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第9話 姉の判断では、まだ死なない

 目が覚めた時、私は布団の中にいた。


 もう驚かない。


 夜に魔物の血肉の比率を上げた飯を食べる。


 食べ終えた後、意識が沈む。


 そして朝、布団の中で目を覚ます。


 すでに、流れができつつあった。


 慣れたくはない。


 こんなものに慣れる人生は、できれば避けたかった。


 だが、体は少しずつ慣れている。


 最初に比べれば、朝の重さは少ない。


 腹の奥に残る熱も、まだ不快ではあるが耐えられる範囲になりつつある。


 つまり、効いている。


 体が毒に近い食事へ適応し始めている。


 その事実が、何よりも嫌だった。


「起きた?」


 雷華が部屋へ入ってきた。


 手には水の入った器。


 最近では、朝にこれを受け取るのが習慣になりつつある。


「起きた」


「体は?」


「重い。でも、大丈夫」


「いいわね」


 雷華は満足そうに頷いた。


「量はこのままで大丈夫そうね」


「増やさないで」


「まだ増やさないわ」


 まだ。


 その一言が恐ろしい。


 いずれ増える。


 私は起き上がりながら、自分の手を見た。


 指先には昨日の畑仕事の痛みが残っている。


 爪の間は綺麗にされているが、土を削った感覚はまだある。


 昨日一日で何か劇的に強くなったかはわからない。


 だが、指先に痛みが残っているということは、そこを使ったということだ。


 使った場所は鍛えられる。


 それは理屈としてわかる。


 だから今日も、何かをやらされるのだろう。


 水汲み。


 畑。


 魔物の血肉飯。


 剛力王国の生活は、全てが鍛錬に繋がっている。


 合理的ではある。


 ただし、私の知っている合理性とは方向が違いすぎる。


 朝食は、昨日の朝と同じく、普通にまずい飯だった。


 普通にまずい。


 言葉としてはおかしいが、今の私にとっては重要な区分だ。


 痛い飯ではない。


 意識が沈む飯でもない。


 ただ、まずい飯。


 それだけで十分ありがたいと思ってしまう自分がいる。


 よくない。


 味覚だけでなく、価値観まで壊され始めている。


「今日も畑?」


 私は朝食を食べ終えてから尋ねた。


 昨日は畑だった。


 指も腰も痛い。


 普通に考えれば、今日は別の部位を使う鍛錬にするべきだ。


 この国が普通に考えれば、だが。


 蓮華が水を飲みながら答えた。


「今日は走るわよ」


「走る」


「うん。外を走る」


 走る。


 畑よりはましかもしれない。


 そう思いかけて、すぐに警戒した。


 この国で、走る、が本当にただ走るだけのはずがない。


「村の中?」


「外」


「なぜ」


「外の方が鍛えられるから」


 やはりそう来た。


「村の中は道が平らでしょう? 外は石もあるし、坂もあるし、足場も悪いから」


「危ない」


「だから鍛えられるのよ」


 危ないから鍛えられる。


 この国の理屈は、危険と鍛錬を簡単に結びつけすぎる。


 蓮華は席を立った。


「準備するわよ」


「準備?」


「重り」


 私は匙を置いた。


 聞き間違いであってほしかった。


「重り?」


「そう。走るだけじゃ軽いから」


 聞き間違いではなかった。


 走るだけじゃ軽い。


 幼児に言う台詞ではない。


 いや、そもそも水汲みや畑仕事をさせている時点で、他国の幼児基準を当てはめること自体が間違いなのだろう。


 私は雷華を見た。


 止めてくれるのではないかと、少しだけ期待した。


 雷華は穏やかに頷いた。


「蓮華、重すぎないようにね」


「わかってる」


 止めない。


 そうだった。


 この母親は、壊れる手前までは許可する。


 しばらくして、私は足首と手首に重りを巻かれた。


 さらに、背中にも小さな荷を背負わされる。


 小さい。


 確かに小さい。


 だが、幼い体には十分重い。


 立つだけで重心が変わる。


 歩くと足が地面に引っ張られる。


「これで走る?」


「走る」


「歩くのもきつい」


「だから、最初は歩いてもいいわよ」


 譲歩のように言われた。


 実際には、譲歩でも何でもない。


