第40話 最終防衛線
理知帝国の首都近くにある、第二の砦。
そこには、通常では考えられない数の兵が集められていた。
もともとこの砦を守っていた兵。
第一の砦から引き抜かれた兵。
さらに周辺の砦からも集められた兵たち。
首都へ続く道を塞ぐように、兵と兵装が集中している。
「しかし、あの外交官、偉そうにしていたがな」
兵の一人が、小声で笑った。
「俺たちがこの砦に全員移動すると聞いた時の狼狽え方は、なかなか面白かったぞ」
「そりゃそうだろ」
別の兵が肩をすくめる。
「作戦内容は、こっちに来てから聞かされたからな。あの外交官には知らされていなかったんだろうよ」
「知っていたら、どれだけ報酬をもらってもやらんだろ。空の上に金は持っていけねぇし、持っていけたところで使い道もねぇ」
「まあな」
兵たちは薄く笑った。
笑っていなければ、やっていられないのかもしれない。
砦一つを丸ごと爆破する。
味方の外交官ごと、剛力王国の者たちを吹き飛ばす。
それが作戦だと聞いた時、兵たちの間にも動揺は走った。
「砦を爆破するなんて聞いた時は、そこまでする必要があるのかと思ったが……」
「魔法銃が効かないと聞かされればな」
「ああ。必要なんだろうよ」
剛力王国。
魔法銃が効かない化け物。
身体強化を解除する弾を当て、そのうえで魔法弾を叩き込まなければ傷もつけられない相手。
兵たちは、そう聞かされている。
聞かされてなお、完全には信じられない。
だが、上はそれを前提に動いている。
「砦一つ丸ごと爆破して、生きているはずがないとは思うがな」
「上は生きている想定らしいぞ」
「ここまで来ている時点で、人じゃなくて化け物ってことだろ」
「だとしても、これだけ兵を集めればどうにかなるのか?」
「ここだけじゃない。周辺の砦からも兵を集めている」
首都へ続く最後の防衛線。
ここを抜かれれば、あとは首都まで大きな防壁はない。
理知帝国の中枢に、剛力王国の化け物たちが届く。
だからこそ、この砦に兵を集めた。
だからこそ、数少ない兵装まで持ち込まれている。
「それに、新兵器もここに運ばれているんだろう?」
「ああ。魔法大砲なんて初めて見たぜ」
「腕がいい奴には、最新式の多連魔法銃も渡されているらしい」
「本気だな」
「本気じゃなきゃ困るだろ。相手は化け物だ」
その時、鋭い声が飛んだ。
「そこ! いつまでも無駄口を叩くな!」
兵長の声だった。
兵たちは慌てて姿勢を正す。
「兵長! 周囲への魔法地雷の設置、完了しました!」
「よし。確認を怠るな。相手は普通の兵ではない。踏めば死ぬ、ではなく、踏ませて削ると思え」
「はっ!」
その瞬間。
遠くから、大きな爆発音が響いた。
少し遅れて、地面が震える。
兵たちの顔が強張った。
「爆発を確認!」
報告の声が上がる。
別の兵長が、すぐに号令を出した。
「よろしい! 戦闘準備に移れ!」
兵たちが一斉に動き出す。
「相手は化け物だと思え! 普通であれば到着まで時間がかかる距離だが、常識が通じる相手ではない! すぐ目の前に来ると思え!」
「了解!」
魔法銃が構えられる。
多連魔法銃の安全装置が外される。
大きな砲身を持つ新兵器が、ゆっくりと向きを変える。
兵たちは息を呑み、砦の向こうを見据えた。
理知帝国の最終防衛線。
その戦いが、始まろうとしていた。
――
私たちは、首都へ向かって走っていた。
崩れた砦を後にしてから、足は止めていない。
理知帝国は、こちらを言葉で止める気などなかった。
交渉の場を作り、足を止めさせ、砦ごと吹き飛ばす。
そのやり方を見た以上、次からは対応を変える。
「理知帝国に対しては、次から相手を敵だと思って速攻で叩き潰します」
私は走りながら、周囲の戦士たちへ告げた。
「方法は各々に任せます。油断しないようお願いします」
戦士の一人が笑う。
「戦いを見せるのをやめて、戦った跡を見せるということだろう? 任せておけ」
別の長も頷いた。
「まさか、俺たちに傷をつけることができるとは思わなかった。相手を子供から敵に認識を改めるべきだな」
その言葉に、何人もの戦士が頷く。
