表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/46

第45話 家族

 村へ帰る道の途中、父はずっと赤子の扱い方を話していた。


「剛理、赤子を撫でる時は力を抜け」


「わかっています」


「抱く時もだ。子には親の強さが引き継がれる。だから他の子よりは強いだろうが、それでも赤子は赤子だ」


 父は真面目な顔で続ける。


「卵よりも壊れやすいと思え」


 卵よりも。


 その例えはどうなのかと思ったが、父なりにわかりやすく教えているつもりなのだろう。


 ただ、私は覚えている。


 赤子だった頃、父に撫でられて普通に危なかったことを。


 あれは父の愛情だった。


 愛情だったのはわかる。


 だが、赤子の私にとっては、そこそこ命に関わる接触だった。


 父よ。


 あなたが言うと、説得力があるような、ないような。


 そんなことを考えながら、私は父と共に村へ帰ってきた。


 蘭が待っている村。


 私が帰るべき場所だ。


 村を出た時と、大きな違いはない。


 家が壊れているわけでもない。


 人が騒いでいるわけでもない。


 いつも通りの村がそこにある。


 それを見て、私はほっとした。


 理知帝国との戦いは、最初に考えていた日数よりはるかに早く終わった。


 だが、子が生まれる前に帰ってくるには遅い。


 あの時、私は守れない約束をしたくなかった。


 だから、蘭には「できるだけ早く帰る」とだけ言った。


 もう生まれているかもしれない。


 無事に生まれただろうか。


 蘭は大丈夫だっただろうか。


 いざ我が子と対面するのだと思うと、急に緊張してきた。


 どんな顔をしているのだろう。


 蘭に似ているのだろうか。


 私に似ている部分もあるのだろうか。


 そんなことを考えながら、家の扉を開けた。


 最初に目に入ったのは、蘭だった。


「蘭!」


 声が出る。


 そして、少しだけ詰まった。


「……ただいま」


 蘭は私を見ると、すぐに近づいてきた。


 いつものように、真正面から抱きついてくる。


「剛理! おかえり!」


 久しぶりの蘭の声。


 久しぶりの蘭の抱擁。


 ああ、帰ってきた。


 私は本当に、蘭の元へ帰ってきたのだ。


 そう実感した瞬間、体の前に柔らかな圧があった。


 腹だ。


 蘭の腹が、私に当たっている。


 ……なぜだ?


