第4話 ゲームでは簡単だったのに
リゼが指した森の奥。
そこに《隠者の指輪》があるかもしれない。
だからといって、8歳のリリアーヌが、
「ちょっと見てくる」
で済む話ではなかった。
「お嬢様。森へ行きたいのですか?」
「……ちょっとだけ」
「駄目です」
「まだ何も言ってないけど」
「森の奥へ行こうとしていました」
「なんで分かったの?」
「顔に書いてあります」
リゼは真顔だった。
見習い侍女になってまだそれほど経っていないのに、すでに扱い方を覚えられ始めている。
「でも、気になるでしょ? リゼも変な感じがするって言ってたし」
「気にはなります」
「じゃあ――」
「ですから、大人の方に確認してもらいましょう」
「…………」
正論だった。
ゲームなら、行きたい場所を選べばそれで済んだ。
けれど、ここは現実だ。
森には魔物もいる。
野生動物もいる。
足場の悪い場所だってある。
何より、リリアーヌは8歳だった。
「分かった」
リリアーヌは素直に頷いた。
死にたくないから《隠者の指輪》を探しているのに、探しに行って死んだら意味がない。
◇
「森の中に古い遺跡があるかもしれない?」
父は不思議そうな顔をした。
「うん」
「なぜそう思った?」
当然の質問だった。
リリアーヌは用意していた答えを口にする。
「リゼが変な感じがするって」
「変な感じ?」
父の視線がリゼへ向く。
リゼは少し緊張しながら頷いた。
「うまく説明できないのですが……森の奥から、何かを感じます」
「何か、か」
「以前から、魔物が近くにいると同じような感覚になることがありました」
父はすぐに答えを出さなかった。
「リリアーヌは、なぜ遺跡だと思ったんだ?」
「前に古い本で、この辺りには昔の建物があったって読んだから」
これは半分本当だった。
領内に古い遺跡があるという話自体は、屋敷の蔵書で確認している。
ただし、《隠者の指輪》のあるダンジョンと同じものかは書かれていなかった。
「それを確かめたいのか?」
「うん」
「お前も行くつもりで?」
「……できれば」
父がため息をついた。
やっぱり駄目か。
そう思ったが。
「まず人を出して確認させる」
「え?」
「本当に何かあるなら、その後だ」
「行っていいの?」
「まだいいとは言っていない」
「あ、はい」
父はリゼを見る。
「お前が感じた場所を案内できるか?」
「森の手前からでしたら」
「それでいい」
こうして、まず領内に詳しい者と護衛が森へ向かうことになった。
リリアーヌは留守番だった。
◇
翌日の夕方。
調査へ向かった者たちが戻ってきた。
報告を聞いた父が、リリアーヌを呼んだ。
「何かあったの?」
「あった」
その一言で、リリアーヌの心臓が跳ねた。
「古い石造りの建物の跡が見つかったそうだ」
「ほんと?」
「ああ。ほとんど土と草に埋もれているらしいがな」
場所も聞いた。
リゼが指した方向。
そしてリリアーヌが予想していた場所と一致する。
間違いない。
おそらく、そこだ。
「中には入った?」
「いや」
父は首を振った。
「地下へ続いているらしい。入口付近だけ確認して戻らせた」
「どうして?」
「古い地下施設に、準備もなく入る馬鹿はいない」
「…………」
ゲームでは普通に入った。
だが、言われてみればその通りだ。
崩落。
魔物。
罠。
毒。
何があるか分からない。
「数日後、改めて調査する」
「私も行きたい」
「駄目だ」
即答だった。
「入口まで!」
「駄目だ」
「中には入らないから」
「駄目だ」
「遠くから見るだけ」
「リリアーヌ」
「はい」
父の顔を見て、諦めた。
◇
ところが。
数日後。
状況が少し変わった。
遺跡の入口周辺には危険な魔物がいないこと。
地下の最初の区画までは大きな崩落もないこと。
そして何より、リゼが入口付近で妙な反応を示した。
「奥から、何か流れてくる感じがします」
調査に同行した者から、その報告を聞いた父は、リゼの感覚を詳しく確かめることにした。
結果。
リゼは人には感じ取れない微弱な魔力の動きを、ある程度察知できるらしい。
そこで、リリアーヌにも機会が巡ってきた。
「入口までだ」
父が念を押す。
「勝手に動かない」
「はい」
「護衛から離れない」
「はい」
「危険だと言われたら、すぐ戻る」
「はい」
「絶対に地下の奥へ行かない」
「はい」
「返事だけはいいな」
「ちゃんと守るよ」
少なくとも、そのつもりだった。
◇
森へ入るのは初めてではない。
けれど、今日はいつもと違って見えた。
護衛が2人。
領内の地形に詳しい案内役が1人。
遺跡を調べるための道具を持った男が1人。