 歩くだけでも鍛錬になる重さだ。


 蓮華は自分にも重りをつけていた。


 ただし、私より明らかに重い。


 それでも平然としている。


 姉も相当におかしい。


「父様は?」


「今日は来ないわ。私に任されたから」


 私は少し考えた。


 父より蓮華の方が教え方は丁寧だ。


 そこは助かる。


 ただし、蓮華の安全基準が信用できるかどうかは別問題だ。


「大丈夫よ」


 蓮華が私の顔を見て言った。


「ちゃんと見てるから」


 その言葉は、母の「見ている」と似ている。


 だが、蓮華はまだ子供だ。


 母ほど正確に見られるとは限らない。


 それでも、今の私には拒否権がなかった。


 私は重りをつけたまま、蓮華について村の外へ出た。


 村の外は、やはり歩きにくい。


 道と呼べるほど整っていない場所を進む。


 小石。


 草。


 土の凹凸。


 ゆるい坂。


 何もない場所に見えて、足元は常に不安定だ。


 そこに重りがある。


 一歩ごとに足が遅れる。


 腕も振りにくい。


 背中の荷が体を後ろへ引く。


 歩くだけで息が上がる。


「まずはこの辺りまで走るわよ」


 蓮華が指差した先は、かなり遠くに見えた。


「遠い」


「近いわよ」


「姉様の近いは信用できない」


「ちゃんと見てるから」


 またそれだ。


 私は息を吐いた。


 蓮華が軽く走り出す。


 私は遅れて足を出した。


 重い。


 走るというより、前に倒れないよう必死で足を出しているだけだ。


 数十歩で息が乱れた。


 胸が苦しい。


 足首の重りが憎い。


 背中の荷が憎い。


 昨日の畑で痛めた腰が悲鳴を上げている。


 それでも止まらない。


 蓮華は少し前を走っている。


 早すぎず、遅すぎず、私がぎりぎり追える速度。


 悔しいが、調整はしている。


「足元、右」


 蓮華の声。


 私は右足を少し上げる。


 石を避ける。


「次、下がる」


 地面が窪んでいる。


 踏み外しかける。


 重りのせいで体勢が戻らない。


「腰を落として」


 言われた通りにする。


 倒れずに済んだ。


 蓮華は背中越しに私を見ているのかと思うほど、的確に声をかけてくる。


 姉は力押しの人間だと思っていたが、少なくともこういう訓練ではかなり優秀だ。


 走る。


 息が切れる。


 足が重い。


 腕がだるい。


 喉が乾く。


 腹の奥には、まだ魔物の血肉の嫌な熱が残っている。


 もう嫌だ。


 そう思った。


 だが、口には出さない。


 やめたいと言ったら、蓮華はたぶん止める。


 母も責めない。


 父も「また明日やればいい」と言うかもしれない。


 この家は、限界を越えさせようとはするが、折れた者を罵る家ではない。


 それがわかってきた。


 だからこそ、言えない。


 私自身が、やめたいと言う自分を許せない。


「一度止まるわよ」


 蓮華が言った。


 私はその言葉を聞いた瞬間、膝から崩れそうになった。


 だが、倒れるのは嫌だった。


 なんとか立ったまま止まる。


 息が荒い。


 肺が熱い。


 蓮華が水を渡してくる。


「飲んで」


 私は受け取り、少しずつ飲んだ。


 一気に飲むと吐く。


 それくらいはわかる。


「どう?」


「きつい」


「うん。きつそう」


「なら、軽く」


「でも走れてる」


 容赦がない。


「本当に駄目なら言ってね」


「きつい」


「じゃあ帰る?」


「帰らない」


 蓮華が少し笑った。


「やっぱり」


 わかっていて聞いたのか。


 私は水を返した。


 少し休んでから、また走る。


 今度は坂があった。


 坂。


 重り。


 不安定な地面。


 最悪の組み合わせだ。


 足が上がらない。


 呼吸が乱れる。


 蓮華は軽々と登っていく。


 私はその背中を睨みながら追った。


 追う。


 追う。


 追う。


 坂の上に着いた時、視界が少し白くなった。


「剛理」


 蓮華が振り返る。


「立ってる」


「そうね」


「倒れてない」


「うん。偉いわ」


 偉い。


 子供扱い。


 実際、体は子供だ。


 だが、中身は違う。


 そう思っていたはずなのに、その一言で少しだけ気が緩む。


