第36話 それぞれの返答
各国へ向かった使者から、返事が順次届き始めた。
最初に届いたのは、史録国からだった。
史録国。
この辺りでは、一番歴史が古いと言われている国らしい。
昔からの記録を延々と残しているだけの国。
そう聞けば、理知帝国が真っ先に取り込みそうにも思える。
だが、実際には攻められていない。
理由は単純だった。
理知帝国にとって、うまみが薄いのだ。
土地が特別豊かなわけでもない。
鉱石が多いわけでもない。
兵が強いわけでもない。
金を生む商流を握っているわけでもない。
ただ、記録がある。
昔からのことを記し、残し、保管し続けている。
それだけの国。
理知帝国からすれば、今すぐ攻める必要はない国だったのだろう。
だが、その返事は少し意外なものだった。
「剛力王国の戦士の力は、記録として知っている。歯向かうつもりはない。ただし、屈するつもりもない。戦士には、ぜひこの機会に来てほしい……ですか」
私は使者から渡された内容を読み、少しだけ眉を上げた。
珍しい。
剛力王国の戦士について、本当の意味で理解している返事だった。
境嶺国のように、夢物語と切り捨てていない。
かといって、怯えて膝をついているわけでもない。
記録に基づき、こちらの力を知ったうえで、歯向かわないと言っている。
それどころか、剛力王国の戦士が動くなら、この機会に見てみたい。
過去の記録と比べたい。
そして、今回の戦士の力も記録に残したい。
返事からは、そんな興味すら感じられた。
極端に言えば、戦の途中でなくとも、すべてが終わった後に来てくれればそれでいい。
史録国とは、そういう国なのだろう。
どうやら歴史を振り返ると、剛力王国が全土に力を示したのは、今回が初めてではないらしい。
今より昔。
どこかの時代で、剛力王国の戦士が周辺国に力を示したことがある。
史録国は、それを記録として残していたのだ。
だから、今回の話を聞いても夢物語だとは思わなかった。
むしろ、過去の記録と照らし合わせたのだろう。
「最初から肩透かしだな」
近くにいた戦士が笑う。
「殴りに行く必要はなさそうか?」
「この返事を聞く限りでは、力を見せつけるために送る必要は薄そうですね」
私は答えた。
史録国は歯向かうつもりがない。
理知帝国の属国でもない。
なら、こちらから強引に落とす理由はない。
ただし、興味はある。
「昔の剛力王国の強さが記録に残っているなら、今の強さと比べられるかもしれません」
そう言うと、何人かの戦士がこちらを見た。
記録。
過去の戦士。
昔の剛力王国。
その言葉は、戦士たちの興味を引いたらしい。
「この国に送る戦士は減らしてもいいと思います。ですが、行きたい者はいますか?」
私が聞くと、すぐに手が上がった。
一人ではない。
数人の戦士が、面白そうに手を上げている。
「昔の戦士の記録か。悪くないな」
「今の俺たちの方が強いと書かせるのも面白い」
「記録の国なら、手合わせの結果も残すだろうか」
目的が少し変わっている気がする。
だが、剛力王国の力を示すという意味では、これも悪くない。
史録国は、戦士の力を記録する国。
ならば、今回の戦のことも残すだろう。
それが後世への牽制になる可能性もある。
私は希望した戦士たちの中から数を絞り、史録国へ向かってもらうことにした。
戦うためではない。
記録を見るため。
そして、今の戦士を記録させるためだ。
次に返事が来たのは、騎征国からだった。
この国は少し特殊だった。
兵士とも、剛力王国の戦士とも違う。
特別な武具を纏って戦う、騎士と呼ばれる者たちがいる国らしい。
剛力王国の戦士は肉体を武器にする。
騎征国の騎士は武具を纏って戦う。
方向性は違うが、力を重んじている国という点では、少し近いのかもしれない。
使者の報告によれば、騎征国も理知帝国に攻められている。
ただし、一方的に蹂躙されているわけではない。
魔法銃を相手にしながらも、抵抗はできているそうだ。
それだけでも、他国と比べればかなり強い国なのだろう。
「理知帝国の属国ではないなら、こちらから戦士を送る必要は薄いかと思ったんですが……」
私は返事の後半を読んで、少しだけ目を細めた。
そこには、こう書かれていた。
力に自信があるなら、戦いに来ないか。
理知帝国との戦いで暇はない。
だが、理知帝国を片付けてくれるなら、力による交流をしよう。
要するに、誘いだ。
挑発とも言える。
剛力王国に向けて、戦いに来いと言っている。
剛力王国と直接面してはいない。