前の砦で、理知帝国は私たちに傷をつけた。
普通の人間なら木っ端みじんだ。
戦士にとってはかすり傷。
だが、かすり傷を負わせたというだけでも大きい。
それは、理知帝国がただの弱者ではないという証明だった。
走り続ける。
地面を蹴るたび、景色が後ろへ流れていく。
やがて、次の砦が視界に入った。
理知帝国の首都に近い砦。
先ほどの砦とは違う。
こちらが来ることを、明らかにわかっていた。
兵たちは浮足立っていない。
砦の中だけではない。
外にも大量の兵が展開している。
魔法銃を構え、隊列を組み、こちらを待っている。
その光景を見て、私は理解した。
相手も本気だ。
今思えば、これまでの戦いは戦いではなかったのかもしれない。
境嶺国では、こちらが力を見せつけるだけだった。
商流国では、相手が値踏みしていただけだった。
前の砦では、罠だった。
だが、ここは違う。
兵がいる。
兵装がある。
こちらを殺すために、正面から構えている。
これが、理知帝国との戦いの中で、本当の最初の戦になる。
そんな予感がした。
まだ魔法銃の射程には遠い。
そう思った時、低く重い音が響いた。
魔法銃の発射音ではない。
もっと大きい。
私は音の方向を見た。
空を裂くように、大きな球が飛んでくる。
魔法銃が放つ魔法弾とは明らかに違う。
大きい。
速い。
そして、危険だ。
「広がって避けろ!」
私は叫んだ。
戦士たちは一斉に散る。
わかってさえいれば、戦士の速度で避けられないものではない。
大きな弾が地面に着弾した。
直後。
轟音。
地形が抉れた。
土と石が吹き飛び、衝撃が周囲へ広がる。
十分に距離を取っていたため、直撃は避けられた。
だが、威力は明らかだった。
受けていたら、まずかったかもしれない。
少なくとも、無傷では済まなかっただろう。
「魔法銃を大型化した兵器か……?」
私は歯を噛む。
前世の頃には、こんなものはなかった。
だが、理屈はわかる。
魔法銃の技術を大きくし、大威力の魔法弾を撃ち出す。
理知帝国の技術者が、私の死後に開発したものなのだろう。
そう考えた直後、また音が響いた。
今度は二つ。
まずい。
数が増えれば、避けきれなくなる可能性がある。
そう思った瞬間、空中で爆発が起きた。
一発。
続けてもう一発。
砦に届く前の空で、大型の魔法弾が弾けた。
「何が……?」
私は一瞬だけ理解が遅れた。
見ると、少し離れた場所にいる戦士の一人が、地面の土を握っていた。
土を圧縮し、固め、塊にして投げたらしい。
それを、あの距離から、空中を飛ぶ大型の魔法弾へ当てたのだ。
できるのか。
そんなことが。
私には、真似できる気がしない。
だが、そういう戦士が味方にいる。
それはとても頼もしかった。
空中で爆発したため、衝撃は砦の近くでも広がった。
兵たちの隊列が揺れる。
動揺が見えた。
チャンスだ。
何人かの戦士が一気に前へ出る。
その瞬間、地面が爆発した。
踏み込んだ場所に、爆発する罠でも仕込まれていたのか。
前の砦で喰らったものと近い気配はある。
だが、あれとは少し違う。
踏み込んだ戦士の体が煙に包まれる。
皮膚が裂け、血が飛んだ。
だが、倒れない。
「痛いな」
その戦士は、そう言って前へ進んだ。
戦闘続行は可能。
しかし、傷は負っている。
理知帝国も、やる。
そう思った。
戦士相手に傷をつける。
それだけでも、とんでもないことだ。
周囲の戦士たちの気が、さらに高まっていくのを肌で感じた。
怒り。
興奮。
警戒。
そして、戦いへの歓喜。
剛力王国の戦士たちは、ただ弱い者を潰すより、抗ってくる敵を好む。
理知帝国の兵は、初めてこちらに敵として認められつつあった。
そこから砦に近づくまで、私たちはそれなりの痛手を負った。
大型の魔法弾を放つ兵器。
多連魔法銃。
地面に仕込まれた爆発の罠。
通常の魔法銃とは違う密度で、攻撃が飛んでくる。
炎が弾ける。
氷が砕ける。
風が切り裂く。
爆発が足元を揺らす。
傷は増える。
血も流れる。
それでも、戦えないほどではない。
戦士は止まらない。
止まらないからこそ、理知帝国の兵たちはさらに撃ってくる。
