第35話 意思のない力
宴は、三日に渡って続いた。
もちろん、ずっと騒ぎ続けていたわけではない。
食い、飲み、戦い、寝て、また食う。
剛力王国の戦士の宴である。
普通の国の宴とは、たぶん意味が違う。
少なくとも、中央で戦士同士がぶつかり合い、その衝撃で地面が揺れる宴は、普通ではないと思う。
いや、今さら普通を語るのもおかしいか。
長たちとの交流は、長会議である程度していた。
だから、そこまで大きな変化はない。
もちろん、改めて話してわかることはある。
だが、それ以上に興味深かったのは、他の村の戦士たちとの会話だった。
長たちは、基本的に強い。
そして、強い者ほど、だいたいの問題を筋肉で解決する。
安易だ。
だが、剛力王国の戦士としては最も合理的な解決手段でもある。
壊せるなら壊す。
動かせるなら動かす。
耐えられるなら耐える。
余計な仕組みを考えるより、その方が早い。
前世の私なら鼻で笑っていた考え方だ。
だが今は、その合理性を否定できない。
ただ、戦士たちと酒を飲みながら話していると、それだけではないこともわかった。
「昔は、もっと暮らしを楽にできないかと考えていたんだ」
そう言った戦士がいた。
別の村の戦士だ。
長ではないが、かなり強い。
彼は杯を片手に、少し照れたように笑った。
「水運びが面倒なら、水場の近くに集めればいい。物が壊れるなら、壊れにくい置き方を考えればいい。鍛錬の手順も、もっと無駄を減らせるんじゃないか。そういう仕組みを考えるのが好きだった」
「……この国でも、そういう考え方をする人はいるんですね」
思わず本音が出た。
戦士は私を見て、逆に驚いた顔をした。
「お前もそうだったのか?」
「私は、むしろそればかり考えていた側です」
「そうか。なら、結局どうなった?」
「筋肉が一番合理的だとわかりました」
「俺もだ」
お互い、しばらく黙った。
そして、どちらからともなく笑った。
なんだこれは。
理知の敗北を笑い合う会か。
だが、不思議と悪い気はしなかった。
この国にも、仕組みで考え、生活を楽にしようとした戦士はいる。
考えて。
工夫して。
無駄を減らそうとして。
その上で、最後に筋肉へ辿り着いた。
私だけが特別に歪んでいるわけではなかったらしい。
いや、前世の記憶がある時点で、十分歪んではいるのだが。
他にも、職人でもある戦士がいた。
器を作るのがやけに早く、仕上がりも綺麗だったので、私はその人にコツを聞いていた。
「力を均一にかけるのはわかるんですが、最後の角がどうしても歪むんです」
「そこは押さえるんじゃなく、逃げる力を先に読むんだ。木は逃げる。なら、逃げたがる方を塞いでやればいい」
言っていることはわかる。
だが、やるのは難しい。
ただ圧縮するだけではない。
木材の癖を読み、形を整え、戦士が扱っても壊れない器にする。
これは、かなり繊細な技術だ。
「やけに上手いですね」
「まあな。普段は哺乳瓶を作っているからな」
「哺乳瓶?」
思わず聞き返した。
戦士は少し誇らしげに頷いた。
「剛力王国の赤子は、肉体の個人差が大きい。吸う力が強い子もいれば、弱い子もいる。普通の飲み口ではすぐ駄目になる子もいるし、逆に硬すぎると飲めない子もいる」
「なるほど……」
哺乳瓶。
それは前世の感覚で考えれば、赤子に乳を飲ませるための道具だ。
だが、この国ではそれだけでは済まない。
「直接乳から飲ませるだけなら、楽なんだがな」
戦士は少し肩をすくめた。
「それだと魔物の血を混ぜられない」
「ああ」
理解した。
剛力王国の赤子は、幼い頃から魔物の血肉に慣らしていく。
それが耐性になり、肉体の土台になる。
直接乳を飲ませるだけでは、そこに魔物の血を混ぜられない。
だから哺乳瓶が必要になる。
ただ飲ませるための道具ではない。
剛力王国の戦士を育てるための道具なのだ。
「瓶の部分はまだいい。問題は飲み口だ」
戦士は懐から、小さな包みを取り出した。
中には、薄く加工された皮の部品が一つ入っている。
完成品の哺乳瓶に使う飲み口らしい。
「これは?」
「お守りみたいなものだ。俺が初めて納得できる出来に仕上げた飲み口だ」
それは木ではなかった。
しなやかで、薄く、しかし妙に強そうな材質。
「特別な魔物の皮を使う。柔らかさと強さの両方がいるからな。赤子の口を傷つけず、吸う力に合わせて形を変え、それでいて破れないようにする」
「かなり難しそうですね」
「難しい。だから自慢だ」
戦士は胸を張った。
戦士であり、職人。
しかも哺乳瓶職人。
前世の私なら、妙な組み合わせだと思ったかもしれない。
だが、この国では自然なのだろう。
強い者が、強い者の生活を支えるものを作る。
赤子ですら普通ではない国なのだから、育てる道具も普通では済まない。
今まで鍛錬一直線に向かっていたことを後悔するつもりはない。
あれがなければ、今の私はない。
だが、こうやって話を聞いていると、剛力王国の中だけでもいろいろな人がいるのだとわかる。
戦士。
長。
職人。
村を守る者。
子を育てる道具を作る者。
全部が筋肉で雑にまとめられているように見えて、その内側には細かい役割と技術があった。
私の視野は、まだ狭かったのだろう。
境嶺国に使者を送らせてから、返事が来るまでには時間がある。
戦士の足ではない。
普通の人間の足で、国から国へ言葉を運ぶのだ。
