第44話 戦の終わり
境嶺国に着いた。
そこで見たのは、商流国で見た光景とよく似たものだった。
「この国でも家を作ってる……」
思わず、そんな声が出た。
戦士たちは木を切り出し、それを戦士の力で圧縮していた。
ただ太い木を使っているわけではない。
両腕で挟み、力を込め、木そのものを密度の高い建材に変えている。
圧縮された木は、見た目こそ少し細くなるが、普通の木とは比べものにならないほど硬くなる。
それを柱や壁材として組み上げているのだから、普通の家ではない。
明らかに、剛力王国の戦士が使うことを前提にした家だった。
まあ、考えてみれば当然かもしれない。
この国にいつまでいるかは決まっていなかった。
だからといって、ずっと地面の上で寝るのもどうかという話になったのだろう。
戦士たちがこちらに気づいた。
私は近づき、理知帝国との戦いが終わったことを伝える。
「終わったか」
「では、帰れるな」
「いや、その前にこれは仕上げたい」
何人かの戦士が、作りかけの家を見ながらそんなことを言った。
「商流国でも家を作っていましたが、ここでも作っているんですね」
私がそう言うと、戦士の一人が少し気まずそうな顔をした。
その顔を見て、嫌な予感がする。
「何かやったんですか?」
「いや、まあ……少しな」
話を聞くと、最初の頃は大きな問題はなかったらしい。
境嶺国の大人たちが鍛錬の合間に挑んでくることもあったが、戦士たちは小指一本で相手をしてやっていた。
親を殺された子供が包丁や剣を持って向かってくることもあったらしい。
だが、それも威圧して追い払うだけで済ませていた。
戦士の肉体には、一般人が包丁や剣を使ったところで傷一つつかない。
だから、気にするほどのことではない。
それに、こちらがやったのは、やられたからやり返しただけだ。
殺したのも、意思を持って殺しに来たこの国の兵士たちだ。
子供が親の仇だと叫んでも、それを命じた王が悪い。
この国を理知帝国側につかせた者が悪い。
そういう話でもある。
だから、戦士たちが心を痛めることはなかった。
だが、日が経つにつれて、境嶺国の人間たちの様子が少し変わってきたらしい。
戦士の力の凄まじさが広がった。
理知帝国も負けるだろうという空気が、国の中に浸透していった。
そうなると、別の不安が生まれる。
このままこの国の悪い部分だけを見せ続ければ、戦士たちの気が変わるのではないか。
今度こそ、本当に境嶺国が滅ぼされるのではないか。
そう考える者が増えてきたようだった。
それまで戦士たちは外で寝ていた。
理由は単純だ。
剛力王国の戦士だからだ。
戦士が外で寝ること自体に、それほど抵抗はない。
だが、境嶺国の人間にはその理由がわからない。
国としてこれ以上失礼なことをするわけにはいかないと思ったのか、家を提供してきたらしい。
戦士たちも、最初は断ろうとした。
だが、その時は運悪く雨が降っていた。
雨宿り代わりに使うくらいならいいだろう。
そう思って、提供された家に入った。
雨はなかなか止まなかった。
少し寝転んだ。
そして、いつの間にか眠っていた。
起きた時には、家が倒壊していた。
「……寝相が悪かったんですね」
「たぶんな」
戦士は少し目をそらした。
「さすがに、善意で貸してもらった家を、起きたら壊していましたではな。戦士を誤解されかねんだろ?」
「誤解でしょうか?」
「いや、まあ壊したことは事実なんだが」
戦士は咳払いをした。
「だから、また同じようなことが起きないように、戦士が使える家を作っている最中だ。あった方が便利だろ?」
戦士はそう言いながら、圧縮途中の木を軽く叩いた。
鈍い音が返る。
普通の木材なら乾いた音がするはずだが、これはどこか石に近い。
力で潰し、詰め、戦士が寝返りを打ってもすぐには砕けないようにしているのだろう。
「この分だと、他の国でも家を作っていそうですね……」
思ったより、帰るまで時間がかかりそうだ。
そう考えていると、烈真が私の方を見た。
「剛理。この戦いは、すでに終わっている」
「はい、そうですね」
「お前がここに残る必要は薄いのではないか?」
私はすぐには答えられなかった。
烈真は続ける。
「ここは私に任せろ。剛理と剛力羅は、剛真にこの戦いの内容を報告して村に帰れ」
「ですが、この戦いの頭は私と……」
