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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第八章 闇の神紋者

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119. 魔法陣はどこにある?

 ルキスの反応に少しだけ沈んだ気持ちになったけれど、私は気持ちを切り替えてセヴィーロに別の話題を振った。


「魔力の属性や魔力量については言葉から何となく分かるけれど、神和性とは具体的にどんなものなの?」


 急な問いかけにセヴィーロは一瞬驚いたような顔をし、すぐに楽しそうに口元を緩めた。


「さっき、魔力の扱いやすさだと言ったけれど、正しくは、神和性とは神から与えられた力――魔力との融和だ。どれほど神の理と調和できているかを示す指標だと言える」


 説明を聞きながら、私は小さく首を傾げる。


「……うーん。説明を聞いても、いまひとつピンと来ないわね」


 正直な感想を口にすると、セヴィーロは「だろうね」と小さく呟いて肩をすくめた。


「具体例を挙げると、神和性が高くなると、魔術を使った際の魔力の消費量が減るんだ」

「それって、魔力を扱いやすくなることで無駄が減る、という意味? それとも、魔術を使うために必要な魔力そのものが減るということ?」


 少し細かい質問だけれど、結果が同じでも過程が違えば、それは重要なことだ。私の質問が気に入ったのか、セヴィーロはぱっと表情を明るくする。


「いい指摘だね」


 満足そうに頷いてから、指を一本立てる。


「答えは、両方とも正解だ。神和性が高いと魔力の扱いが上手くなるから、魔術に必要な分だけを正確に込められる。その結果、無駄な魔力消費が起きにくい」


 そして、セヴィーロはもう一本指を立てた。


「さらに、空気中に存在する魔素も利用できるようになるから、自分自身の魔力を使う割合を減らすことができる、というわけだ」

「へえ……神和性が高いと、そんなことまでできるのね」


 思わず、私の口から感心の声が漏れる。魔力量が重要だと思っていたけれど、魔術とはどうやらそれだけでは測れない世界らしい。


「もちろん、魔力量が多いに越したことはない。けれど、たとえ魔力量が少なくても、神和性が高ければ十分に補える。ただし、空気中の魔素量は場所によって違うから、魔素が濃いか薄いかで、魔力消費量も変わってくるという寸法だ」

「なるほど……。つまり、魔力量が多いと安定した実力を発揮できて、神和性が高いと状況に応じて実力が上下する、そんな感じかしら」


 自分なりにまとめてみると、セヴィーロは目を細めて笑った。


「その通り。アリーチェは理解力が高いね。魔力量と神和性、それぞれに利点があるということだ。もちろん、魔術師としては両方が高い者が強いのは言うまでもないけれどね」


 以前、神紋者の潜在能力は、魔術師として頂点にあるのだとルキスが言っていたけれど、今の話を聞いて、その言葉がようやく腑に落ちた気がした。


「では、次はこれについて説明しよう」


 そう前置きし、セヴィーロは懐に手を入れて折りたたまれた一枚の紙を取り出した。机の上に広げられたそれには、細い線で描かれた魔法陣があった。


「ここに、魔法陣が描かれた紙がある。洗礼式前の幼い貴族の子供が、これに魔力を流した場合に魔法陣は発動すると思うかい?」

「……魔力があるのであれば、発動すると思う」


 考える間もなく、私は直感で答える。セヴィーロはそれに対して何も言わず、次の問いを重ねた。


「では、もう一つ問題だ。同じく洗礼式前の幼い貴族の子供が、この魔法陣に対応する呪文を唱えた場合、魔術が発動する可能性はあると思う?」


 子どもの条件はさっきと同じ。違うのは、魔法陣の有無と呪文だけ。今回も、私は迷わず答えを口にした。


「さっきと同様に発動すると思う」


 私の答えに、セヴィーロは何度も見てきたへらりとした笑みを浮かべた。


「一つ目は正解。でも、二つ目は不正解だ」

「……え?」


 正直、意外だった。どちらも発動するものだと思っていたのに、どうやら二つ目は違うらしい。

 こんな問い方をするくらいだから、きっと条件に意味があるのだろう。 鍵となるのは、洗礼式か魔法陣あたりだろうか……。


「なぜ二つ目が不正解になるのかはひとまず置いておいて、まずは、魔法陣と魔術の関係性について説明しよう」


 私の思考を読むように、セヴィーロは魔法陣が描かれた紙に指先を向けた。


「その昔、神が起こす奇跡を人は“魔法”と呼んだ。その奇跡を紋様として描き起こし、人にも扱えるようにしたものが魔法陣。そして、呪文とはその魔法陣を発動させるための鍵となる言葉。人が、魔法陣を発動したり、呪文を唱えたりして起こした奇跡――それを“魔術”と呼ぶんだ」

「なるほど……」


 魔法と魔術について、特に明確に考えたことはなかったけれど、こんな風に切り分けられていたのかと、素直に感心する。


「それで言うなら……二つ目の質問で魔術が発動しなかったのは、魔法陣がなかったから、ということ?」

「その通り」


 私が尋ねると、セヴィーロは満足そうに頷いた。

 ということは、人が魔術を扱うには魔法陣が必須という理屈になる。そこまで考えて、私は首を傾けた。

 魔術師が分厚い魔法陣の書を持ち歩いている姿なんて、見たことがないけれど、それでも魔術を使えている以上、何か別の方法があるのだろうか。


「ちなみに、さっきの二つ目の質問で、その貴族の子供が洗礼式を迎えていた場合、魔術が発動する可能性が出てくる」

「……!」


 それはつまり、魔術の発動には洗礼式が大きな鍵を握るということだ。


「洗礼式に……何があるの?」


 私の問いかけに、セヴィーロは笑みを深めた。


「貴族の洗礼式では、神殿で選定の儀式を受けるほかに、神樹の森を訪れて、神樹に血判を押す儀式があるんだ。それを俗に、“神樹と繋がる”と言う」

「神樹と……繋がる……」


 私は反射的にその言葉を反芻する。どこか神秘的な響きに、好奇心が胸の奥で頭をもたげた。


「さっきアリーチェは、魔法陣をどうやって持ち歩いているのか疑問に思ったんじゃないかな?」

「ええ、確かにそうね」

「その答えは、神樹にある。神樹と繋がることで、すべての魔法陣がその身に刻まれるんだ。魔法陣は、すべて神による授かりものだからね」


 ――どくり。

 

