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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第八章 闇の神紋者

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118. 赤い瞳の研究者

 体調もすっかり落ち着き、約束通りの休養を終えた日、私は自室へある客人を出迎えていた。


「はじめまして、セヴィーロと申します」


 そう言って軽く会釈したのは、黒いローブを羽織った長い黒髪に赤い瞳の青年だった。

 顔立ちは整っているのに、どこか締まりがない口元には、終始へらりとした薄笑いが浮かんでいた。


(……ずいぶん軽い雰囲気の人だ)


 名乗りが名前だけだったことを頭の片隅で意識しつつも、立ち振る舞いは貴族らしい行儀の良さを感じた。


「学院で魔術具学科の特別講師をしています。アリーチェ様に、魔術について教えさせてもらうことになりました」

「教わる立場ですから、敬称は不要です。どうぞ、気安くアリーチェと呼んでください」

「分かりました。では僕のことも、セヴィーロと。ここは学院ではないですから、先生などの敬称も不要ですよ」


 先生と呼ぼうと思っていたけれど、どうやら相手も堅苦しいのは苦手みたい。私の提案に合わせて口調も気安い感じに変えてきたし、きっと柔軟な人なのだろう。


「では、これからよろしくお願いします。セヴィーロ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 私が小さく頷くと、セヴィーロは軽い調子でそう言った。

 ――と、そこで、私は視線をセヴィーロの隣へと向ける。


「それで、ルキスはどうしてここに?」


 セヴィーロのすぐ隣に立っているルキスに、私は声をかけた。


「一応、私とセヴィーロは学生時代からの付き合いがあるんだ。こいつは、こう見えて魔術具については、一目置かれている存在なんだが、少しばかり研究者気質でね」

「一応とはつれないなぁ。僕とルキスの仲じゃないか」


 セヴィーロがすかさず口を挟む。へらへらと笑うセヴィーロを横目に、ルキスは続けた。


「熱中すると、周りが見えなくなることがあるから、最初だけでも様子を見に来たんだ」

「全く酷い言い草だよ。この前だって、僕が大いに役立ったというのに」


 そう言い返す声は不満げに聞こえるけれど、どこか楽しそうでもある。一応、仲が良いのは本当のようだ。


「この前って、何かあったの?」

「あー……うん」


 私が尋ねると、ルキスは一瞬、歯切れ悪そうに言葉に詰まる。そんなルキスの代わりにセヴィーロが口を開いた。


「僕が、あそこで審問の儀式が行われたことに気がついたんだ。十分、お手柄だろう?」

「えっ……?」


 セヴィーロのその言葉に、私は驚いて思わず声が漏れる。ルキスは気まずそうに視線を逸らしながらも、事情を説明してくれた。

 どうやら、セヴィーロは誘拐犯の拠点に突入した際に、同行していたらしい。


「アリーチェを助け出した際に、胸に神紋があることにはすぐ気付いたんだが、最初は、神紋者であることをただアリーチェが秘密にしていただけかと思ったんだ。だが――」

「僕の指摘で、事実が分かった。審問の儀式は研究すること自体が禁じられているから、ルキスたちがすぐ分からないのも無理はない」


 ルキスの言葉を補足しながら、セヴィーロが自信満々に胸を張る。


「僕は神紋についての研究者でね。だから、痕跡や状況を見てすぐに分かったんだ」

(神紋の研究者……!)


 私は驚きに軽く目を見開く。まさか、神紋についての研究者がいたなんて、今度じっくりと話を聞いてみたいものだ。

 羨望の眼差しを向ける私を他所に、セヴィーロは軽く手を叩いた。


「まあ、その話は追々。今日は講義が本題だし、まずはそちらの話をしましょう」


 セヴィーロに促され、私たちは椅子に腰をおろした。

 席に着くと、セヴィーロは机の上に肘をつき、どこか楽しそうにこちらを見る。へらへらとした笑みの奥で、赤い瞳だけが妙に静かに感じた。


「じゃあ、まずは基礎から。魔術についてだけど、まず魔力についてどの程度のことを知っていますか?」


 唐突な問いに、私は少し考えこむ。以前の私はともかく、今は全く何も知らないわけではない。


「神殿での選定に合わせて、少しだけ話を聞きました。魔力には、属性と魔力量、それから……神和性があると」

「うん、正解」


 セヴィーロがにっこり笑いながら即答する。そして、彼は指を一本ずつ立てながら説明を続けた。


「選定の水晶で言うなら、属性は“色”に表れる。たとえば、光属性なら金色、闇属性なら黒色、水属性なら青色……そんな風にね。魔力量は“色の広がり”。魔力が少なければ色の染みは小さく、魔力が多ければ染みは大きく濃くなる。そして、神和性は“輝き”に表れる。神和性が低ければ輝きは弱々しく、高ければはっきりとした強い輝きになる」