「戦いは終わった」
烈真の声は静かだった。
だが、逆らいにくい重さがあった。
「それに、お前より私の方が長順は上だ。言うことを聞け」
私は口を閉じた。
烈真は、私が早く帰ると蘭に約束していることを覚えている。
それをわかった上で、ここを引き受けると言ってくれている。
ありがたかった。
だから、私は素直に頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「行け」
烈真は短く言った。
父も、特に異論はないようだった。
「剛理、行くぞ」
「はい」
私は剛力羅と共に、剛真がいるであろう長会議の場へ向かうことにした。
境嶺国に残る戦士たちへの連絡や後処理は、烈真に任せる。
背後では、戦士たちがまた家作りを始めていた。
木が圧縮される音。
地面を踏み固める音。
境嶺国の人間たちが遠巻きに見守る気配。
その音を背に、私と父は剛力王国へ向けて走り出した。
境嶺国の景色が後ろへ流れていく。
しばらくして、私たちの姿が見えなくなった頃。
残った長の一人が、烈真に声をかけた。
「烈真よ。お前、剛理のことが気に入ったようだな」
「うるさい」
烈真はそれだけ返した。
長たちは笑った。
――
長会議の場に着いた。
そこには剛真と、数人の長たちがいた。
私と父が現れると、剛真がこちらを見た。
「帰ってきたということは、潰してきたということだな」
「はい」
私は頷いた。
そして、今回の戦の報告を行った。
境嶺国と商流国でのこと。
理知帝国に入ってから受けた罠。
身体強化解除の弾や魔法地雷。
第二の砦で、理知帝国が総力を集めてきたこと。
大型の魔法弾を撃つ兵器や、多連魔法銃のこと。
戦士たちに傷を負わせたこと。
そして、帝都で兵器の開発施設や工場を壊し、今後の兵器開発と生産を禁じたこと。
剛真は黙って聞いていた。
途中で口を挟むことはなかった。
報告を終えると、剛真は腕を組み、少しだけ目を細めた。
「戦士に傷をつけるとは、考えていた以上に危険だな」
「はい。理知帝国は、他の国とは違いました」
「だが、潰した」
「はい」
剛真は頷いた。
それで十分ということなのだろう。
続けて、私は商流国や境嶺国で戦士の家を作っていたことも報告した。
調味料や魚などを、個人のやり取りとして商流国から得る話。
各国に戦士が定期的に顔を出す形になりそうなこと。
それが周辺国への牽制にもなること。
それらを話すと、剛真は特に悩む様子もなく答えた。
「商流国や他の国に戦士の家を作るのは構わん。戦士の家とはいっても、こちらの戦士が木を潰して固めた頑丈な家というだけだしな」
その言い方は少し雑だったが、間違ってはいない。
「調味料や魚なども、個人でやり取りすればいい。国としては、特に口を出さない方針でいいだろう」
「ありがとうございます」
「戦士が勝手に行き来するなら、それだけで周りへの圧にもなる。悪いことではない」
剛真はそう言ってから、私の顔を見た。
「向かった時に比べて、顔つきが変わったな」
「そうでしょうか」
「ああ」
剛真は短く答えた。
それ以上、多くを語るつもりはないようだった。
だが、その言葉を聞いて、私の中で何かが静かに落ち着いた。
理知帝国との戦いは終わった。
前世から続いていたものも、一区切りついた。
魔法銃を作った過去。
奪われ、殺された過去。
剛力王国で鍛え直した今。
それらが、ようやく一つの線でつながった気がした。
剛真が軽く顎をしゃくる。
「嫁さんが待ってんだろ?」
私は顔を上げた。
「戦は終わりだ。早く顔を見せに帰ってやれ」
その言葉を聞いた瞬間、ようやく実感が湧いた。
戦は終わった。
本当に終わったのだ。
理知帝国との戦いは終わった。
私が今まで積み重ねてきたものは、無駄ではなかった。
知識だけでは守れなかった。
魔法銃だけでは、自分の命すら守れなかった。
だが、剛力王国で鍛えた肉体は、私をここまで連れてきた。
仲間と共に戦う力をくれた。
家族のもとへ帰る力をくれた。
積み重ねてきた結果が、報われた。
「はい」
私は深く頭を下げた。
「帰ります」
剛真は頷いた。
父が隣で笑う。
「急ぐぞ、剛理」
「はい」
私は長会議の場を後にした。
向かう先は、村。
蘭のいる家。
私が帰るべき場所だった。