そしてリリアーヌとリゼ。
ロイは屋敷で留守番だ。
「思ったより遠い……」
リリアーヌは額の汗を拭った。
ゲームでは地図上で場所を選択すれば、一瞬で到着した。
現実では歩かなければならない。
木の根をまたぐ。
坂を登る。
枝を避ける。
ぬかるんだ場所では靴が沈む。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「大丈夫」
そう答えた直後、石につまずきそうになった。
護衛の男に腕を掴まれる。
「足元を見てください」
「……はい」
すでに疲れていた。
まだダンジョンにすら着いていない。
「ゲームだとこんなのなかったのに……」
「何か言いましたか?」
「何でもない」
しばらく歩くと、木々の間に石壁が見えた。
「あれ……」
苔に覆われている。
半分以上が土に埋まっていた。
知らなければ、ただの岩だと思って通り過ぎそうだ。
近づくにつれ、リリアーヌの記憶と重なっていく。
古い石壁。
崩れた柱。
その奥にある地下への階段。
「ここだ……」
「お嬢様?」
「ううん」
リリアーヌは慌てて首を振った。
ゲームではもっと綺麗だった。
壁も床も見やすく、入口だって一目で分かった。
現実では違う。
長い年月で崩れ、土に埋まり、植物に覆われている。
同じ場所なのに、別物のようだった。
地下への階段を降りる。
もちろん、リリアーヌたちは先頭ではない。
護衛。
調査役。
その後ろを歩く。
明かりはランタンだった。
ゲーム画面では明るかった通路が、現実では驚くほど暗い。
「……怖い」
思わず口から出た。
リゼが隣を見る。
「戻りますか?」
「まだ大丈夫」
本当は少し戻りたかった。
けれど、《隠者の指輪》が必要だ。
12歳までに手に入れなければならない。
最初の区画に入る。
そこで調査役の男が立ち止まった。
「ここから先は、今日は進みません」
「どうして?」
リリアーヌが前を見る。
石の扉があった。
大きな扉だ。
ゲームでも覚えている。
「あれを開ければ――」
言いかけて、止まった。
調査役の男が振り返る。
「開け方をご存じで?」
「……知らない」
危ない。
ゲーム知識をそのまま口にするところだった。
リリアーヌは扉を見る。
ゲームでは、壁にある3つの紋章を順番に押せば開いた。
確か。
月。
鳥。
剣。
その順番だった。
簡単な仕掛けだ。
攻略情報を知っていれば迷うこともない。
「リゼ」
「はい?」
「あの壁、何か感じる?」
リゼが目を閉じた。
少しして、右側を指す。
「あちらから、少し感じます」
見ると。
土と苔に覆われた壁だった。
「掃除してもいい?」
リリアーヌが聞く。
調査役が護衛と顔を見合わせる。
「そこなら危険はないでしょう」
大人たちが壁の土や苔を落としていく。
やがて。
3つどころではなかった。
「……え?」
リリアーヌは固まった。
壁には、10個以上の紋章が並んでいた。
月。
鳥。
剣。
それ以外にも。
太陽。
花。
獣。
盾。
知らない紋章まである。
「こんなの、ゲームになかったんだけど……」
小声で呟く。
「お嬢様?」
「何でもない」
ゲームでは、必要な3つしか画面に映っていなかった。
現実には、その周囲にも仕掛けがあったのだ。
「これ……どれを押せばいいの?」
月、鳥、剣。
その3つなのは覚えている。
でも。
順番を間違えたらどうなる?
ゲームでは間違えても何も起きなかった。
ただ入力がリセットされるだけだった。
ここでも同じ保証はない。
罠が作動するかもしれない。
リリアーヌは手を伸ばすのをやめた。
「今日は帰ろう」
自分からそう言った。
リゼが少し驚く。
「よろしいのですか?」
「うん」
分からないものを、ゲームでは大丈夫だったからという理由で触る。
それは駄目だ。
リリアーヌは生き残るためにここへ来ている。
冒険がしたいわけではない。
「もう少し調べてからにする」
調査役の男が満足そうに頷いた。
「それがよろしいでしょう」
帰る前に。
リリアーヌはもう一度、石の扉を振り返った。
《隠者の指輪》は、この奥にある。
場所は合っていた。
ゲームの知識も役には立つ。
けれど。
ゲームで知っていることと。
現実にそこへ行って、自分の手で攻略することは。
まるで違う。
そしてもう1つ。
リリアーヌたちは気づかなかった。
地下へ続く通路のさらに奥。
土の上に残った足跡の中に。
今日の調査隊のものではない、古びた靴跡が混じっていたことに。
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