 私は一瞬、理解が遅れた。


 普通なら、もう子は生まれていてもおかしくない日数が経っている。


 だから私は、もう生まれているものだと思っていた。


 だが、蘭の腹は村を出る前よりも大きい。


 つまり。


 まだ、産まれていない。


「蘭……?」


 私が混乱していると、蘭は当然のように言った。


「剛理が帰ってきた! 今から産む!」


「今から産む?」


 赤子とは、そんな風に調整できるものだったのか。


 いや、そんなはずはない。


 普通に考えればないはずだ。


 だが、目の前の蘭は本気だった。


 私が何かを言う前に、家の中が一気に慌ただしくなる。


 どうやら準備は整っていたらしい。


 あっという間に、出産のための部屋が用意され、私は部屋の前で待たされることになった。


 産む時は男性禁制。


 剛力王国ではそういうものらしい。


 戦士の女性は肉体が強い。


 だが、赤子はまだ未成熟だ。


 そのまま自然に産もうとすると、母体の力に赤子が潰されかねない。


 だから、他者の手を借りる必要がある。


 そして、その内容はとても男に見せられるものではない。


 そう説明された。


 部屋の中には母がいる。


 母が赤子を取り出しているらしい。


 取り出す。


 その言い方がすでに怖い。


 気になる。


 ものすごく気になる。


 だが、今は部屋の前で待つしかない。


 父は隣で腕を組んでいた。


「落ち着け、剛理」


「落ち着いています」


「そうか。なら、床を踏み抜くな」


 足元を見る。


 知らないうちに、床板にひびが入っていた。


 落ち着いていなかったらしい。


 私は呼吸を整えた。


 中から声が聞こえる。


 蘭の声。


 母の声。


 他の女たちの声。


 何が行われているのかはわからない。


 だが、すぐにわかったことがある。


 早い。


 思っていたより、ずっと早い。


 産む準備が整ってから、生まれるまでがあまりにも早かった。


 しばらくして、赤子の声が聞こえた。


 私は顔を上げる。


 生まれた。


 どうやって産んだのかは気になる。


 剛力王国の出産とはいったい何なのか、気になって仕方がない。


 だが、それよりも今は、我が子に会いたかった。


 部屋へ入る許可が出る。


 私は恐る恐る中へ入った。


 最初に見えたのは、布に包まれた小さな赤子だった。


 私の子。


 蘭との子。


 初めて見た自分の子は、ただただ可愛かった。


 愛らしかった。


 それ以外の感想が、うまく出てこない。


 小さい。


 柔らかそうだ。


 怖いくらいに軽そうだ。


 耳は蘭に似ているかもしれない。


 鼻は私に似ている気がする。


 そう思いながら、どうしても自分たちに似ている部分を探してしまう。


 横を見ると、蘭が少しぐったりしていた。


 さすがに疲れたのだろう。


 それでも、表情はどこか満足そうだった。


「蘭……お疲れ様」


 私は声をかけた。


「そして、ありがとう」


 その言葉を口にした瞬間、涙が出てきた。


 自分でも少し驚いた。


 子が生まれてくれた。


 蘭が産んでくれた。


 その光景を見ていたら、俺も生まれてきてよかったのだと、そう思えた。


 涙が止まらなかった。


 蘭はぐったりしたまま、私を見た。


「私、すごく頑張った」


「ああ。すごく頑張った」


 私がそう言うと、蘭は寝たまま腕を伸ばしてきた。


 抱きしめろ、ということなのだろう。


 私は喜んで、その望みに応えた。


 蘭を抱きしめる。


 強くしすぎないように。


 だが、離れないように。


 蘭の体温が伝わってくる。


 帰ってきた。


 私は、ここに帰ってきたのだ。


 蘭は私の耳元で、小さく言った。


「これで、剛理と私は本当の家族になった」


 その言葉を聞いて、私は少し笑ってしまった。


 抱きしめて、耳元で何を言うのかと思えば、今さらそんなことを言う。


 蘭らしい。


 不器用で、重くて、まっすぐで。


 だから()も、蘭の耳元に返した。


「ありがとう、蘭」


 そして、少しだけ抱きしめる腕に力を込める。


「でも悪いけど、それは違うよ」


 蘭が少しだけ身じろぎする。


「本当の家族には、もうとっくの昔になってるよ」


 蘭は黙った。


 それから、俺の服をぎゅっと掴んだ。


 赤子の声が、部屋に響く。


 蘭の体温がある。


 父と母の気配がある。


 俺の帰る場所が、ここにある。


 理知帝国との戦いは終わった。


 前世から続いていたものも、ここで一区切りついた。


 そして今、俺の前には新しい命がある。


 知識は奪われた。


 功績も奪われた。


 前世の命さえ奪われた。


 だが、鍛えた体は俺をここまで帰してくれた。


 蘭の元へ。


 家族の元へ。


 俺は腕の中の蘭と、隣にいる小さな赤子を見ながら、静かに息を吐いた。


 もう、俺は理知帝国の相馬恒一ではない。


 剛力王国の剛理だ。


 蘭の夫で、この子の父だ。


 そう思えた瞬間、ようやく本当の意味で、俺の戦は終わったのだと思った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


一応、元々は三章構成で考えていたため、続きの構想自体はあります。

ただ、今回の第二章で個人的には綺麗に一区切りがついたため、ひとまずここで完結とさせていただきます。


作者としては、楽しく、面白いと思いながら書けた作品です。

ただ、作者が面白いと思っているものが、読んでくださった方にどう届いたのかは、なかなかわかりません。


もしよろしければ、評価や感想をいただけると、とても嬉しいです。


面白かったかどうか、どの話や場面が印象に残ったか、また最後まで読もうと思った理由などを教えていただけると、今後の参考にもなりますし、何より励みになります。


改めまして、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