 セヴィーロの話を聞きながら、私は神殿で選定の水晶に触った時の光景を、もう一度頭に思い浮かべる。


「それで、アリーチェの結果はどうだった?」


 セヴィーロの質問に、一瞬どきりとして言葉に詰まる。胸のざわめきを一呼吸のうちに鎮めると、私は神殿で見た水晶の様子を詳細に説明した。


「私の時は……水晶全体に漆黒が広がっていて、強く輝いていたわ」

「さすがは神紋者」


 セヴィーロは感心したように笑った。


「ちなみに、洗礼式を受けた時の選定の水晶と比べて、どんなふうに変わっていた?」

「それは……」


 私は少し気まずそうに、テーブルの上に視線を落とした。


「私の住んでいた村はとても田舎で、洗礼式で選定の水晶は使っていなかったの。だから……自分に魔力があると知ったのも、つい最近で……」

「えっ、そんなことがあるのか!? 正式なものじゃなくても、魔力の有無や属性を確認できる、簡易の水晶くらいはあるはずでは。まさか、それすらなかったなんて……」


 驚きの声を上げるセヴィーロに対して、その横でルキスが納得したように頷いていた。


「以前、アリーチェが『洗礼式で魔力があると指摘されなかった』と言っていたけれど……そういうわけだったんだな」


 ルキスが言ったその台詞は、以前、ルキスに魔力があるのかどうかを聞かれた時に答えた言葉だ。


「村で、魔力があると判定された子供は、過去にもいたから、おそらく何らかの方法で確認はしていたと思うのだけど……。私は、魔力があるとは判定されなかったの」

「へぇ、何の魔術具で判別していたんだろう?」


 セヴィーロは顎に手を当てて考え込む。それにつられて、私も記憶を探るように洗礼式の時のことを思い起こした。


「洗礼式では、火のついたトーチを順に持たされたから、それで判別していた可能性は高いと思う。でも……魔力に反応して火が強くなるとかなら、私の魔力も分かったと思うのだけれど……」


 首を傾げる私に対して、セヴィーロは顔を横に振った。


「洗礼式の判定で使うなら、持ち手の魔力を使って強く反応する魔術具は、まず使われない」

「どうして?」

「普通の平民でも、ごくわずかとはいえ魔力は持っているから、そんな魔術具を使ったら、卒倒する子供が続出したはずだ」


 なるほど、と私が納得したところで、ルキスがセヴィーロに問いかけた。


「それなら、どんな魔術具が使われたと思う?」

「可能性が高いのは……」


 セヴィーロは、ゆっくりと考えながら言葉を選ぶ。


「そのトーチで、“魔力の揺らぎ”を見ていたんじゃないかな」

「魔力の……揺らぎ?」


 聞き慣れない言葉に、思わず私が聞き返す。


「幼い子供は、怒りや緊張で感情が高まると、無意識に魔力を外へ放出することがある。特に幼い子供の頃は、それが顕著だ。その魔力の放出――揺らぎを、火の揺れで判定していたんじゃないだろうか」

(……ん? それって、つまり)


 私がセヴィーロの言葉の意味について考えていると、ルキスが私を見ながらくすりと笑った。


「普通の子供なら緊張して当たり前の洗礼式で、アリーチェはひとり平静だったということだな。さすがはアリーチェ」

「……平静なのは別に悪いことではないと思うけれど、そう言われるとなんだか複雑な気持ちね」


 誉め言葉として受け取っていいのだろうけれど、それが裏目に出て魔力が判定されなかったのであれば、私としては非常に遺憾だ。


「あと他に考えられるのは、神和性が高かった可能性だ」

「神和性が高いと……何か違ってくるの?」

「神和性は、魔力の扱いやすさに直結する。神和性が高ければ、軽度の緊張くらいで、魔力が揺らぐようなことはないはずだ」

「なるほど……」


 それであれば、私が魔力を持っていると判断されなかったことにも辻褄が合う。片方、もしくは両方に私が該当していたのだろう。


「いずれにせよ、洗礼式の時点での結果が分からないのは、非常に残念だ。後天的に神紋者になった人間の魔力量や神和性の変化なんて、神紋者の謎を読み解くうえで、これ以上ないほど貴重な資料になっただろうに……」


 セヴィーロが心底惜しむように溜め息をつく。そして、誰にともなくぶつぶつと語り始めた。


「神の寵愛を受ける必須条件は、神和性の高さではないか、という仮説があるが、仮に、洗礼式で使われていたのが揺らぎを見る魔術具だったとすれば、アリーチェはもともと神和性が高かった可能性があり、それは仮説とも一致する。実に興味深い」


