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第42話 筋肉が合理的だ

 朝日が昇った。


 この戦いの、最後の日だ。


 昨日は随分といろいろなことがあった。


 交渉を装った罠。砦ごとの爆破。第二の砦での総力戦。そして夜襲。


 理知帝国も、こちらを止めるために使えるものは使ってきた。


 だが、それでも止められなかった。


 戦士たちは交代で休みを取っている。


 全員が完全に回復したわけではないが、昨日の疲れはかなり抜けていた。


 傷もある。


 痛みもある。


 だが、戦えないほどではない。


 剛力王国の戦士としては、それで十分だった。


「結局、夜襲はあの一回だけでしたね」


 私がそう言うと、近くにいた烈真が軽く肩を鳴らした。


「あれで諦めたのだろう」


「そうでしょうね」


 最後の大型兵装まで潰されたのだ。


 理知帝国に、こちらを止める手段はもうほとんど残っていないはずだ。


 烈真とは、長会議の時点ではそこまで深い交流があったわけではない。


 だが、この戦で随分と距離が縮まった気がする。


 剛力王国の戦い方を教えてもらった。


 技を見せてもらった。


 戦士としての心も教えてもらった。


 力とは何か。


 戦士とは何か。


 魔法銃のような意思のない力をどう見るのか。


 烈真の言葉は、私の中に残っている。


 それも今日で一区切りだと思うと、少し寂しさのようなものもあった。


 もちろん、まだ終わってはいない。


 だが、戦いは今日終わる。


 そういう確信があった。


「剛理」


 父が私を呼んだ。


 振り向くと、剛力羅はいつも通りの顔で立っていた。


「さっさと終わらせて、孫の顔を見に帰るぞ」


「……そうですね」


 普通なら、もう生まれていてもおかしくない。


 蘭は、もう母になっているかもしれない。


 そう考えると、理知帝国に長く関わっている場合ではなかった。


 私には帰る場所がある。


 会うべき家族がいる。


 なら、ここでやるべきことを早く終わらせるだけだ。


 父が今回の戦に参加してくれたのは、本当に助かった。


 戦士としての強さだけではない。


 精神的な意味でもだ。


 前世の父は、ただ血のつながりがあるだけの相手だった。


 だが、今世は違う。


 家族がいて、蘭がいて、共に戦う戦士たちがいる。


 私は、理知帝国では決して得られなかったものを、この国で得ていた。


 もし前世で殺されず、理知帝国で地位を得て生きていたとしても、今のような関係を持てる相手は作れなかっただろう。


 地位を得たとしても、あっけなくまた誰かに殺されていたかもしれない。


 生きていたとしても、新たな功績を立てるために研究へ追われ、生活は大して変わらなかったはずだ。


 九条玲央を憎む気持ちはある。


 私を毒で殺し、魔法銃を奪い、自分の功績として世に出した男。


 そのことへの怒りは消えていない。


 だが、今はそれ以上に、私の国へ手を出したことが許せなかった。


 剛力王国の村を襲わせた。


 このまま放置すれば、家族や蘭のいる場所にも危険が及ぶかもしれない。


 だから、止める。


 復讐だけではない。


 今の私が守るべきもののために、理知帝国の力を削ぐ必要があった。


「できるだけ早く帰ると蘭には約束しています。今から終わらせに行きましょう」


 戦士たちが立ち上がる。


 朝日に照らされながら、私たちは理知帝国の帝都へ向かった。


 帝都が見えてきた。


 城壁も、他の国とは違う。


 石を積み上げただけのものではない。


 鉄で補強され、魔法処理まで施されている。


 理知帝国の技術の結晶。


 前世の私なら、この壁があるだけで他国に攻められることはないと考えていたかもしれない。


 事実、他国の外壁よりは遥かに頑丈だ。


 普通の兵なら、破ることは難しいだろう。


 普通の魔法でも簡単には崩せないはずだ。


 だが、今の私にはわかる。


 この培った肉体なら、壊せる。


 外壁を見上げながら、私はどこまで壊すべきかを考えた。


 最後の抵抗があるなら、門ごと吹き飛ばす。


 兵がいるなら、武器ごと叩き潰す。


 そう思いながら近づいていく。


 だが、帝都の上には大きな白旗が掲げられていた。


 どうやら、相手も状況を理解しているらしい。


 私は境嶺国の時と同じように、門の前で告げた。


「この国の責任者をここへ呼べ」


 帝都の人間は顔色を悪くしながら、城へ来てほしいと懇願した。


 だが、私は突っぱねた。