 よくない。


 私は息を整えながら、辺りを見回した。


 草むら。


 低い木。


 少し先に岩場。


 村はもう少し遠い。


 ここまで来ていいのかと思う距離だ。


 危険地帯とは逆だと聞いているが、完全に安全なわけではない。


 その時、草むらが揺れた。


 私は体を強張らせる。


 蓮華の表情が変わった。


 子供の顔から、戦う者の顔へ。


「下がって」


 短い声。


 私は言われた通りに下がった。


 草むらから飛び出してきたのは、小型の魔物だった。


 猪に似ている。


 ただし足が六本ある。


 牙が長い。


 背中に短い棘がある。


 父が倒した魔物に比べれば小さい。


 だが、それでも私よりは大きい。


 十分に危険だ。


 蓮華が前へ出た。


 魔物が突っ込む。


 速い。


 私は反射的に身構えた。


 蓮華は横へ一歩ずれ、魔物の牙を掴んだ。


 そのまま腕を振る。


 魔物の体が半回転し、地面に叩きつけられた。


 鈍い音。


 魔物が痙攣する。


 蓮華はその牙をへし折った。


 さらに、足の爪らしき部分もいくつか砕く。


 手際がいい。


 怖いほど慣れている。


 だが、殺してはいない。


 私は嫌な予感がした。


 蓮華がこちらを見る。


「これくらいなら、剛理の相手に良さそうね」


 やはり。


「重り、外す」


 私は即座に言った。


「外さない」


「なぜ」


「その重り込みで、ちょうどいいと思うから」


「姉様のちょうどいいは信用できない」


 蓮華が少し傷ついた顔をした。


 だが譲らなかった。


「大丈夫。危なかったら止める」


 出た。


 大丈夫。


 危なかったら止める。


 この国の危険な言葉だ。


 私は魔物を見た。


 牙を折られ、爪も潰され、確かに弱っている。


 だが、目は生きている。


 体も動く。


 突進されたら、私の体なら簡単に吹き飛ぶだろう。


 そう。


 吹き飛ぶ。


 死ぬかはわからない。


 だが、ひどい目には遭う。


 それでも、相手は弱らせた小型魔物だ。


 ここで逃げればどうなる。


 同年代に負け、蘭に負け、弱らせた魔物からも逃げる。


 それで本当に強くなれるのか。


 私は歯を食いしばった。


「……やる」


 蓮華が頷いた。


「きつかったら言ってね」


「もうきつい」


「それでも動けるなら大丈夫」


 基準がおかしい。


 私は魔物に向き直った。


 足首に重り。


 手首に重り。


 背中に荷。


 疲労。


 息切れ。


 相手は弱った魔物。


 条件を整理する。


 突進してくる。


 正面から受ければ負ける。


 横へ避ける。


 足を狙う。


 いや、足は六本ある。


 一本払っても止まらないかもしれない。


 なら、横に回って背中へ乗る。


 棘がある。


 危険。


 顔。


 目。


 だが、幼い腕で届くか。


 考えろ。


 考えろ。


 考えて――


 魔物が突っ込んできた。


 速い。


 考えている時間はなかった。


 横へ避けようとした。


 足が重りに引っ張られる。


 遅い。


 魔物の体が脇腹へぶつかった。


 衝撃。


 体が浮く。


 背中の荷が重心を狂わせる。


 私は空中で何もできなかった。


 地面に叩きつけられる。


 背中。


 腹。


 肺。


 全部が一瞬で悲鳴を上げた。


 息ができない。


 音が遠い。


 視界が揺れる。


 私は起き上がろうとした。


 体が動かない。


 魔物がまた近づいてくる気配がした。


 まずい。


 そう思った瞬間、何かが破裂するような音がした。


 生臭い匂い。


 重いものが地面に落ちる音。


 そして、蓮華の声。


「剛理!」


 姉が駆け寄ってくる。


 泣きそうな顔だった。


 いや、実際に泣いていた。


「ごめん! ごめんね、剛理!」


 体を抱き起こされる。


 痛い。


 腹が痛い。


 背中が痛い。


 息が浅い。


 だが、生きている。


 腕は動く。


 足も動く。


 脇腹は痛いが、骨が折れている感じではない。


 もちろん、正確な判断などできない。


 ただ、死んではいない。


 周囲を見る。


