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第43話 戦士の家

 理知帝国でやることは終わった。


 あとは蘭の元へ帰るだけだ。


 そう言いたいところだが、まだ後始末が残っている。


 それぞれの国へ派遣した戦士たちに、理知帝国との戦が終わったことを伝える必要がある。


 それから、剛力王国へ戻った後は長会議での報告もある。


 とはいえ、もう理知帝国との戦いそのものは終わっている。


 ここから先に、大きな戦いが起きる可能性は低いだろう。


 私は戦士たちを六人ずつに分け、これまで派遣した国へ向かってもらうことにした。


 伝える内容は単純だ。


 理知帝国との戦は終わった。


 各地に残っている戦士たちは、必要な後始末を済ませて剛力王国へ帰る。


 ただし、何か問題が起きている場合は、その場で判断して対処してもらう。


 その場合、六人のうち四人は問題解決に加わり、残り二人は境嶺国まで連絡に走る。


 そう伝えた。


 商流国は、理知帝国からの帰り道にある。


 そのため、そちらには私たち残りの戦士で向かうことにした。


 しばらく進み、商流国へ着く。


 そこで目に入った光景に、私は少し足を止めた。


 置いていった戦士が、家を作っていた。


 いや、家らしきものを作っていた。


 戦士の一人が太い木を両手で挟み、力を込めている。


 みしみしと音を立てながら木が圧縮され、太さは少し細くなっていくのに、密度だけが異様に増していく。


 別の戦士は、それを柱に使うために地面へ打ち込んでいた。


 普通の木材ではない。


 戦士の力で無理やり圧縮され、戦士が使っても簡単には壊れない素材へ変えられている。


 ただ太い柱を立てているわけではない。


 剛力王国の戦士が使うことを前提に、他国の木を戦士用に作り替えているのだ。


 何をやっているんだ。


 そう思いかけて、すぐに納得もした。


 そういえば、他国には戦士が耐えられる家などない。


 普通に寝るだけなら、問題は少ないかもしれない。


 だが、戦士の中には寝相が悪い者も多い。


 寝ている間に体が動く。


 攻撃を受けた時、反射的に対応できるようにするためだと聞いたこともある。


 本当かどうかは知らない。


 ただ、戦士が寝ぼけて腕を振ったら、他国の壁など簡単に抜けるだろう。


 こちらに気づいたのか、家を作っていた戦士が顔を上げた。


「戻ってきたということは、終わったのか?」


「はい。終わりました。なので国に帰ろうと思うのですが……家ですか?」


「そうそう」


 戦士は笑った。


「終わったというなら、俺の話を少し聞いてくれ」


 どうやら、ただ暇つぶしで家を作っていたわけではないらしい。


 私は足を止め、話を聞くことにした。


「剛力王国で手に入らないものは、結構ある」


 戦士はそう切り出した。


「ただ、基本的には壊れやすいものばかりだ。器や家具なんぞ持って帰っても、すぐ壊れる。だから別にいらん」


「でしょうね」


「だが、調味料や魚は別だ」


「調味料や魚ですか」


「ああ。味の幅が増える。祝いの席なんかでは、いつもと違うものがあると嬉しいだろう?」


 それはわかる。


 剛力王国の飯は、基本的に強い。


 強いというか、雑というか、鍛錬に寄りすぎている。


 魔物の肉を食べる必要がなくなった今なら、味のバリエーションが増えるのはかなりありがたい。


「調味料は日持ちするものもある。だが、海の魚なんかはそうはいかん。この国の人間が剛力王国まで運ぼうとしても、距離がある。普通に腐る」


「でしょうね」


「いつも欲しいわけじゃない。だが、子が生まれた時や祝いの席で、少し豪勢なものがあれば嬉しい」


 戦士は作りかけの家を指した。


「なら、戦士の強さを忘れさせないという名目で、定期的にここへ来ればいい。どうせ来るなら、戦士用の家を建ててしまってもいいんじゃないかと思ってな」


「なるほど……」


 思ったより筋が通っていた。


 商流国は物と情報の流れを持つ国だ。


 剛力王国では手に入りにくい調味料や海産物を入手するには向いている。


 その上で、戦士が定期的に姿を見せれば、周辺国への牽制にもなる。


 剛力王国の戦士は、たまに来る。


 それだけで、理知帝国や他国にとっては圧になるだろう。


 悪くない。


 ただ、一つ気になることはある。


「でも、そうなるとこの国の人が怯えませんか? 私たちが気にするほどのことではないかもしれませんが」


「最初は怯えていたぞ」


 戦士はあっさり答えた。


「鍛錬している時なんか、かなりびくびくしていた」


「でしょうね」


「だが、向こうからちょっかいをかけてこなければ、こちらから手を出すこともない。途中からは、そこまででもなくなった」


 戦士は少し間を置く。


「いや、もちろん戦士としての力は見せていたぞ?」


「そこは疑っていません」


 疑う余地もない。


 この戦士が大人しくしていたとしても、鍛錬している時点で周囲には十分すぎる圧になる。


 戦士は思い出したように続けた。


「ここに来た時、魔法銃を撃ってきた奴がいただろう?」


「ああ、いましたね」


「あいつが飯の用意をしてくれていたんだが、出された肉が柔らかすぎて食った気がしなくてな」


 それは商流国の肉が悪いわけではない。


 剛力王国の戦士の感覚がおかしいだけだ。