恐怖に呑まれず、逃げず、命令通りに撃ち続けている。
それは、素直に認めるべきだった。
だが、砦の近くまで来たなら、もう終わりだ。
「壁を使え!」
誰かが叫んだ。
戦士の一人が砦の外壁へ拳を叩き込む。
壁が砕ける。
別の戦士が、その大きな破片を掴んだ。
砦の壁そのものを弾にして、兵の群れへ投げつける。
石の塊が兵をなぎ払った。
悲鳴が上がる。
隊列が崩れる。
そこへ別の戦士が突っ込む。
魔法銃を構えた兵が近距離で撃つ。
だが、もう遅い。
距離を詰められた時点で、理知帝国の兵に勝ち目はない。
拳が振るわれる。
地面が割れる。
兵が吹き飛ぶ。
魔法銃ごと、砦の設備ごと、戦士たちは叩き潰していく。
中には、自爆覚悟で突っ込んでくる兵もいた。
爆発の罠を起動させる道具らしきものを抱え、あるいは魔法弾を暴発させる形で、戦士の足元へ飛び込んでくる。
勇気はある。
だが、それでも足りない。
爆発が起きる。
煙が上がる。
だが、戦士はその中から出てくる。
「無駄ではないが、足りんな」
誰かがそう言った。
理知帝国の兵たちは、確かに抗った。
これまでの国とは違う。
だが、剛力王国の戦士を止めるには足りない。
やがて、砦は平らになった。
壁は崩れ、大型の魔法弾を撃ち出していた兵器は壊れ、多連魔法銃は砕け、魔法地雷の設置された地面もまとめて潰された。
動いている兵は、もういない。
砦だったものの上で、戦士たちは息を整えていた。
無傷ではない。
傷を負った者も多い。
だが、立っている。
戦える。
その時、烈真が静かに口を開いた。
「戦士に対して、ここまで抗えた奴らなど、過去を振り返ってもこいつらが初めてではないか?」
その声には、怒りだけではない響きがあった。
私は烈真を見る。
烈真は、倒れた兵たちの方へ目を向けている。
「前に、この力に意思がないとは言った」
魔法銃のことだ。
誰でも使える力。
痛みも積み重ねもなく与えられる力。
それには意思がないと、烈真は言った。
「だが、使う者によっては、戦士と呼んでやってもいい奴もいたな」
それは、剛力王国の戦士にとって、最大級に近い褒め言葉なのだろう。
敵を認める言葉。
抗った者を称える言葉。
私は倒れた兵たちを見た。
彼らは理知帝国の兵だ。
魔法銃を持ち、私たちを殺そうとした敵だ。
それでも、逃げなかった。
最後まで撃った。
自爆覚悟で向かってきた者もいた。
力そのものには意思がない。
だが、それを持つ人間には意思がある。
烈真は、それを見たのだろう。
私は小さく息を吐いた。
さすがに、今日は新しいことが多すぎる。
交渉を装った罠。
魔法地雷。
大型の魔法弾を放つ兵器。
多連魔法銃。
そして、戦士に傷をつける理知帝国の総力戦。
疲れた。
肉体よりも、頭が疲れている。
私は崩れた砦を見渡した。
これだけの兵。
これだけの兵装。
この砦に集められていたものを見る限り、理知帝国にとってこれは総力戦だったのではないか。
首都で戦えば、首都そのものが壊れる。
だから、この砦に集めた。
ここで私たちを倒すつもりだった。
そう考えるのが自然だ。
だが、失敗した。
理知帝国は、この砦で止められなかった。
「今日はここで休むか?」
誰かが聞いた。
私は首を振る。
「ここは残骸が多すぎます。少し移動しましょう」
砦だった場所で休む気にはなれない。
瓦礫。
壊れた兵装。
倒れた兵。
血と煙。
その中で休むには、あまりにも騒がしい。
私たちは少し移動し、首都へ向かう道から外れた場所で体を休めることにした。
明日。
理知帝国との戦いに決着をつける。
前世で私を殺した国。
今世で剛力王国の村を焼かせた国。
魔法銃を奪い、広げ、さらに歪めた国。
その中枢が、もうすぐ先にある。
私は横になりながら、夜空を見上げた。
体の傷は痛む。
だが、痛みがあるからこそ、頭は冷える。
理知帝国は強い。
少なくとも、今までの相手とは違った。
だが、それでも止められなかった。
なら、明日で終わらせる。
私は拳を握った。
もう、感傷はない。
明日、理知帝国を叩き潰す。




