#26 おかえり
え?
ここ?
古代だけど。
空間が微かに震える。
視界の端で光と影が揺れ、何かが動いた。
――だが、それが何かは分からない。
「……ウス!」
遠くで響く声。
叫びか怒鳴りか、悲鳴か。
胸の奥が跳ねると同時に、
全身に鋭い痛みが広がる。
体は鉛のように重く、
思うように動かせない。
肩を揺さぶられる。
冷たい感触が手に残る。
「起きろ!エメトセルク!」
近くで、
熱を帯びた声が耳に刺さる。
聞き覚えのあるはずなのに、
妙に遠く、
意識の奥で揺れる。
「…ぅぐ…はっ…!」
目を開ける。
瓦礫と崩れた柱、
焦げた床が視界に飛び込むが、
すべてが微かに波打つように揺れ、
手を伸ばしてもはっきり掴めない。
「…お、おきた!」
声が、
胸に跳ね返る。
安堵の震え、
喜びの熱、
誰のものかは分からない。
ただ、
心がふわりと温かくなる。
体はまだ重く、
手足は鉛のように鈍く、
声に反応することさえままならない。
温もりが寄るはずなのに、
腕を支える手の位置が、
微かに、ずれて感じられる。
現実かどうか、
まだはっきりしない。
「アイデネウス…よかった…」
声の輪郭が
少しずつはっきりしてくるが、
感覚はまだ夢の中に漂う。
全身に、
打ち付けられた、
痛みと血の匂いが、
意識の隙間を縫うように押し寄せる。
「一旦安全な場所へ移動しようぜ」
腕を支えられ、
体がゆっくり持ち上がる。
「立てそうか?」
呼びかけが、
次第に輪郭を帯びていく。
低く落ち着いた声。
肩を支える手の温もり。
「早く移動しよう」
促す声に、
ぎこちなくも体が従う。
両脇から、
気配が寄り添う。
「俺が右を支える」
「わかった。無理させないように……せーの、で」
互いに、
息を合わせ、声を揃える。
「……せーの!」
掛け声に、
合わせて身体が持ち上がる。
重みで世界は揺れ、
鋭い痛みが突き抜けるたび、
喉の奥からかすれた声が漏れる。
「っ…ああ…っ、痛っ…!」
左右から、
伝わる支えは揺るがず、
転ばせまいとする意志が伝わる。
腕や手の温もり、
微かな圧力が、
痛みに、曇る意識の奥で安心を灯す。
重みで、
揺れる身体と鋭い痛みに、
わずかに呼吸が整い、心が少しだけ落ち着く。
「あと、もう少しだ…頑張れ」
左側から、
伝わる押す力に促され、
重い足を一歩ずつ前に運ぶ。
立ち止まると、
肩越しに気配が詰め寄る。
「うお…急に止まるなよ!」
右側からも声が響き、
支える腕が微かに揺れる。
視界はまだ微かに揺れ、
左右の輪郭がぼんやりと映る。
「いや…何でもない…」
途切れ、途切れの声が喉を掠め、
左右の支えはあるのに、感覚はまだ遠い。
二人の気配が、
視線だけで、
やり取りしているかのように感じる。
瓦礫を踏むたび軋む音が耳に残り、歩みが再開される。
「やっと、着いた」
安堵の声に
体がわずかに緩む。
視界の端で、
柱や壁が揺らめき、
戦いの痕跡を映す。
「アゼム様、扉を開けてください」
促す声に合わせ、
軋む扉がゆっくり開く。
静かな、
空間が広がり、
空気が少し落ち着く。
小さな声が弾け、
駆けていく影。
「リリン!」
「ごめんなさい…」
注意され、
慌てる声と、
少し申し訳なさそうな微笑み。
折れた柱、
淡く光る魔法陣。
――ここが儀式の場らしい。
「何をする気だ…」
怯えた声。
「何を…って…」
別の声が応じる。
「アイデネウス、わからないって…」
小さな声が震える。
肩に伝わる支えの温もりが、
痛みと混乱の渦の中でわずかな安堵を灯す。
視界はまだ揺れているが、
前へ進む足は少しずつ確かさを取り戻していた。
「寝かせよう」
低く落ち着いた声。
「アイデネウス、腰を下ろせるか?」
体を、
少しでも、
動かすと、
痛みが蘇り、
呼吸が詰まる。
床に淡い光が広がる。
魔法陣が浮かび、
足元が微かに震える。
「やめろ!」
全身が震え、
呼吸が荒くなる。
光が触れるたび、
心が鋭く刺されるようだ。
「…嫌だって」
小さな声が沈む。
「続けて」
重い声。
手が体を押さえる。
「離せ!やめろ!」
もがく動きが痛みに変わり、声が震える。
光が強く放たれ、全身を包む。
刺すような痛みが徐々に遠ざかり、
熱も静かに引いていく。
重さが薄れ、
身体が軽くなる。
「アイデネウス、回復術に怯えるなよ」
右側から、
穏やかな声。
眩しさの中で、痛みは消えた。