「それで、近くにいた獣を殺して持って帰った」


「……なるほど」


「肉だけ欲しかったから、皮は残していたんだが、別の奴がこっちを見て何か言いたげな顔をしていた。だから、言えと言った」


「よく言えましたね、その人」


「そうだな。なかなか勇気があった」


 戦士は楽しそうに笑った。


「そいつは、毛皮が欲しいと言ってきた。別に肉が欲しかっただけだから、毛皮はくれてやった。そうしたら代わりに、肉に合う調味料をくれたんだ」


「それで、この話に?」


「ああ。向こうもこちらと繋がりを作りたいらしい。こちらとしても、味が増えるなら悪くない」


 なるほど。


 本当にその人間が毛皮を欲しかったのかはわからない。


 おそらく、戦士と商流国の間に取引の形を作ろうとしたのだろう。


 商人の国らしい。


 戦士が求めるものを探り、自分たちの利益にもつなげる。


 ただ、悪い話ではなかった。


 別に私たちは商流国と直接戦ったわけではない。


 理知帝国と戦っただけだ。


 商流国は属国の立場だったが、最後はこちらを案内し、情報と道を渡した。


 それに、味のバリエーションが増えるのは私としても嬉しい。


 もう鍛錬のために魔物肉を食べ続ける必要もない。


 残りの人生くらい、うまい飯を食べて生きたい。


 もちろん、鍛錬はする。


 肉体も鍛える。


 だが、飯がうまいに越したことはない。


「一応、戦いが終わったことを報告に行きます。その際に、その話も出しましょう」


 私は答えた。


「特にデメリットがあるわけでもないですし、通ると思います」


「よし」


 戦士は満足そうに頷いた。


「それなら俺たちはここに残りつつ、家を完成させる。土産と一緒に国へ戻るわ」


「戦士は他に必要ですか?」


「いたら早く完成するとは思うが、いいのか?」


「ええ。戦いは終わりましたし、先ほどの話を聞いて手伝おうという戦士がいればですが」


 そう言って、私は周囲の戦士たちを見た。


 二人ほど、すぐに手を挙げた。


「調味料は気になるな」


「他国で戦士用の家作りも面白そうだ」


 理由はそれぞれだが、やる気はあるらしい。


「ではお願いします。私たちはここの代表に声だけかけて出ます。あとは任せます」


「任せておけ」


 戦士たちは、再び家作りに戻っていった。


 切り出した木を担ぐ者。


 木を両腕で挟み、圧縮して建材へ変えていく者。


 地面を踏み固め、普通の人間なら何日もかかりそうな基礎作りを当然のように進める者。


 商流国の人間たちが遠巻きにそれを見ていた。


 怖がっている者もいる。


 だが、どこか興味深そうに見ている者もいた。


 商流国という国は、やはりたくましい。


 恐怖の中でも利益を探す。


 壊されるかもしれない相手に、取引の余地を見つける。


 それはそれで、一つの強さなのだろう。


 私は商流国の代表、流道のもとへ向かった。


 流道はすでに待っていた。


 こちらを見ると、深く頭を下げる。


「理知帝国との戦いはお聞きしました。おめでとうございます」


「早いな。すでに耳に入れていたか」


「情報が命でございますので」


 流道は穏やかに答えた。


 さすがに商流国の代表というべきか。


 理知帝国の帝都で起きたことも、もうある程度は掴んでいるらしい。


「なら、戦士が家を作っていることも知っているか?」


「承知しております」


 流道は少しだけ頭を下げる。


「私どもとしても、戦士の方にいていただけるのは喜ばしいことでございます」


「ほう」


「もちろん、戦士の方を私たちが利用しようなどという考えはございません」


 言葉は丁寧だ。


 だが、商人の国の代表だ。


 まったく利用する気がない、ということはないだろう。


 ただ、限度はわかっているはずだ。


 戦士を都合よく使おうとすれば、商流国の方が壊れる。


 その程度の計算ができない相手ではない。


「……まあ、商人であれば引き際は間違えないか」


 流道は、ただ頭を下げた。


 肯定も否定もしない。


 それが答えなのだろう。


「戦いは終わった。私たちは引き上げる」


「はい」


「今度ここに来る時は、調味料をもらいに来るのか、理知帝国が兵器を開発、生産していないか見回りに来るのかはわからん」


 私は流道を見る。


「だが、その時はよろしく頼む」


「承知いたしました」


 流道は深く頭を下げた。


「商流国として、できる限りの準備を整えておきます」


「期待している」


 それだけ告げて、私は商流国を出ることにした。


 背後では、まだ戦士たちが家を作っている。


 木が圧縮される音。


 地面を踏み固める音。


 商流国の人間たちのざわめき。


 そのすべてが、戦いが終わった後の音に聞こえた。


 理知帝国との戦は終わった。


 だが、それで全部が終わるわけではない。


 各国へ向かった戦士たちへの連絡。


 境嶺国での取りまとめ。


 剛力王国への帰還。


 長会議での報告。


 やることはまだ残っている。


 それでも、足取りは行きより軽かった。


 私は境嶺国へ向けて歩き出す。


 理知帝国ではなく、剛力王国へ帰るための道。


 蘭のいる場所へ戻るための道だった。

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