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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第八章 闇の神紋者

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128. 冷えた教室

 ベルナデッタ様とのお茶会を終えたあと、すぐにイグナツィオ様にお茶会でのことを伝えた。

 そして、確認してもらった結果、入学希望者についてはベルナデッタ様の言葉どおりだった。数字として裏が取れた以上、妨害の話はおそらく真実。それは、イグナツィオ様も同じ結論だった。


 そこからの一週間は、ひたすら対策に費やした。

 想定できる妨害の可能性を洗い出し、優先順位をつけて潰していく。満足に準備できたとは言えないけれど、何も知らないまま当日を迎えるよりはずっとよかったと思う。

 そして、日一日と寒さが深まる中、あっという間に一週間が過ぎた。



 冬の中月、第一週。試験当日の空は薄く曇り、小雪がちらついていた。

 揺れる馬車の中、私は指先を擦り合わせながら、曇る窓ガラスの外を見ていた。


「緊張していますか?」


 向かいに座るキアーラが、穏やかに声をかけてくる。


「少しだけ……ね。試験なんて初めてだから、緊張しない方が無理よ」

「確かに、そうですね」


 キアーラがくすりと笑い、肩の力が少しだけ抜ける。

 程なく馬車が減速し、路肩に止まった。扉が開かれると、外のざわめきが、一段と大きくなる。


「……すごいわね」


 馬車の外に降り立った私は、思わず小さく呟いた。

 学院の門前は、貴族の紋章を掲げた馬車で埋め尽くされ、従者たちが忙しなく行き交う。

 視界の端で、第二騎士団の制服を着た騎士たちが整理にあたっているのが見えた。


「私はここまでだな」


 後ろからファビアンの声がして、私は馬車を振り返る。今日は側仕えの帯同は許可されているけれど、護衛は中に入れないようになっている。馬車で一緒に来たファビアンとは、ここでお別れだ。


「試験、頑張って」

「ええ、ありがとう」


 ファビアンの激励の言葉に短く返事をすると、私はキアーラと並んで門をくぐった。

 学院の中は、外以上に人であふれていた。貴族の子弟や着飾った令嬢、緊張を隠せない少年少女。

 視線を巡らせると、思っていた以上に平民と思しき受験者の姿が目についた。

 試験を受けるだけで合格が決まっている貴族の子女と違い、平民の子供たちは、どこか必死さを帯びた目をしていた。

 経済科や家令科は平民の受験者が多い。学院に合格すれば将来は安泰で、城の行政官やメイドだって夢ではないため、必死になるのもよく分かる。

 様々な感情の交差を横目で見ながら、私は受付へと向かった。


「アリーチェ・グロッソです。受験の受付をお願いします」


 名前を告げると、対応した女性がぴたりと動きを止めた。


「……え?」


 一瞬の間、戸惑いを隠せない表情で、彼女は受付の奥にいた男性へと視線を送る。

 ほどなくして、その場の責任者らしき男性が前に出てきた。


「――こちらへ。私がご案内します」


 簡潔にそう告げられ、男性に案内されるまま私たちは歩き出した。

 向かう先は、他の受験生たちが吸い込まれていく建物とは明らかに別の方向だった。


「他の受験者とは違う会場なのね」


 小声で呟くと、隣を歩くキアーラが頷いた。


「あちらの建物は一般棟で、全科共通の科目を学習する場所です。私たちが向かっているのは、おそらく魔術棟かと……」


 ここの卒業生でもあるキアーラが、詳しく説明してくれた。すると、前を歩く男性が振り返り、それに対して補足を入れる。


「その通りです。今回の編入試験は初めての試みでして、受験場所を分けさせていただいております」

「そうなのですね」


 私が軽く相槌を打つと、男性はどこか楽しげな様子で続けた。


「今回、特例で飛び級の試験を受ける子がいるということで、どこぞのお姫様でも来るのではないかと、ずいぶん噂になっていたんですよ」

「まぁ、そんな噂になっていたとは。それでは、期待外れになってしまいましたね」


 冗談めかした口調で言うと、男性は「いえいえ、しょせん噂は噂ですから」と苦笑いを返した。


(この様子では、少なくとも私が神紋者であることは広く知られてはいないみたいね)


 入学すれば否が応でも神紋者の話は広がるだろうけれど、自分の試験に集中したい今日にまで、余計な注目は集めたくないものね。


 雪が細かく舞い続ける中、人の気配が薄い魔術棟へと続く道を私たちは進む。

 案内された先にそびえていたのは、装飾は控えめながらも、歴史を感じさせる大きさと重厚さを持つ建物だった。


(……これが、魔術棟)


 合格したら、ここで魔術を学ぶことになるのかと、一瞬足を止めて見上げる。

 前を行く男性が迷いなく扉をくぐり、私たちもそれに続いた。中に入るといっそう人の気配がなく、石造りの廊下は靴音がやけに響く。

 そのまま一階の廊下をしばらく進み、やがて男性が立ち止まる。


「試験場所は、この教室になります」


 示された扉に、視線を向ける。キアーラが取っ手に手をかけ、開こうとしたところで——


「待ってください。側付きの方は、教室の外か控室でお待ちいただきます」


 手を止めたキアーラが私を振り返る。


「キアーラ。長時間になるでしょうから、控室の方で待っていてちょうだい」

「分かりました。では……」


 私の言葉に頷くと、キアーラは筆記用具の入った鞄を差し出してきた。


「頑張ってください」


 キアーラの短い一言。


「行ってくるわ」


 私も短く言葉を返す。そして、キアーラから鞄を受け取ると、私は扉を押し開けた。


 中に入って最初に感じたのは、ずいぶんと簡素な教室だな、ということ。

 それなりの広さの教室のわりに、あるのは教卓と机、そして椅子が二つだけ。机の前に一つ、教卓の近くにもう一つ——おそらく監督官用だろう。

 ぽつんと置かれているそれらが、余計に静けさを感じさせていた。


(不審な様子は、今のところなし……ね)