 少し離れた場所に、先ほどの魔物だったものが散らばっていた。


 肉片。


 蓮華がやったのだろう。


 私が吹き飛ばされた直後に、殺した。


「そんなつもりじゃなかったの。ぎりぎり戦えるくらいだと思って……本当に、ごめん」


 蓮華の声が震えている。


 その顔を見て、私は少しだけ思考を戻した。


 これは姉の判断ミスか。


 それとも、私が想定以上に弱かったのか。


 たぶん両方だ。


 蓮華は安全を取ったつもりだった。


 だが、その基準は蓮華の経験に基づいている。


 私は蓮華が思っていたより弱かった。


 その結果、吹き飛ばされた。


 責めるべきか。


 感情としては責めたい。


 痛い。


 非常に痛い。


 死ぬかと思った。


 だが、責めたところで得はない。


 蓮華は悪意でやったわけではない。


 むしろ、私を鍛えようとしている。


 ここで怒鳴れば、今後の鍛錬に支障が出る。


 それに、泣いている姉に悪態をつくのは、どうにも気が引けた。


 前世の私なら、利用価値を考えて黙っただろう。


 今も、そういう計算はある。


 だが、それだけではない気がした。


 私は息を整えながら、何とか声を出した。


「……大丈夫」


「大丈夫じゃないでしょ!」


「動く」


 私は指を動かす。


 腕を動かす。


 足も少し動かす。


「死んでない」


「死んでないから大丈夫じゃないの!」


 蓮華が泣きながら怒った。


 正しい。


 死んでいなければ大丈夫、は剛力王国基準に染まりすぎている。


 私は少しだけ笑いそうになった。


 痛みで笑えなかったが。


「姉様」


「なに?」


「次は、もう少し弱く」


 蓮華の顔が歪んだ。


「次なんて」


「やる」


 私は言った。


「勝ててない」


 蓮華が黙った。


 私は魔物の肉片へ目を向ける。


 あれは弱らされていた。


 牙も爪も折られていた。


 それでも私は一撃で吹き飛ばされた。


 つまり、今の私はあの程度の魔物にも勝てない。


 その事実が悔しい。


 怖さより悔しさが勝っている。


 自分でも少しおかしいと思う。


 だが、それが今の本音だった。


「……剛理は、変ね」


 蓮華が涙を拭きながら言った。


「知ってる」


「怖くないの?」


「怖い」


「じゃあ、なんで」


「弱いままの方が、怖い」


 口にしてから、自分で納得した。


 そうだ。


 私は魔物が怖い。


 痛みも怖い。


 だが、それ以上に、弱いままでいることが怖い。


 理知帝国で死んだ時、私は何もできなかった。


 動けなかった。


 抗えなかった。


 あれに戻る方が怖い。


 蓮華はしばらく私を見つめていた。


 それから、ぎゅっと抱きしめてきた。


「痛い」


「あっ、ごめん!」


 すぐに離れる。


 力加減は剛武よりましだが、今の体には響く。


 蓮華は慌てたように私の背中をさすった。


「帰ろう。母様に診てもらわないと」


「走りは?」


「今日は終わり」


「まだ」


「終わり」


 珍しく強い声だった。


 私は反論しなかった。


 さすがに今は続けられない。


 蓮華に背負われ、村へ戻った。


 重りは外された。


 背中の荷も下ろされた。


 蓮華の背は温かく、安定していた。


 私はその背で揺られながら、遠くに見える村を眺めた。


 情けない。


 弱らせた魔物に吹き飛ばされ、姉に背負われて帰る。


 だが、死んでいない。


 折れてもいない。


 なら、次がある。


 そう考えている自分に気づき、私は内心で苦笑した。


 剛力王国に染まってきている。


 かなり嫌だ。


 だが、今はそれでいいのかもしれない。


 家に戻ると、雷華がすぐに私を診た。


 蓮華は横で正座している。


 完全に怒られる子供の顔だった。


 雷華は私の腹、背中、腕、足を確認する。


「骨は大丈夫そうね。打ち身はひどいけど」


 私は小さく息を吐いた。


 骨が折れていないなら、まだましだ。


 雷華は次に蓮華を見た。


「蓮華」


「はい」


「何をしたの?」


 声は静かだった。


 静かだから怖い。


 蓮華がびくりと肩を震わせる。


「小さい魔物を弱らせて、剛理の相手にいいと思って……でも、思ったより剛理が動けなくて……」


