始めた。

 その軌道は、ただの横回転だった先ほどまでとは明らかに違う。軸そのものが揺れ動き、回転はより速く、不規則になっていた。


(同じ方法は通用しない、ってことね……)


(さて、どうしよう……)


 そんな風に考えていると、クリスタルが一直線にこちらへと突っ込んできた。


「……っ」


 思わず息を止め、咄嗟に身構える。

 けれど――私に当たる寸前で、すり抜けるように横を通り過ぎていった。

 クリスタルが起こした風が、私の頬を打つ。


(……攻撃はしない、か)


 牽制も守備の一環。当てなければ攻撃とは言わない、ということね。

 あの速度と硬さであれば、ほんの少しでも当たれば、骨なんて簡単に折れるだろう。

 そんな最悪の想像が頭をよぎり、ぞくりと背筋が粟立った。


(念のため、こっそりと防御の魔術を展開しておこう……)


 頭の中で詠唱している間も、クリスタルは私の近くを何度も通り過ぎていた。


(……集中を乱すつもりね)


 それなら――その狙いごと利用させてもらおう。


 私は静かに息を整えると、足元へ意識を落とす。


「……黒霧ニグ・ネブラ


 新たに黒い靄が足元から滲み出し、それはゆっくりと、けれど確実に広がり、私の周囲を覆っていく。

 それを妨害するように、クリスタルが軌道を変え、黒霧へと突っ込んできた――その瞬間。


黒檻ニグ・カルケル


 魔術が発動した瞬間、霧が一斉に収束する。

 渦を巻くように絡み合いながらクリスタルの逃げ場を塞ぎ、瞬く間に黒い塊――繭のような形へと変わった。

 そして、私の横を通り過ぎ、浮力を失って地面に落ちたそれは、甲高い音を立てて後方へと転がっていく。


「――なっ!」


 正面のエルドリックが驚愕の声を上げる。

 あんな容易く絡め取られるとは思っていなかったのだろう。


 私はエルドリックに背を向けると、ゆっくりと黒い塊へと足を進める。役目を終えた霧が、足元から静かに消えていっていた。


(楽勝……とまではいかなかったけれど、思った以上に結果は出せたかな)


 視線だけで、背後のエルドリックをうかがう。

 彼は、私が最後に展開した黒霧を、防御のためか、視界を遮るための薄い霧だと判断したのだろう。

 けれど、実際は違う。黒と白を混ぜて“薄く見せていた”だけで、内側には濃密な魔力を含ませていた。

 もしその性質に気付いていたなら、あんなふうにクリスタルを突っ込ませるような真似はしなかっただろう。


(甘く見てくれたおかげで助かった……)


 妨害があると分かった時点で、私たちはあらゆる可能性を想定して準備してきた。

 もちろん、魔術の実技試験も例外じゃない。

 セヴィーロの訓練には、当然のように対人戦が含まれていたし、攻撃をかいくぐりながら詠唱する練習を何度も積んできた。

 それに比べれば、攻撃に専念できる試験なんて、拍子抜けもいいところだ。

 本気で私を排除するつもりなら、やりようはいくらでもあったはずなのに。


(……中途半端ね)


 心の中でそう結論づけると、私は視線を落とし、足元に転がる黒い塊を見つめた。

 壁際まで転がったそれは、いまだに内側からガンガンと音を響かせていた。

 両手で持ち上げると、大人の頭ほどの大きさのそれは、思ったよりも軽かった。


 黒檻は、本来は隙間があるのが普通なのだけど、今回は檻を密にすることで、繭のような状態になっている。

 私の魔力で包み込むことで、完全にエルドリックの制御を断ったはずなのだけれど、それでもなお、クリスタルは中で動き続けていた。


(球体だから、中でどれだけ暴れても意味はないけどね)


 私は黒檻を軽く持ち直すと、静かに呪文を紡ぐ。


「形なき力を喰らい、無へと還せ――闇蝕テネ・コンスム


 言葉に応じて、内側の動きがぴたりと止まった。

 次の瞬間、黒檻が砂のようにさらさらと崩れ落ちていく。

 その中から、クリスタルがこぼれ落ち、地面に落ちた。


 ――ガシャン。


 乾いた音が、思った以上に大きく競技場に響き渡る。静まり返った空間の中、その余韻だけが長く残った。

 一拍遅れてわっと歓声が上がり、私はゆっくりと顔を上げる。観客席からの視線を一身に浴びながら、私はエルドリックへと視線を戻した。

 彼は、苦虫を噛み潰したような憎々しい表情で、こちらを睨みつけていた。


(……まあ、そんな顔にもなるよね)


 その視線を静かに受け止めながら、私は中央へと戻る。

 しばしの沈黙の後、エルドリックが吐き出すようにため息をついた。


「……合格だ」


 心底、不本意だと言わんばかりの声音だったけれど、合格は合格だ。

 その一言を聞いた瞬間、私はようやく重圧から解放されるのを感じた。


「ありがとうございました」


 私が柔らかな笑みで返すと、エルドリックは私を一瞥することなく、さっと踵を返して私に背を向けた。

 対戦場から消える後ろ姿を見送っていると、観覧席から聞き馴染みのある声が聞こえた。

 視線を向けなくても分かる。きっとキアーラだろう。

 その気配に、ほんのわずかに口元を緩ませて、私は天井を見上げた。

 競技場の天井――透明なガラスの向こうに、冬の曇り空が見える。


(これで……すべて合格)


 三か月。

 積み重ねてきた時間と努力が、確かな実を結んだ。


(ここから、また新しい始まりだけど、今くらいは、喜びの余韻にひたってもいいよね)


 胸の奥にじわじわと広がっていく感覚を、私はそのまま静かに味わう。

 やがてゆっくりと視線を下ろすと、キアーラとセヴィーロが喜びの表情でこちらを見ていた。

 私はふっと小さく笑みをこぼすと、二人に向かって静かに手を振った。


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