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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第八章 闇の神紋者

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116. 選定の水晶

 公子公女殿下との会話を終えたあと、アルフィオは政務に向かうとしてその場で別れ、私たちはファビアンたちと合流した。そしてそのまま、二台の馬車に分かれて神殿へ向かう。

 私が乗った馬車には、イグナツィオ様とルキスが同乗していた。


 神殿を訪れる目的は二つ。ひとつは、私が闇の神紋者であることを正式に認定してもらうため。

 もうひとつは、洗礼式の際に用いられる選定の水晶を使って、私の魔力を確認してもらうためだ。

 私の胸に浮かぶ神紋が本物であることは、すでに確認されているけれど、それでも、神殿で正式な認定を受けることには、大きな意味があるらしい。


 馬車がゆっくりと走り出して少しした頃、イグナツィオ様が私に尋ねてきた。


「アリーチェ。領主一族に会った感想は、どうだった?」


 私は少し考えてから、率直なところを口にする。


「フィアンマ様は……話を聞いて想像していた通りの方でした。それから、バジーリオ様は……なんと言うか、とても貴族的な方でしたね」


 一応言葉を選んだけれど、イグナツィオ様には私の言わんとしたことは伝わっただろう。バジーリオ様の、平民である私に向けたあのあの冷たい視線。おそらくフィアンマ様も、内心では同じなのではないだろうか。

 とはいえ、神紋者が相手であれば、それを隠して応対するのが為政者というものだと思う。けれど、それを隠そうともしないバジーリオ様は、私には少し短絡的に見えた。


(少なくとも、馬は合いそうにないな……)


 そんなことを考えながら、最後の一人の顔を思い浮かべる。


「ベルナデッタ様は……人と距離を詰めるのが、とても上手そうな方だと思いました。ただ、可愛らしい見た目に反して、一癖ありそうな雰囲気も感じました……」


 向かいから「ぷっ」と吹き出す音がした。音の方に目を向けると、ルキスが笑いを堪えているのが視界に入る。


「流石はアリーチェ。的確に見ているね。ただ、“見た目に反して”と聞くと、それを君が言うのかとつい言いたくなるな」

「……見た目に反して、私がどうだというのですか?」


 私はじとりとルキスに視線を向ける。もし、“腹黒い”なんて言ったら軽く足でも踏んでやろうかしら、と一瞬考える。

 目の前に座るルキスは、踏むにはちょうどいい距離にいる。


「あどけない見た目に反して、たいそう賢いってことだよ」

「それは……褒めてます?」

「もちろん」


 そう言って、ルキスは爽やかに笑いながら私の視線をひらりとかわした。

 何となく、他にも含みがありそうだなと思っていると、イグナツィオ様が言葉を挟んだ。


「確かに、バジーリオは些か分かりやすいところがあるな。それに比べて、ベルナデッタは周囲を使うのが上手い。外見はバジーリオのほうが公爵夫人に似ているが、内面はベルナデッタのほうが近いと言える」


 その言葉は、私が彼らに抱いた印象と合致していて、すとんと腑に落ちた。


(ベルナデッタ様の内面が公爵夫人に似ているということは、やっぱりさっきの会話も、全部計算ずくだったのだろうか……)


 あの柔らかな笑顔も、距離の詰め方も全てそうだとしたら、確かに一筋縄ではいかない相手だ。一人でお茶会に参加することにならなくて、本当に良かった。

 もしかしたら、それすらも計算の上なのかもしれないけれど……。


「そういえば……メルクリオ伯爵は、先ほどの場にいらしたのですよね?」

「ああ。私たちから見て右側、一番壇上に近い場所にいた茶色髪の男だ」

「なるほど……あの方が」


 イグナツィオ様の言葉に、先ほどの謁見室の光景が脳裏に浮かぶ。

 四十代くらいだっただろうか。背筋の伸びた壮年の男性で、表情は硬く、いかにも厳格で融通が利かなそうな印象だった。


(あの人が、メルクリオ伯爵……)


 謁見前は慌ただしくて、そこまで意識が回らなかったけれど、考えてみればあの人とも不思議な縁がある。

 私がメルクリオでお世話になっていたルッツィ孤児院は、領主の援助によって成り立っていた場所だ。知らず知らずのうちに、間接的とはいえ、私は一時的にあの人の援助を受けていたらしい。


(まさか、その本人と直接顔を合わせることになるなんて、思いもしなかったけど)


 そして、それとは別にもうひとつ引っかかることがある。

 イグナツィオ様は、神殿にいる知り合いから密告があったと言っていたけれど、もしメルクリオ伯爵が政敵であるなら、その話の見え方も少し変わってくる。

 