 突然のまくし立てに、私は呆気に取られる。感情ではなく、事実として語る研究者らしい反応が、私にはかえって清々しく感じられた。

 けれど、次の瞬間、ぺしと軽い音がした。


「熱中するあまり、相手への配慮がなくなるのは、本当に悪い癖だぞ」


 ルキスが渋い顔でセヴィーロの頭を叩いていた。


「あ、あはは……ごめんごめん。あまりに興味深くて……」

「いいえ、研究者の視点による分析は私も興味があるから、別に気にしなくていいわよ」


 セヴィーロは叩かれた頭を押さえながら謝罪を口にしたけれど、私はそれに対して首を振った。

 ルキスはまだ心配そうな様子を見せていたけれど、気持ちの整理はついているから大丈夫……と安心させるように心の中で返事をすると、それを読み取ったルキスがようやく納得したように頷いた。


「本当? それなら、せっかくの機会だから参考までに聞きたいんだけど、どうやって自分の魔力に気づいたの? 普段、自分の魔力量が多いのではと、自覚したことはある?」

「本当にお前は懲りないな……」


 呆れた眼差しをセヴィーロに向けながら、ルキスが深く溜め息をついた。


「アリーチェ、無視していいからな」

「本人が気にしなくていいって言ってるんだから、いいだろう?」 


 そんな二人のやり取りを眺めながら、私は小さく笑う。

 もしこれが、深刻な空気にならないための作戦なら、感心するのだけれど、きっとこれがセヴィーロの素なのだろう。

 そんな風に思いながら、私は魔狼に襲われた時に魔術具が暴発して魔力に気付いた話や、誘拐犯が張った魔術障壁を壊した時の話を伝えた。

 セヴィーロは指先で顎を軽くなぞりながら、興味深げに何度も頷く。


「……なるほど、ネヴィオの魔力量は平均並みだったはず。それを考えると、彼の魔術障壁を純粋な魔力だけで打ち破ったアリーチェは、少なくとも平均以上の魔力量を持っていた可能性が高いね」

(……ネヴィオ?)


 一瞬、誰の名前だろうと思ったけれど、どうやらあの誘拐犯の男の名前だったみたい。

 改めて思うと、誘拐犯たちに関する情報は最小限しか教えてもらっていない。おそらく、私に余計な恐怖や負担を与えないために、ルキスやイグナツィオ様が気を利かせてくれていたのだろう。

 その配慮がありがたくもあり、同時に腫れ物に触れるような扱いに、居心地の悪さが残った。


「それと……もう一つ、興味深いことがある」


 少しだけ感傷的になる私を他所に、セヴィーロは変わらない調子で言葉を続けた。


「アリーチェの魔力量や神和性には、大きな変化があったはずだけど……ルキスとの魔力干渉は、今も残っているんだよね?」


 私とルキスは、思わず顔を見合わせる。ほんの一瞬の視線の交差のあと、私はセヴィーロに向かって小さく頷いた。


「……ええ。その通りよ」


 今ではすっかり慣れて、気にならなくなっているけれど、ルキスとの魔力干渉は、今も確かに残っている。

 セヴィーロは「そうか……」と言って、楽しそうに目を細めた。


「そこから推測するに、魔力干渉は、魔力量や神和性の大小によるものじゃなく、魔力の“根源的な相性”によって起こる現象なのかもしれないね」

「なるほど……」


 神紋者になっても魔力干渉が変わらず残るという事実は、確かにそれを示していた。


「神紋者であるルキスと魔力干渉する人間が、結果的に神の寵愛を受ける器だったなんて……」


 そこで一度言葉を区切ると、セヴィーロは冗談めかした口調で続ける。


「まるで、運命のいたずらみたいだね」

「――そんな皮肉なものが、運命であってたまるか」


 間髪入れずに、ルキスの鋭い声が飛んだ。

 久しぶりに見るルキスの厳しい視線が、まっすぐにセヴィーロに向けられていた。


「分かっていると思うが、そんな不確かな情報を他所で軽々しく口にするなよ」

「もちろん、その辺はちゃんとわきまえてるよ」


 セヴィーロは両手を軽く持ち上げてへらへら笑うと、緊迫した空気はすぐに霧散し、部屋の空気が元に戻る。

 今日、ルキスが来たことを少し過保護に感じていたけれど、確かに様子を見に来たくなる気持ちも分かった。どこまで本気か分からないけれど、セヴィーロは随分と無神経にも見える。

 へらへらと笑顔を浮かべているものの、その実、セヴィーロの赤い瞳には、笑みとは異なる何か別の感情を含んでいるような、そんな違和感を覚えた。


(それにしても、皮肉な運命か……)


 あれほど過剰に反応するくらいだから、ルキスも思うところがあるのだろう。

 私が誘拐犯に言われたことを、彼がどこまで知っているのかは分からない。けれど、「皮肉だ」と言って顔を曇らせたルキスの横顔は、まるで……私と関わったことにどこかで後悔しているようにも見えて、ちくりと胸が痛んだ。


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