だが、騎征国も危険領域に面している。
魔物を相手にしている国という点では、親近感はある。
理知帝国に抗っているという点でも、今すぐ敵対する理由はない。
だが、力による交流。
その言葉に、周囲の戦士たちが反応した。
「面白そうだな」
「騎士か。鎧を着て戦うんだろう?」
「その武具ごと殴ったらどうなるか、少し見たい」
「理知帝国を片付ける前に、向こうが潰されると困るな」
戦士たちの目が輝いている。
完全に乗り気だ。
私は内心で少しだけ思った。
これ、いいように使われているだけではないだろうか。
理知帝国を片付けてくれるなら、その後で手合わせしてやる。
言い方を変えれば、理知帝国への対処をこちらに期待しているとも読める。
ただ、戦士の力を見せるという意味では、悪くない。
騎征国は抵抗できる程度には強い。
その国が、剛力王国の戦士を知る。
力による交流を行う。
その結果が広まれば、周辺国への牽制にもなるだろう。
「こちらは行きたい者が多そうですね」
私が言うと、戦士たちが次々に手を上げた。
多い。
史録国の比ではない。
戦う機会があるとわかった瞬間、希望者が増えた。
わかりやすい。
私は苦笑しながら、騎征国へ向かう長に選んでもらうことにした。
行きたい者全員を送るわけにはいかない。
理知帝国本土へ向かう戦力も残す必要がある。
それでも、騎征国にはそれなりの戦士を送ることになった。
ここまでは、理知帝国の属国になっていない国だった。
問題は、その後だ。
数日置いて届いたのは、鉄峰国からの返事だった。
鉄峰国。
鉱石などの資源が豊富な国。
それを理知帝国へ直接下ろす形で、最近力をつけてきた国らしい。
境嶺国のように、最近になって魔法銃を得た新参者とは少し違う。
理知帝国とは属国ではなく同盟国だ。
鉄峰国側は、そう主張しているそうだ。
使者の報告を聞いた瞬間、周囲の空気が少し変わった。
「同盟国、ですか」
私は静かに呟いた。
理知帝国のために資源を流し、理知帝国の力を支える国。
言葉の上では同盟かもしれない。
だが、こちらから見れば、理知帝国の一部として扱ってもいい相手だ。
そして、返答の内容は、実にわかりやすかった。
騎征国を潰した後は、境嶺国まで向かってやる。
そう豪語してきたらしい。
私はしばらく黙った。
騎征国には、二日前に長と戦士たちが向かっている。
鉄峰国が騎征国へ攻めるつもりなら、鉄峰国の軍は騎征国で戦うことになる。
つまり、このまま行けば、騎征国へ向かった戦士たちと鉄峰国の軍勢がぶつかる可能性が高い。
いや、ぶつかる前に追い払ってしまうかもしれない。
その後、騎征国でそのまま手合わせをしている可能性もある。
どちらにせよ、鉄峰国は知らないのだろう。
自分たちが攻めようとしている騎征国に、剛力王国の戦士がすでに向かっていることを。
「威勢よく言っている鉄峰国には、戦士の力を見せる必要がありますね」
私がそう言うと、周囲の戦士たちが頷いた。
これは、史録国や騎征国とは違う。
明確に理知帝国側に立ち、こちらを侮っている。
なら、刻む。
剛力王国に逆らうということが何を意味するのかを。
「長三人に、戦士十人を向かわせます」
私は決めた。
「ただし、急いでください。遅くなると、騎征国へ向かった戦士たちが鉄峰国の軍勢を先に終わらせてしまうかもしれません」
その言葉に、何人かが笑った。
「それは困るな」
「鉄峰国とやらの威勢を見に行く前に終わっていたらつまらん」
「急ぐか」
戦士たちはすぐに動いた。
長三人。
戦士十人。
普通の国からすれば、災害のような一団だ。
鉄峰国は、自分たちが何を呼び込んだのか、まだ知らない。
そして、その戦士たちと入れ替わるように、豊穣国からも返事が来た。
豊穣国。
名前の通り、農業が盛んな国らしい。
ただし、軍事的な力は乏しい。
そもそも理知帝国に抗う力がない国のようだった。
周辺の理知帝国の属国にも食料を持っていかれ、属国というより、食料を吸い上げられているだけの国。
使者の言葉からは、そんな印象を受けた。
「理知帝国の侵略に手を貸している形ではありますね」
私は報告を聞きながら呟いた。
食料を出している。
理知帝国に直接抗わない。
結果として、侵略を支えている。
ただ、それを責めるのは簡単だ。
国が焼かれるよりは、食料を出す方を選んだのだろう。
境嶺国のように、魔法銃を持って剛力王国の村を焼いたわけではない。
鉄峰国のように、威勢よくこちらへ向かうと言っているわけでもない。
