第3話 門の前の少女
生き残るために必要なもの。
《隠者の指輪》。
そして《精霊王の雫》。
目標は決まった。
問題は、どうやって手に入れるかだった。
「……場所は、たぶん分かるんだけど」
リリアーヌは自室の机に広げた地図を眺めていた。
まず必要なのは《隠者の指輪》だ。
ゲームでは、フォルティス領なんて名前は出てこなかった。
けれど前世の記憶と、この世界の地理を照らし合わせてみると、指輪が眠っている隠しダンジョンはどうやら領内か、そのすぐ近くにあるらしい。
これは運がいい。
問題は、その先だった。
「8歳の子が、どうやってダンジョンに行くのよ」
1人で屋敷を抜け出す。
論外。
適当な理由をつけて遠出する。
たぶん父に止められる。
使用人を連れて行く。
そもそも何と言って説明するのか。
『ゲームで知っている隠しダンジョンに、属性鑑定をごまかす指輪があります』
言えるわけがない。
「……詰んでない?」
場所を知っていても、行けなければ意味がない。
ゲームでは地図を選べば移動できた。
現実では、8歳の子どもには8歳の子どもの事情がある。
「ゲームより面倒くさい……」
当然のことに気づきながら、リリアーヌは机に突っ伏した。
◇
数日後。
昼食を終えたリリアーヌは、ロイを探して屋敷の外へ出た。
「ロイー?」
返事はない。
いつもなら庭のどこかにいる。
庭師に聞いてみると、少し前に正門の方へ走っていったという。
「また?」
最近、ロイは正門の近くまで行っては門番に遊んでもらっている。
リリアーヌはそのまま正門へ向かった。
すると、門の前に人が集まっていた。
「どうしたの?」
近づくと、門番の1人が振り返った。
「お嬢様」
その足元では、ロイが誰かの周りをうろうろしている。
少女だった。
リリアーヌより少し年上。
11歳くらいだろうか。
色あせた服。
泥のついた靴。
小さな荷物を抱えている。
顔色が悪い。
門の横に座り込んでいた。
「この子、どうしたの?」
「先ほど来たのですが……」
門番が困ったように少女を見る。
「フォルティス家で働かせてほしいそうです」
「働く?」
リリアーヌは少女を見る。
少女もこちらを見た。
立ち上がろうとしたが、ふらつく。
「あっ」
門番がすぐに支えた。
「無理をするな」
「……すみません」
声にも力がない。
リリアーヌは少女の顔を見て、それから荷物を見る。
ずいぶん長い距離を歩いてきたように見えた。
「ご飯は?」
「え?」
「今日、食べた?」
少女は答えなかった。
その反応だけで十分だった。
リリアーヌは門番を見上げる。
「まず何か食べさせてあげて」
「ですが、身元がまだ――」
「食べてから調べればいいでしょ?」
門番が少し迷った。
そこへ、もう1人の門番が頷く。
「厨房へ話を通しておきます」
「お願い」
少女が驚いたようにリリアーヌを見る。
「あの……」
「話は食べてからでいいよ」
リリアーヌはそう言って、ロイの首元を撫でた。
「ほら、ロイ。邪魔しないの」
ロイは少女から離れようとしない。
少女が恐る恐る手を伸ばすと、ロイは嬉しそうにその手を舐めた。
そのとき初めて、少女の表情が少しだけ緩んだ。
◇
少女の名前は、リゼといった。
11歳。
父親は幼い頃に亡くなっている。
母親と2人で暮らしていたが、その母親も春に亡くなった。
遠い親戚の家に身を寄せたものの、そこにも余裕はなかった。
母親が生前、
『困ったことがあれば、フォルティス家を訪ねてみなさい』
と話していたらしい。
以前、母親が領内で仕事をしたことがあったという。
それを頼りに、リゼはここまで来た。
「2日?」
話を聞いたリリアーヌは目を丸くした。
「歩いたの?」
「はい」
「ずっと?」
「途中で少し休みました」
「そういう意味じゃなくて……」
リリアーヌは言葉を失った。
そりゃ倒れそうにもなる。
リゼの話だけで採用が決まったわけではない。
当然、フォルティス家の使用人が身元を調べた。
母親の名前。
住んでいた村。
親戚。
過去に屋敷と関わりがあったか。
数日かけて確認される。
そして、話に大きな嘘がないことが分かった。