 心臓が、ひとつ大きく跳ねる。


(神樹と繋がることで、魔法陣をその身に宿す。本で読んだ神話のような奇跡を、実際に体験できるなんて……)


 突然聞かされた話に、胸の奥からわくわくが込み上げてくる。


「では……平民で魔力を持つ子供の場合はどうするの? 選定の儀式で魔力があると分かった後に、神樹を訪れるの?」


 ふと疑問に思ったことを口にすると、セヴィーロは首を横に振った。


「いや。魔力を持つ平民の子供は、州立学院に入学した際に神樹と繋がることになっている。魔術に対する正しい知識を持たない者が、呪文で魔術を行使できるようになるのは危険だからね」

「なるほど……」


 確かに、それは一理ある。

 魔術は便利で強力な分、扱いを誤れば大きな災いを招くことにもなりかねないのだろう。


「じゃあ……私も入学するまでは、魔術の学習は魔法陣止まりなのね」

「いいや。アリーチェは、呪文で魔術を行使できるよ」

「えっ?」


 予想外の返答に、思わず声が裏返る。もしかして、神紋者特別で、入学前に神樹と繋がることができるのだろうか……?

 私は期待に胸を膨らませながらセヴィーロを見つめると、彼は相変わらずの笑みを浮かべたまま私に告げた。


「アリーチェは、神紋によって既に闇の女神と繋がっている。神樹と繋がらなくても、魔法陣はすべて、その身に刻まれているはずだよ」

「…………そう、なのね」


 さっきまで高鳴っていた胸が、期待ごとすうっと冷めていくのを感じた。

 納得できる説明ではある。けれど――。


「理屈としては分かるけれど……血判の儀式で、魔法陣を身体に刻む経験をしてみたかっただけに……少し残念ね」


 正直な気持ちを口にすると、セヴィーロは苦笑して肩をすくめる。


「魔法陣を身に刻むと言っても、実際に魔法陣の知識が流れ込んでくるわけじゃないよ。一瞬、ぴりっと雷が走るような感覚がするだけで、魔法陣自体は無意識下で補完されるだけなんだ。だから、魔法陣については、別途きちんと知識として学習しなければいけないよ」

「なんだ、そうなのね」


 奇跡のような体験を想像していただけに少し拍子抜けだった。けれど、魔法陣の学習をこれからするのであれば、それならそれで楽しそうだと気持ちを切り替える。

 そして、それとは別に、ここまでセヴィーロの話を聞いてきて、魔法陣と魔術の関係でひとつ気になった点があった。


(魔術の発動に魔法陣が起因しているなら、特殊な組み合わせの場合は、どうなるのだろう……?)


 考えたまま黙り込んでいると、私の思考の沈黙に気づいたのか、セヴィーロがこちらを見て首を傾げる。


「何か、他に気になることがある?」

「気になるというか……洗礼式前の子供が普通に呪文を唱えても魔術が発動しないのは分かったのだけれど、魔法陣に触れながら呪文を唱えたら……魔術は発動するものなの?」

「ああ、もちろん」


 セヴィーロは迷いなく即答する。


「魔力を流しても発動するし、呪文を唱えればそれが鍵となって自動的に魔力が消費され、魔術が発動するだろうね」

「それなら……、既に神樹と繋がっている誰かと手を繋いだ状態で呪文を唱えたら、どうなるのかしら? 理論的には、魔法陣は“ある”ことになると思うのだけれど、他の人の中にあるものだからやっぱり発動しない……?」


 一瞬、部屋の空気が止まった。目を丸くしたセヴィーロが私を凝視する。


「……は、あははっ……!」


 突然、セヴィーロが大きな声を上げて笑った。


「君は、本当に柔軟な発想をするね。その考えはなかった……まったくの盲点だよ!」


 驚きから立ち直ると同時に、セヴィーロは興奮した様子で一息にまくし立てる。


「実際に試してみないと断言はできないけれど、理論上は可能な気がする。これは……是非とも検証してみたいな」

「自分で聞いておいて何だけど、仮に実証できたとしても、実用上の利点は特に無さそうに思えるけれど……。せいぜい、“そういうこともできる”という情報が増えるくらいが関の山ではないかしら?」

「さて、それはどうだろう」


 ぎらついた笑顔を浮かべ、セヴィーロは心底楽しそうだ。長い付き合いのあるルキスでさえも、そんな様子の彼にわずかに引いていた。


「何事も、検証してみなければ分からない。調べて新たな可能性を見出すのが研究者というものだよ」


 やっぱりこの人は根っからの研究者だと実感しながら、私は小さく息を吐いた。陶然と語るセヴィーロの熱量に、私も腰が引け気味だ。

 このままこの人に教えを請うて、大丈夫なのだろうか……という一抹の不安が、私の頭をよぎって消えた。


あともう一話、講義が続きます。

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