この国自体に、戦士の力を見せつける必要は薄い。
だが、問題は周囲だ。
「豊穣国の周りは、理知帝国の属国ばかりのようです」
使者が地図を指し示す。
豊穣国は食料を生む。
周囲の属国はそれを吸い上げる。
なら、そこには理知帝国側の力が常駐している可能性が高い。
豊穣国を解放するというより、そこに居座っている理知帝国側の者たちを退ける形になるだろう。
「この国には、長を五人と戦士十五人で向かってもらいます」
私は決めた。
少し多めだ。
豊穣国そのものを叩くためではない。
周囲の属国や、理知帝国側の影響をまとめて引き剥がすためだ。
食料を握る国は重要だ。
理知帝国へ向かう上でも、放置しておくよりこちら側に近づけておいた方がいい。
長たちも異論はなかった。
豊穣国へ向かう者たちが決まり、また戦士たちが出ていく。
こうして、境嶺国に集まっていた戦士は少しずつ減っていった。
だが、それで不安はない。
一人一人が強すぎるからだ。
普通の軍なら、兵力が分散すれば不安になる。
だが剛力王国の場合、長一人が向かうだけで話が変わる。
戦士数人が同行すれば、普通の国からすれば十分すぎる脅威になる。
何度考えても、おかしい。
だが、そのおかしさを利用する側にいるのが、今の私だ。
そして、さらに一日が経過した。
地理的には、もっと早く返事が来るはずだった国。
商いが盛んな商流国から、ようやく返事が届いた。
商流国。
理知帝国と面している、商いの国。
商人たちの力が強く、金と物の流れを読むことに長けている国だと聞いている。
返事が遅れた時点で、何かを考えているのだろうとは思っていた。
理知帝国へ通じる道を握る国。
その立場なら、簡単には返事を出せない。
理知帝国につくか。
剛力王国につくか。
あるいは、どちらにもつかず利益を探るか。
商流国なら、そのあたりを天秤にかけていても不思議ではない。
私は返事を受け取った。
これだけもったいぶったのだ。
どんな条件が書かれているのか。
どんな理屈を並べてくるのか。
そう思いながら、内容を確認する。
そして、少しだけ目を細めた。
「……話がしたい、ですか」
返事はそれだけではなかったが、要するにそういうことだった。
降伏するとも言わない。
歯向かうとも言わない。
理知帝国側につくとも、剛力王国側につくとも明言しない。
ただ、話がしたい。
いかにも商流国らしい返事なのだろう。
私は手紙を畳んだ。
戦士たちがこちらを見る。
「どうする?」
烈真が聞いた。
私は少し考えた。
商流国は、理知帝国へ向かう道の上にあり、物と情報の流れを握っている国だ。
ここを味方につけられれば、理知帝国へ向かう道はかなり楽になる。
逆に、ここで裏切られれば、進軍中に情報も物資も理知帝国側へ流される可能性がある。
力で押し潰すのは簡単だ。
だが、商いの国を潰せば、使えるはずの道や情報も壊れる。
利用できるなら利用した方がいい。
ただし、こちらを値踏みして時間を稼ぐつもりなら、その場で潰す。
「話を聞きます」
私は答えた。
「ですが、向こうが時間稼ぎをしているようなら、その場で判断します」
「潰すか?」
「必要なら」
私がそう言うと、烈真は満足そうに笑った。
「それでいい」
ただ、境嶺国を完全に空にするわけにはいかない。
この国は、最初に落とした国だ。
周辺国へ剛力王国の力を伝える役目もある。
ここがすぐに揺らげば、他の国に余計な勘違いをさせる。
「境嶺国には、戦士を五人残します」
私は周囲を見た。
「この国の監視と、周辺国への連絡の確認。それから、余計な反抗心が芽生えないようにする役目です」
五人。
普通の国なら少なすぎる駐留数だろう。
だが、剛力王国の戦士が五人いる。
それだけで、この国にとっては十分すぎる重石になる。
「残りは私と共に商流国へ向かいます」
戦士たちが頷く。
各国へ散っていった者たちを除けば、手元に残る戦士は減っている。
それでも、理知帝国へ向かうには十分だ。
いや、十分すぎるのかもしれない。
ただし、相手は理知帝国だ。
油断だけはしない。
私は商流国からの返事をもう一度見た。
話がしたい。
それが、降伏への前置きなのか。
裏切りへの準備なのか。
それとも、商人らしい値踏みなのか。
確かめる必要がありそうだった。
翌朝。
境嶺国に五人の戦士を残し、私は残った戦士たちを連れて商流国へ向かった。
目指す先は、理知帝国へ続く道。
そこに何が待っているのかは、まだわからない。
だが、止まる理由はなかった。