「重りは?」


「つけたまま……」


 雷華の目が細くなった。


 蓮華がさらに小さくなる。


「蓮華」


「はい」


「剛理は昨日、畑をしたわ。夜に強い比率の食事も食べたわ。朝もまだ体が重い状態だったわね」


「……はい」


「その状態で重りをつけて走らせて、さらに魔物と戦わせたの?」


「……はい」


 雷華はにっこり笑った。


「あとで母様と少しお話しましょうね」


「はい……」


 お話。


 たぶん、ただの会話ではない。


 私は蓮華を少しだけ気の毒に思った。


 ただ、完全に庇う気にはならない。


 実際に痛い目を見たのは私だ。


「剛理」


 雷華が私を見た。


「今日は休みなさい」


「鍛錬は?」


「休み」


「水汲み」


「休み」


「夜の飯は?」


「比率は昨日と同じでいいわね」


 同じ。


 増やされないだけ、ありがたい。


 私は頷きかけた。


 だが、雷華は少し考えてから言った。


「傷ついた体を強く戻すために、少し増やすこともできるけれど」


「増やさない」


 即答だった。


 雷華が小さく笑う。


「そうね。今日は同じにしましょう」


「うん」


 その日は本当に休みになった。


 布団に寝かされ、体を冷やされたり温められたりした。


 蓮華は何度も謝りに来た。


「ごめんね、剛理」


「次は弱くして」


「次をやる前提なの?」


「やる」


「……母様に許可を取ってからね」


 蓮華はしょんぼりしていた。


 その姿を見ると、少しだけ胸が痛んだ。


 彼女は私を傷つけた。


 だが、悪意はなかった。


 剛武の時と同じだ。


 この国の人間は、力加減を間違える。


 そして間違えた後、わかりやすく謝る。


 理知帝国とは違う。


 あの国では、間違えた者はまず自分の立場を守った。


 謝罪は責任逃れの一部だった。


 ここでは、謝罪がただ謝罪として出てくる。


 もちろん、全員がそうとは限らない。


 油断はできない。


 それでも、少しだけやりやすい。


 夕食は、予告通り昨日と同じ比率だった。


 痛い飯。


 私は食べながら、今日の魔物を思い返した。


 突進。


 反応の遅れ。


 重りで動かない足。


 宙に浮く体。


 地面に叩きつけられる衝撃。


 怖かった。


 だが、次はもう少し動けるはずだ。


 重りがなければ。


 疲労が少なければ。


 相手の突進を先に想定していれば。


 私は頭の中で何度もやり直した。


 剛力羅がそれを見て笑った。


「いい顔だ」


「また?」


「悔しい顔はいい」


「趣味が悪い」


「悔しさは筋肉を育てる」


「何でも筋肉に繋げるな」


 思わず普通に返してしまった。


 食卓が一瞬静かになる。


 蓮華が吹き出した。


 剛武も笑った。


 雷華も口元を押さえている。


 父は豪快に笑った。


「よく言った!」


 褒められるところなのか。


 私は少し顔をしかめ、食事に戻った。


 その夜、布団の中で体の痛みを感じながら、私は考えた。


 私はまだ弱い。


 水桶にも苦労する。


 畑も満足に耕せない。


 重りをつけて走れば息が上がる。


 弱らせた魔物にも勝てない。


 同年代には負ける。


 年下の蘭にすら勝てない。


 だが、負けた分だけ課題は見えた。


 体が弱い。


 反応が遅い。


 考えすぎる。


 疲労状態で動けない。


 痛みに慣れていない。


 なら、一つずつ潰す。


 前世でもそうしてきた。


 魔法銃も、最初から完成したわけではない。


 失敗した。


 暴発した。


 術式が焼けた。


 魔力効率が悪かった。


 課題を潰し、試験を繰り返し、形にした。


 今度の材料は、自分の体だ。


 扱いにくい。


 壊れやすい。


 痛みもある。


 だが、改良するしかない。


 私は目を閉じた。


 明日はまた水汲みかもしれない。


 畑かもしれない。


 走らされるかもしれない。


 飯はまずい。


 体は痛い。


 だが、やる。


 弱いままは、もっと嫌だ。


 そう思いながら、私は眠りに落ちた。


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