#8 側に居るだよ
観る小説を、
作っていたんですよ。
過去の話です。
夕食時の『溺れた海豚亭』は、笑い声とジョッキの音で大いに賑わっていた。
木の梁から吊るされたランタンがゆらゆらと揺れ、暖かな光が木製のテーブルを照らしている。
香ばしく焼けた肉の匂いに潮風が混ざり、まるで街そのものが“生きている”ような熱気があった。
その喧騒の中、アゼムは目を輝かせながらステーキにかぶりつく。
頬をふくらませ、夢中でナイフとフォークを動かす姿は子どものようで――エメトセルクは思わず口元を緩めた。
「ふん、今日はエールを頼まないんだな」
「また同じ過ちはごめんです」
「ふっ……それは賢明だ」
二人の笑い声が、酒場のざわめきに溶けていく。
グラスの泡が弾け、遠くのテーブルから誰かの乾杯の声が聞こえた。
「ところで、手強いモンスターは倒さなくてよかったんですか?」
アゼムが口を拭いながら、何気なく尋ねる。
エメトセルクはワインを一口飲み、淡々とした声で答えた。
「……ああ。そもそもモブハントの依頼なんて受けていないがな」
「……え?」
アゼムはナイフを止め、ぽかんと口を開けた。
そして、信じられないというように眉をひそめ、頬をぷくっと膨らませる。
「……む〜っ!」
じとりとした視線で睨みつけると、低くぼそりと呟いた。
「……え、変態ですか? ずっと私のことつけてたってことですよね」
「失敬な。誰が変態だ」
エメトセルクは眉間に皺を寄せ、ため息をつく。
「……つけてたに関しては否定できないがな」
その瞬間、アゼムは口をへの字に曲げ、しかしすぐに吹き出してしまった。
笑いがこみ上げるように、肩を震わせて――
エメトセルクの眉間の皺も、いつの間にかほどけていた。
突然、アゼムの笑顔がふっと消えた。
さっきまでの賑やかな喧騒が、まるで遠くに引いていくように感じられる。
「でも……あの時、エメトセルクさんが居なかったら……」
その声はかすかに震えていた。
笑おうとしても、頬が引きつる。視線がテーブルの木目に落ち、そこにぽたりと涙が落ちる。
エメトセルクは静かに目を細め、深く息を吐いた。
――やれやれ……。こういうのが一番苦手だ。
それでも、見捨てられるはずがなかった。
「……厭だ厭だ。……そんな顔するな。私が側に居るだろ」
その声は、皮肉でも威圧でもなく、どこまでも穏やかだった。
アゼムは唇を噛みしめ、膝に置いた手をぎゅっと握る。
「……ふ、っ……く……ありがとうございます……」
嗚咽が漏れ、肩が小刻みに震えた。
「……やれやれ」
苦笑まじりの吐息とともに、エメトセルクは静かに立ち上がり、席を移る。
椅子の軋む音が小さく響いた。
彼は何も言わず、アゼムの背中に手を添える。
ゆっくりと、優しく、涙の余韻を撫でるように。
その手の温もりに、アゼムの震えが少しずつ収まっていった。
外では波の音が微かに聞こえる。
まるでそれが『もう大丈夫だ』と告げているかのように。
どれくらいの時間が流れただろうか。
アゼムは泣き疲れ、エメトセルクの肩にもたれたまま、静かに眠りに落ちていた。
涙の跡が頬を伝う寝顔を見つめながら、エメトセルクはふと目を細める。
――こいつを、守らねば。
外へと通じる通路から夜風がそよぎ、酒場の灯りが柔らかく揺れる。
潮の香りを含んだ空気が二人を包み、遠くの港の波音と街のざわめきが溶け合って、穏やかな時間だけが、静かに流れていた。
エメトセルクはアゼムの肩を軽く揺さぶり、低く声をかけた。
「おい、起きろ。寝るなら宿屋でにしてくれ」
「……ん〜……」
返ってきたのは間の抜けた声。寝ぼけたまま、アゼムはそのまま彼にしがみつく。
「……待て。これは……またなのか?」
エメトセルクの眉がぴくりと動く。頬にかすかに朱が差し、息を吐くようにため息をついた。
「やれやれ……面倒な奴だ」
彼は半ば抱きかかえるようにして、ふらつくアゼムを支えながら宿屋へ向かう。
夜の通りは人影もまばらで、遠くで波の音が静かに響いていた。
受付に立つと、落ち着いた声で言う。
「部屋を一つ、頼む」
「どのタイプのお部屋にしますか?」
受付の主の問いに、エメトセルクは一瞬だけ目を伏せ、わずかに逡巡した。
「……静かな部屋を」
いつか、
サ終したSoraが、
別の名前で実装したら…。