ただ、
今の感覚が確かに現実なのか、
それとも何かの延長なのかは、まだはっきりしない。
意識は、
ぼんやりと、
過去の感覚や記憶に引きずられる。
現実との、
境界が、
まだはっきりしないまま、残っている。
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エメトセルクは、
少しの間、
横たわり、
瞬きをしていた。
視界は、
はっきりしている。
心は、
まだ揺れている。
体を起こし、
周囲を見渡す。
アゼムが、
視線に入った。
「ソロル…」
カリオンは、
眉をひそめる。
困惑した声で答えた。
「お前…どうした。って…おい!」
混乱のまま、
エメトセルクは、
アゼムに駆け寄り、抱き寄せる。
温もりは確かに本物だ。
アゼムは抵抗せず、そっと体を支える。
「アイデネウス…苦しい…」
肩や腕に力を預け、
体重を少しずつアゼムにかける。
呼吸は乱れ、
心臓の鼓動が胸の奥で跳ねる。
リリンは、
小さな声で言う。
「アイデネウス…ずっと夢見た」
カリオンは、
首をかしげる。
「夢?」
エメトセルクは、
視線を右に向け、
焦ったように尋ねる。
「オルフェン…暁の血盟は…?」
オルフェンは、
腕を組み、
呆れた声で返す。
「暁…なんだって?お前、何言ってるんだ?」
リリンは、
少し前に歩み寄る。
手を、
小さく動かし、言葉をつなぐ。
「アイデネウスまだ夢の中…」
カリオンは、
そっと、
リリンの肩に手をかけ、静かに言う。
「…つまり、錯乱してるってことか?」
リリンは、
小さく頷く。
寂しげに微笑む。
「うん…」
オルフェンは、
肩をすくめた。
軽く手を広げる。
「んじゃ、起こせばよくね?」
カリオンは、
眉をひそめた。
エメトセルクを見つめる。
「どうやって…」
オルフェンは、
目を細めて、短く笑う。
「ソロル、いつものアレやってみて」
アゼムは、
エメトセルクに抱きつかれたまま、膝で軽く衝撃を与えた。
抱きつきを、
振りほどき、
間合いを取る。
剣を握りしめ、戦闘態勢に入った。
衝撃でよろめいた、エメトセルク。
肩を揺らして声を上げる。
「な、なに…?!」
反射的に、
“暗黒騎士”の姿に変身しようとした。
だが、
体が思うように応じない。
両手を広げ、視界が泳ぐ。
オルフェンは、
軽くため息をつき、言葉だけを発する。
「いい加減、目を覚ませ…」
リリンが、
エメトセルクに近づき、
ちょこんと裾を引っ張る。
無邪気な笑み。
「おかえり…起きた?」
エメトセルクは、一瞬驚いた。
夢の余韻に、
囚われた意識の中で、
現実を確かめるように、視線を動かす。
微かに笑みを返し、
そっと、リリンを抱き上げた。
「リリン…心配かけて悪かった」
抱き上げられたリリンは、
腕を軽く絡めるように体を預ける。
安心したように、小さな声で笑った。
「うん…よかった…」
アゼムは、
少し距離を置き、
横に立って静かに見守る。
剣を収めた手元は穏やかで、
緊張はなく、安心感を添えるだけだ。
「正気に戻ってよかった」
オルフェンは、
軽く手を振り、にぎやかに声をかける。
「よっ!おはよう!」
カリオンは、首をかしげる。
困惑したように言う。
「…これで目が覚める理由が、よくわからないな」
オルフェンは、肩をすくめた。
笑みを漏らす。
「まぁ、いいんじゃないか」
リリンは、
両手を小さくパッと広げ、
体を揺らしながら声を弾ませる。
「ママ!リリン、偉い?」
アゼムは、
優しく微笑み、
リリンの頭を撫でる。
「うん、偉い偉い」
リリンは、
嬉しさのあまり、
アゼムの手に、そっと触れた。
「うん!もっと!」
両手を、
握られた温かさに体を揺らし、
楽しげに笑いながら、
もっと褒めてもらおうとする。
エメトセルクは、
ため息をひとつ漏らす。
肩の力を少し抜く。
リリンを柔らかく抱き直す。
「やれやれ…リリン、落ち着け」
胸の奥で、
震えや笑い声を感じ、
眉をひそめつつも、
ほのかな安堵と温かさがじわりと広がる。
無邪気に、
手を握り返す、
リリンの軽やかな感触。
体全体で受け止める。
視界の端で、
揺れる光や声に、
意識を引かれつつ、
現実の手触りと温もりが、胸に落ち着くのを感じる。
エメトセルクは、
リリンを包み込む。
その温もりを、
そっと胸に留めた。
最後まで、読んで頂き、ありがとうございます。