最終的に判断したのは、もちろんリリアーヌではない。
父だった。
「しばらく見習いとして置くことにした」
夕食後、父からそう聞かされた。
「ほんと?」
「ああ。まだ11歳だからな。できる仕事から覚えてもらう」
「よかった」
「お前が決めたわけではないぞ」
「分かってるよ」
父が少し笑う。
「ただ、最初に食事をさせたことは間違っていない」
「だって、お腹空いてたら話もできないでしょ」
「そうだな」
それだけの話だった。
リリアーヌは、リゼを助けたつもりもなかった。
目の前にお腹を空かせた子がいた。
だから食事を頼んだ。
それだけだ。
数日後。
見習い用の服を着たリゼが、リリアーヌの前に立っていた。
「本日から、お嬢様のお世話をさせていただきます」
「私?」
「はい」
リリアーヌは母を見る。
「どうして?」
「あなたが最初に声をかけたでしょう? 年も近いですし、まずは身の回りの簡単な仕事から覚えてもらいます」
「そうなんだ」
リリアーヌは改めてリゼを見る。
門前で倒れかけていたときとは違い、顔色もよくなっていた。
「よろしく、リゼ」
「はい。よろしくお願いいたします」
こうして、リゼはリリアーヌ付きの見習い侍女になった。
◇
それからしばらくして。
リリアーヌはリゼと一緒に屋敷の裏手を歩いていた。
もちろん遊びだけが目的ではない。
最近のリリアーヌは、散歩を理由に領内の地形を少しずつ確認していた。
《隠者の指輪》があるはずの場所。
ゲームで見た景色と、現実の地形。
それを頭の中で照らし合わせる。
当然、8歳のリリアーヌが行ける範囲など限られている。
今日は屋敷からそれほど離れていない森の手前までだった。
「お嬢様、何を探しているんですか?」
「別に何も」
「先ほどから同じ方向を何度も見ています」
「…………」
意外とよく見ている。
「珍しい植物がないかなって」
「植物ですか」
「うん」
嘘ではない。
探してはいないだけだ。
リゼはそれ以上聞かなかった。
そのまま2人で歩く。
少し先には森がある。
ゲームの記憶が正しければ、そのさらに奥。
岩場の近くに――。
リゼが突然立ち止まった。
「どうしたの?」
「……いえ」
リゼは森を見ていた。
「あちらだけ、少し……変です」
「変?」
「うまく言えないんですけど」
リゼが眉を寄せる。
「あっちから、何か感じます」
リリアーヌも同じ方向を見る。
何も見えない。
木が並んでいるだけだ。
「何かって?」
「分かりません」
「音?」
「違います」
「匂い?」
「それも違います」
リゼ自身も困っているようだった。
「昔から、たまにあるんです。人が来る前に分かったり、魔物が近くにいると気持ち悪くなったり」
リリアーヌはリゼを見る。
「それって……」
魔力を感じている?
ゲームにも、魔力の流れを察知する技能を持つ人物はいた。
ただし、誰にでもできることではない。
ましてリゼは魔法をほとんど使えないと聞いている。
「どの辺?」
「え?」
「変な感じがするところ」
リゼは森の奥を指した。
「あの方向です」
リリアーヌは、その先を見る。
心臓が少し速くなった。
偶然かもしれない。
まだ位置を正確に確認したわけでもない。
それでも。
リゼが指した方向は。
リリアーヌがゲームの記憶から予想していた、《隠者の指輪》が眠る場所とほとんど同じだった。
「……リゼ」
「はい?」
「もう少しだけ、詳しく分かる?」
リゼは困った顔をした。
「やってみます」
目を閉じる。
しばらくして。
「あっちに……何かあります」
やはり同じ方向だった。
リリアーヌは森を見る。
自分にはゲームの知識がある。
でも、この世界で実際に何が起きているのかまでは分からない。
リゼにはゲームの知識なんてない。
代わりに。
自分には分からないものを感じ取れる。
「…………」
もしかしたら。
1人で何とかしようとする必要はないのかもしれない。
リリアーヌは、初めてそう思った。
面白かったと思っていただけましたら、ブックマーク・☆☆☆☆☆からの評価をいただけると嬉しいです!
感想も大歓迎です。執筆の励みになります!