 私はそのまま、用意された机へと腰を下ろす。静かに息を吐くと、肩の力がわずかに抜けた。

 少なくとも、露骨な妨害が仕込まれているようなことはなさそうだ。さすがに直接的な手段は取らない、ということなのかな……。

 そんな風に考えていると、ふと視界の端――前方の壁の右隅に、魔術具が取り付けられているのが見えた。


「あれは……時計?」


 思わず、小さな声が漏れる。

 時計は、今現在の時を知ることができる便利な魔術具で、魔力を流すとその時刻に応じて色が変わる魔石が使われている。


「時計が設置されているなんて、流石は学院ね」


 フィオルテ家の屋敷にもあったけれど、高価な魔術具のため、屋敷には一つだけ――それも旦那様の執務室に置かれていた。

 今の私の部屋にも一つ置かれているけれど、ここに掛かっているものはそれよりも簡素な作りに見える。

 青紫色に淡く光る魔石。その下には、青・赤・緑・黄の四色で区切られた半円と矢印。矢印は、今は赤に近い青色を指していた。

 試験は三の鐘から始まるから、まだ少し時間はありそうだ。


(それにしても……この部屋、寒くない?)


 室内だというのに、芯まで冷えるような寒さは、外にいたときとほとんど変わらない。

 机の上で軽く指を動かしてみると、関節がわずかに軋むような感覚があった。すぐは問題ないけれど、このままの状態が長時間続くと支障が出そうだった。


(時計が掛けてあるくらいだから、暖房設備があっておかしくはないと思うのだけれど……)


 貴族の子女が大半の魔術科なら、なおさら設備が整っていて当然のはず。

 であれば――

 

「これも一種の妨害かしら」


 小さく呟いた声は、静かな教室に溶けて消える。


(キアーラと別れたときに、コートを預けなくて正解だった)


 私は立ち上がるとコートの裾を手で直し、改めて時計に視線を向ける。

 今の時計の色からすると、まだ少し余裕はあるから、控室にいるキアーラのところへ行ってこよう。もしかしたら何か防寒具を持っているかもしれないし……。

 そう考えながら扉へ向かった瞬間、教室の扉にすっと影が差す。

 反射的に一歩後退して視線を向けると、そこに立っていたのは、ずんぐりとした体格の男性だった。

 金色の片眼鏡をかけ、こちらをじろりと見下ろしていた。


「何をしている」


 低く、抑えた声。

 一瞬、動きが止まったものの、すぐに意識を切り替えて、軽く一礼して笑みを浮かべた。


「こちらの教室で試験を受ける予定の者です。試験開始までまだ時間がありそうでしたので、侍女のいる控室に行こうかと思っていました」

「そうか、君が……」


 胡乱だった眼差しがすっと細められ、まるで獲物を見つけたかのように、にたりと口元が歪む。


(……なんだか嫌な感じね)


 私の事情を知っているのか、それとも単に興味本位なのか。どちらにせよ、あまり関わりたくない種類の笑みだ。


「今から試験の説明をするから、席に戻りなさい」

「分かりました」


 私は素直に従い席へと戻る。椅子に腰掛けたのを確認すると、男性は教卓の前へと立った。


「今回の試験を監督する、ラニエロ・グラーディンだ」


 名乗りとともに、片眼鏡の奥からねっとりと絡みつくような視線が向けられる。


「どういう経緯で今回の運びとなったかは知らないが、神紋者であっても学問に特権はない。しっかりその旨を留意するように」


(この人は、知っているのね)


 私は内心で小さく息をつく。わざわざ神紋者と口にするあたり、牽制の意味もあるのかもしれない。

 どちらにせよ、やることは変わらない。


「試験は、三の鐘が鳴ってから四の鐘が鳴り終わるまで。その間に九教科の各問題を解いてもらう」


 改めて言葉にされると、その大変さが重みを増す。

 鐘一つ分で九科目……。問題量次第では、厳しいものになるだろう。時間配分を間違えれば、それだけで致命的になり得る。


「一教科を解き終わると、次の教科の問題用紙を渡すから、挙手で知らせるように。あと、ちょうど中間の時刻に学院のベルが鳴るから、それも目安とするように」


 淡々とした無駄のない説明が続く。年齢はそれなりに上に見えるから、監督官としての経験は豊富なのだろう。


「何か質問は?」


 一瞬考えて、私は「ありません」とひと言答えた。


「では、開始時間までそのまま席で待つように」


 そう言い残し、ラニエロは教卓の脇に置いてあった椅子へと座ると、監視するようにじっと私を見つめる。


(……ここで、待機?)


 改めて時計を確認するけれど、試験開始まではあと少しある。このままじっと座って待っていると、足先からじわじわと冷えが上がってきて、身体の芯まで凍えそうだ。


 ふと、椅子に座るラニエロの姿が目に入った。

 よくよく観察すると、どうやらかなりの厚着をしていた。もともとふくよかな体形なのだろうけれど、厚着のため、余計に膨らんで見えていたみたい。


(もしかしなくても、この寒さ対策よね……)


 そこまでするのかと呆れかけたその時、教室の扉が前触れもなく開いた。

 入ってきたのは、白髪混じりの男性ともう一人、へらへらと笑みを浮かべる男性――セヴィーロだった。

 見慣れた顔に、胸の奥のこわばりがわずかにほどける。同時に、教室の空気もほんの少しだけ、緩んだように感じた。


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