 城へ入るつもりはない。


 理知帝国の用意した場所へ入る危険は、もう十分に学んでいる。


 それに今回は、他の戦士たちにも帝都へ入ってもらうつもりだった。


 話が終わり次第、手分けして兵器関連の工場や研究施設を壊して回るためだ。


 帝都の民たちが遠巻きにこちらを見ている。


 恐怖や不満、怒りや好奇心が混じった視線が、こちらへ向けられていた。


 しばらくして、馬車がこちらへ向かってきた。


 白旗の下。


 帝都の門の前。


 馬車が止まり、一人の男が降りてくる。


 その顔を見た瞬間、私の中で何かが跳ねた。


 殺気が漏れた。


 抑える前に、空気が変わった。


 男はそれをまともに浴び、腰を抜かした。


 地面に尻をつき、みっともなく後ずさる。


 多少老けている。


 だが、忘れるはずがない。


 私を殺した男。


 九条玲央。


 目の前にいる。


「貴様が、この国の責任者か」


 私は静かに問う。


 九条玲央は震える口を動かした。


「こ、この国の今の王は、三歳の幼子です。宰相である私が、この戦の責を負っております」


 宰相。


 そこまで上がっていたのか。


 私を殺した後、魔法銃の功績をうまく使ったのだろう。


 理知帝国に足りなかったのは武だった。


 その武を手に入れた者が、上へ上がる。


 それ自体は自然だ。


 だが、宰相まで登ったのは、魔法銃の功績だけではないはずだ。


 私にしたことを考えれば、魔法銃以外でも同じように他人の成果を奪い、邪魔な者を消してきたのだろう。


 そうやって積み上げた結果が、今の宰相という地位なのだと思えた。


 私が黙っていると、九条玲央は慌てたように言葉を重ねた。


「り、理知帝国は剛力王国へ降伏いたします。属国となることも受け入れます。我が国の兵器、魔道具、技術を献上し、賠償金についても可能な限り――」


「いらない」


 私は遮った。


 理知帝国の国そのものが欲しいわけではない。


 兵器も、魔道具も、賠償金もいらない。


 それに、九条玲央と交渉などしても意味がない。


 契約の抜け道を作る。


 言葉を曲げる。


 約束を守るかどうかすら怪しい。


 だから、私は条件だけを突きつける。


「降伏の条件を伝える」


 九条玲央の喉が鳴った。


「今後、兵器の開発と生産を禁止する。現在存在する兵器も破棄しろ」


「そ、それは……」


「それが守られているかどうか、剛力王国の戦士が突発的に見に来る。受け入れろ」


 九条玲央の顔が強張る。


 私は続けた。


「今から、兵器の開発と生産を行っているであろう場所を、こちらの戦士が破壊して回る」


 周囲の戦士たちが一歩前に出る。


 それだけで、空気が沈んだ。


 九条玲央は何も言えなかった。


 戦士たちの威圧を受け、口を開いても声が出ない。


 だが、少し離れた場所にいる帝都の民たちからは不満の声が上がり始めていた。


 当然だ。


 理知帝国の人間が、こんな条件を素直に受け入れるとは思っていない。


 そもそも、受け入れてもらうつもりもない。


 受け入れさせるだけだ。


「境嶺国の時と同じように、この外壁に戦士の力を見せてください」


 私は戦士たちへ言った。


「今回は、手加減は不要です」


 戦士たちは、にこやかに頷いた。


「わかった」


「頑丈そうでいいな」


「どれほど保つか見てみるか」


 戦士たちが一定間隔で外壁の前に並ぶ。


 帝都の民たちが息を呑んだ。


 この壁は壊れない。


 理知帝国の民は、そう信じていたのだろう。


 鉄で補強され、魔法処理まで施された技術の結晶。


 他国とは違う。


 理知帝国は守られている。


 そう思っていたはずだ。


 だが、戦士たちの拳が振るわれた。


 轟音。


 外壁が砕けた。


 一人ではない。


 並んだ戦士たちが、それぞれの場所で壁を粉砕していく。


 鉄の補強がひしゃげ、魔法処理の光が一瞬だけ走り、すぐに消えた。


 石が飛び、土煙が上がり、帝都の守りの象徴が一撃で崩れていく。


 民たちの悲鳴が上がった。


 逃げ出す者がいる。


 腰を抜かす者もいる。


 口を開けたまま動けなくなる者もいた。


 それを見て、私は戦士の力を十分に示せたと判断した。


「では、始めましょう」


 相手の了承を待つつもりはない。


 戦士たちは帝都へ入った。


 兵器の研究所を破壊して回る。


 理知帝国は、建物の高さや配置である程度の用途が読める。


 基本的に、高い建物が集まっている場所には研究室が多い。


 中央にある大きな塔だけは違う。