(神殿にいた“知り合い”というのも、もしかしたらイグナツィオ様が意図的に忍び込ませていた間者だったりして……)


 敵方の情報を収集するのは、戦略としては基本だろうし、その可能性は大いにあり得ると思う。

 そんな風に考えていると、ふと窓の外に見覚えのある景色が広がった。


「あ……」


 石畳の道に白い壁。壁の先には高く伸びる塔が見える。お嬢様の付き添いで、または神殿図書館への通いで何度も行き来した道だ。

 馬車はそのまま神殿の正門をくぐると、左に曲がることなく真っすぐ進み、正面玄関の前で止まった。


 到着して少し待つと、外側から扉が静かに開かれる。同じく到着したもう一台の馬車から降りたキアーラが、こちらの扉を開けてくれたらしい。

 イグナツィオ様に続いて、ルキス、私の順に馬車を降りる。視線の先には、青色の神官服に身を包んだ人々が神殿の前にずらりと並び、私たちを出迎えていた。

 その人数に私が内心気圧されていると、その中から白髪の老神官が一人、ゆっくりと前に進み出る。


(神官服や肩に掛けた布に凝った意匠の刺繍が施されているから、高位の神官だろうか?)


「闇の神紋者様、よくぞいらっしゃいました」


 低く落ち着いた声とともに、先ほど前へ進み出てきた白髪の神官が、ゆっくりと頭を下げた。


「ここ、水の神殿の神殿長を務めております、ドメニコと申します。あなた様の訪問を、神官一同、心よりお待ちしておりました」


(……神殿長!?)


 神官服から見て高位だとは思っていたけれど、まさか神殿で最も高位の神殿長に出迎えられるとは思っていなかった。

 

「ご丁寧にありがとうございます」


 神殿長の出迎えについてはあまり深く考えないようにしながら礼を返すと、神殿長は皺を深く刻みながら笑みを浮かべた。


「選定の儀式を受けるにあたり、まずはご準備をお願いします。ご案内はこちらの者がいたします」


 神殿長の合図で一人の女性神官が一歩前に出ると、軽く腰を落としながら私に礼をした。


 歳を重ねた物腰柔らかな女性神官に導かれ、私たちは控えの間へと案内された。ソファや低いテーブルが並んでいるところを見ると、来客用の部屋らしい。

 女性神官はさらに部屋の奥へと進み、もう一つの扉の前で立ち止まった。


「アリーチェ様。神紋の確認を行いますので、こちらへどうぞ。付き添いは側付きの女性の方のみでお願いいたします」

「分かりました。キアーラ、一緒に来てちょうだい」


 軽く後ろを振り返りながら言うと、キアーラは小さく頷いて私の後について別室へと入る。

 隣室は入口すぐに衝立が置かれており、カーテンが引かれた部屋の中は、少し薄暗い。

 女性神官の後について衝立の奥へ移動すると、女性神官は明かりを灯しながら私に告げる。


「それでは、今から神紋を確認いたしますので、申し訳ありませんが、脱衣をお願いいたします」

「分かりました」


 私が頷いてキアーラに視線を向けると、それに応じてキアーラが私の背後に回り、服の後ろのボタンを外していく。

 今日、キアーラが朝から付き添っている理由は、これだ。事前に神紋を確認することが分かっていたから、着替えの手伝いのためにキアーラが付いて来てくれていた。

 服を脱ぐと、胸元の神紋が空気に晒される。今ではもう、自分の一部として受け入れているけれど、人目に晒されるとなると、羞恥も合わさって一層緊張する……。

 肌着の状態で女性神官と向き合うと、彼女は杖のような大きさの枝――神樹の枝を両手で丁重に持ち上げ、その先端を私の胸元の神紋へと当てた。

 その瞬間、微かな痺れのような感覚が走り、それに呼応するように枝も小さく震えた。


(……本当に、反応するんだ)


 意識を失って運ばれた時、イグナツィオ様が神樹の枝を用いて確認したと聞いてはいたけれど、実際に体験するとなると不思議な感じだ。


「……神樹の共振を確認しました。神紋に間違いありません」


 女性神官は枝を掲げてそう告げると、そのまま私の前に膝をついた。


「闇の女神の愛し子の出現に立ち会えたこと、心より光栄に存じます」

「……」


 まさか、そんな反応をされると思っていなかったため、私は居心地の悪さとともに言葉を失う。どう返すべきか分からずに戸惑っていると、後ろに控えるキアーラが小さな声で「……お礼を、お返しください」と囁いた。

 私ははっとして、慌てて姿勢を正す。


「こちらこそ……、確認をありがとうございました」


 ぎこちなくそう答えると、女性神官はさらに深く頭を下げた。

 敬称を付けて呼ばれたり、丁寧に接せられることで実感はしていたけれど、神紋者として正式に認められる――その重みを、私は改めて実感した。



 再び衣装を身に着け、身なりを整えてから控えの間へ戻ると、一斉に皆の視線が私に向かう。


「では、アリーチェ様。今より神殿長室へ向かいましょう。そちらで選定の儀式を行う予定になっております」


 その言葉を受け、付き添いとして儀式に立ち会うため、イグナツィオ様がソファから立ち上がる。


「あの……、イグナツィオ様。申し訳ありませんが、儀式への付き添いは、ご家族のみという決まりがありますので、恐れ入りますがご遠慮いただけますようお願いします……」


 はっきりとした断りの言葉に、一瞬空気がぴりっと張り詰める。当事者ではあるけれど、どう口を挟んだものか分からず、私はイグナツィオ様と女性神官を見比べる。

 

「……私は彼女の後見人として、この場に来ている。付き添う資格は、十分にあると思うが?」

「……」


 イグナツィオ様が穏やかな口調でそうはっきりと言うと、女性神官が言葉に詰まる。さすがに領地の公子相手にそれ以上断りきれなかったのか、諦めたように小さく頷いた。


「……分かりました。では、付き添いはイグナツィオ様のみでお願いいたします。他の方はこちらでお待ちください」


 そのやり取りを見ていたファビアンが、控えめに手を挙げる。


「あの、扉の前まで付き添うことは可能ですか?」

「扉の前まででしたら、大丈夫です」

「分かりました。でしたら、私が扉の前まで付き添います」


 そう言ってファビアンは私に顔を向けると、任せてくれと言わんばかりの頼もしい表情を浮かべた。


 女性神官を先頭に、私、イグナツィオ様、ファビアンの順で控えの間を出て、静謐な廊下を進む。ここは水の神殿だからなのか、随所の装飾も全体的に青が使われていた。

 やがて、見事な装飾が施された扉の前に到着する。外で待機していた若い神官が中へ取り次ぎをしたあと、両開きの扉をゆっくりと開けた。


「では、私はここで」


 ファビアンが短くそう告げると、扉の横に控える。その隣を通って部屋へ足を踏み入れると、そこには先ほど出迎えてくれた神殿長が待っていた。

 神殿長は座っていた椅子から立ち上がると、部屋の中央に置かれたテーブルの側へと移動する。テーブルの上には水晶のような透明な玉があり、角度によって赤みを帯びたり、緑がかったりと、揺らめく色合いを見せていた。

 女性神官が神殿長に近づいて小声で耳打ちすると、神殿長がゆっくりと頷く。

 おそらく、神紋が確認できたことを伝えているのだろう。


「アリーチェ様。こちらへ来て、選定の水晶に手を添えていただけますか?」

「……はい」


(この玉が、魔力が分かる魔術具……)


 私はゆっくりと一呼吸したあと、テーブルの前まで進み、水晶にそっと手を触れる。ひんやりとした感触が、指先から伝わってきた。


「今ここに、内なる力を示し給え」


 その言葉に呼応するかのように、水晶の内部にじわじわと黒い染みが現れる。

 それは瞬く間に広がり、水晶全体を覆い尽くし――やがて、黒く輝く球体へと変わった。


(これが、私の魔力の現れ……)


 水晶に満ちる黒い輝きは、紛れもなく闇の女神の加護を示していた。


「……素晴らしい」


 神殿長が、感嘆の息を漏らす。


「これほど色が広がり、強く輝くとは。これは……光の神紋者であるルキス様を超えるのではないでしょうか」


 その言葉に、部屋の中にざわりとした驚きが広がる。生来の神紋者であるルキス以上というのは、さすがに誇張しすぎではないだろうか……。

 私の戸惑いをよそに、神殿長が満面の笑みで深く礼をした。


「生きている間に、まさか二度も神紋者様の選定に立ち会えるとは思っておりませんでした」


 皺の刻まれた顔に、心からの笑みを浮かべる。


「アリーチェ様。闇の女神の祝福、心よりお喜び申し上げます」


 神殿長の表情に、嘘は感じられない。神に仕える者としての、純粋な喜び。

 先ほどの女性神官の時も戸惑ったけれど、それ以上に胸の奥に小さなトゲのようなものが刺さる。


(……私が、後天的な神紋者だということも、寿命が長くないということも、知っているはずなのに……。それでもなお、彼らにとって神の寵愛を受けることは、喜びなのだ……)


 その価値観と自分の抱えている現実との間に、どうしようもない乖離を感じる。

 胸の奥に、言葉にできない複雑な感情が沸き上がり、私は静かにそれを飲み込んだのだった。


誤字報告ありがとうございます。

色々と恥ずかしい間違いをしてました……。

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