 あそこは、危険性のない生活用の魔道具を研究、開発している塔だったはずだ。


 前世の記憶でも、あそこは兵器とは距離があった。


 だから、そこは除外する。


 それ以外の研究棟、兵器開発に関わる施設、魔法銃関連の保管庫を、戦士たちは次々に壊していった。


 塔が倒れる。


 壁が砕ける。


 研究室の設備が潰れる。


 魔法銃の部品が詰まった箱が踏み砕かれる。


 悲鳴と怒号が帝都に広がる。


 だが、私たちは止まらない。


 工場の場所だけは、すぐにはわからなかった。


 研究施設とは別の場所にある可能性が高い。


 私は門の前で腰を抜かしたままの九条玲央へ視線を向けた。


「兵器の工場はどこだ」


 九条玲央は答えない。


 唇だけが震えている。


 私は少し近づいた。


「答えないなら、工場らしきものをすべて破壊する。構わないな?」


「ま、待て!」


 九条玲央は慌てて顔を上げた。


「言う! 言います! だから、関係のない施設まで壊すのは――」


「場所を言え」


 九条玲央は、震える指でいくつかの方角を示した。


 それを聞いた戦士たちが動く。


 工場が壊される。


 魔法弾の製造施設も、魔法銃の組み立て場も、特殊弾の保管庫も、大型兵装の整備場も、次々に潰されていった。


 もちろん、全部を把握できたとは限らない。


 隠している場所があるかもしれない。


 だが、その時は次に来た時に壊すだけだ。


 剛力王国の戦士が突発的に見に来る。


 それは脅しではない。


 本当に来る。


 そして、守られていなければ壊す。


 それだけだ。


 破壊が終わる頃には、日が落ちかけていた。


 帝都のあちこちから煙が上がっている。


 だが、民家を無差別に壊したわけではない。


 生活用の魔道具の塔も残した。


 奪うためではない。


 滅ぼすためでもない。


 武を削ぐためだ。


 九条玲央は、あれからずっと門の近くにいたようだった。


 立ち上がる気力もなかったのか、地面に座り込んだまま、壊れていく帝都を見ていた。


 私はその前に立つ。


「用は済んだ」


 九条玲央が顔を上げる。


「これでこの戦争は終わりだ。俺たちは国に帰る」


 私は言葉を区切った。


「言ったことは守れ。見に来るからな」


 九条玲央の顔が歪んだ。


「そんな……それでは、私たちはどうやって他国に抗えというのですか?」


 私は少し考える素振りを見せた。


 本当に考えたわけではない。


 ただ、少しだけ間を置きたかった。


 そして答える。


「そうだな」


 私は九条玲央を見下ろした。


「筋肉でも鍛えればいいんじゃないか?」


 九条玲央が固まる。


「そっちの方が合理的だぞ」


 そう言って、私は背を向けた。


 戦士たちが笑う。


 父も、烈真も、他の長たちも、当然のことを聞いたという顔をしていた。


 理知帝国の帝都を後にする。


 壊れた外壁、崩れた研究所、潰れた工場。白旗と煙と、腰を抜かした九条玲央。


 その全てを背に、私たちは帰路についた。


 これで終わりだ。


 理知帝国は、もう同じように魔法銃を広げることはできない。


 兵器を作れば、剛力王国の戦士が来る。


 そういう国になった。


 私の中で、一つの区切りがついた。


 前世で奪われたものも、殺されたことも、魔法銃のことも、すべてが消えるわけではない。


 だが、今の私には帰る場所がある。


 待っている家族がいる。


 蘭がいる。


 だから、もうここに長く留まる理由はなかった。


 ――


 剛力王国の戦士たちが去った後。


 九条玲央は、ようやく立ち上がった。


 いや、立ち上がろうとして、膝を震わせながら途中で崩れた。


 近くの者が慌てて支えようとする。


 だが、玲央はその手を振り払った。


「筋肉が合理的だと……?」


 声が震えている。


 怒りと屈辱と、理解できないものを突きつけられた混乱が混じっていた。


「我が国を馬鹿にしているのか!」


 叫びが、壊れた門の前に響いた。


 誰も答えない。


 答えられる者などいない。


 理知帝国の技術は砕かれた。


 兵器は壊された。


 魔法銃の工場は潰された。


 守りの象徴だった外壁も、一撃で砕かれた。


 そして、その全てを行った者たちは、もう去っている。


 九条玲央の怒りだけが、夕暮れの帝都に虚しく残った。


 理知帝国と剛力王国の戦争は、この日、終わった。

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