なら、待つ時間は当然できる。
その時間を使って、私は魔法銃の解析もした。
最初の戦いで、いくつか鹵獲して持ってきている。
前に魔法銃へ触れた時は、持っただけで壊してしまった。
いや、壊したというより、爆ぜた。
あの時は少し衝撃だった。
自分の作ったものを、自分の手で握り潰したようなものだ。
だが、今なら違う。
剛力王国にあるもの以外は柔らかい。
境嶺国の器と同じだ。
そう意識すれば、扱える。
私は魔法銃を慎重に手に取った。
力を抜く。
指先で支える。
掴まない。
押さえない。
撫でるように、支える。
かなり神経を使う。
だが、壊れなかった。
周囲では、少数の戦士たちが覗き込んでいる。
先ほど話した、仕組みで生活を楽にしようとしていた戦士もいた。
他には、器作りを手伝っていた職人寄りの戦士が一人。
多くはない。
魔法銃に興味を持つ戦士は、どうやら少数派らしい。
「それが魔法銃か」
「こんな柔い筒で火が出るのか」
「力を入れたら折れそうだな」
「折れるので、触らないでください」
戦士たちが素直に手を引っ込める。
助かる。
彼らが興味本位で触れば、魔法銃は一瞬で残骸になる。
私は外装を外し、内部構造を確認した。
どうやらロック機能自体は、私が開発した時とあまり変わっていない。
外部からの解析や分解を阻害する仕組み。
他国に渡した魔法銃を、勝手に調べられないようにするためのものだ。
まあ、私が死んでいるのだから、理知帝国側で他国に情報が漏れでもしない限り、変える必要は薄いか。
構造を確認していく。
基本的な仕組みは変わっていなかった。
弾にあらかじめ魔法を込め、封じ込める。
魔法銃側でそれを射出する。
一定距離、または衝突によって魔法を解放する。
魔法を誰にでも扱える形に落とし込む。
私が作った思想は、そのまま残っている。
腹立たしい。
だが、変わっている点もいくつかあった。
その中でも一番大きいのは、弾の使用期限だ。
「……使用期限?」
私は弾を慎重に眺めた。
私が作っていた頃にはなかったものだ。
だが、後付けで加えたように見える。
魔法を封じた部分に、時間経過で崩れる仕組みが組み込まれている。
なるほど。
どおりで他国にも魔法銃を渡しているわけだ。
相手国が歯向かってきたとしても、弾を生産できないなら脅威は限られる。
一定の期間を過ぎれば使えなくなる。
継続的に弾を買わせることもできる。
武器で縛る。
消耗品で縛る。
理知帝国らしいやり方だ。
魔法銃という力を与えているようで、実際には首輪をつけている。
他国は武力を得たと思い込む。
だが、弾がなければただの筒だ。
いや、剛力王国の戦士なら、その筒で殴った方が早いかもしれない。
もちろん、すぐ壊れるだろうが。
私は弾を戻しながら、息を吐いた。
ここまで変更が加えられているということは、すでに発展形が考えられていてもおかしくない。
というか、理知帝国がこれで終わりだと考える方がおかしい。
これは他国に配る用の劣化版だ。
理知帝国本国には、もっと新しいものがある。
そう見た方がいい。
理知帝国本土との戦いでは、境嶺国を攻めた時のように、悠長に真正面から力を誇示して戦うのはやめた方が良さそうだ。
もちろん、戦士たちなら多少の攻撃は耐える。
だが、相手は私の知っている国だ。
準備する。
分析する。
罠を張る。
こちらが正面から来るとわかれば、それに合わせて対策を置く。
だから、理知帝国本土では、見せる戦ではなく、潰す戦に切り替える必要がある。
そう結論付けた時、視線に気づいた。
魔法銃の解体に興味を持っている少数の戦士たちの中に、烈真がいた。
腕を組み、黙ってこちらを見ている。
その目は、単なる好奇心だけではなかった。
魔法銃そのものをどう見るべきか。
そう考えているようにも見えた。
私はふと、聞きたくなった。
剛力王国でも上位の実力者である烈真は、この武器をどう見るのか。
「魔法銃も力ではありますが、烈真は魔法銃についてどう思っていますか?」
意見を求められるとは思っていなかったのか、烈真は少しだけ考え込んだ。
そして、ゆっくり口を開いた。
「確かに力ではある」
烈真は魔法銃を見た。
「実際に戦士ではない人間にとっては脅威ではあるし、ある程度の魔物には使えるとは思う」
「はい」
「だが、この力には意思がない」
「意思がない?」
聞き返すと、烈真は頷いた。
「この武器は、戦士のように肉体を鍛え、精神を鍛えた結果として身につくものではない。渡されて、使い方さえ知れば子供でも使えるのだろう?」
「……そうですね」
そのために作った。
魔法を才能や訓練から切り離す。
誰でも扱える兵器にする。
それが魔法銃だ。
前世の私は、それを成果だと思っていた。
「痛みも積み重ねもなく、心が育っていない者に力を与えたらどうなるか」
烈真は静かに言った。
「結果が、いきなり宣戦布告もなく襲ってきたこの国だ」
私は黙った。
意思がない。
そういうことか。
力だけがある。
それを持つ者の心が育っていない。
痛みを知らない。
積み重ねを知らない。
力を得る重さを知らない。
だから、簡単に振るう。
自分より弱いと思った相手へ向ける。
戦士のいない村へ向ける。
子供や老人へ向ける。
なるほど。
確かに、誰でも扱える力は危ない。
理知帝国自身は、自分たちは制御できると思っているのだろう。
制度で。
規格で。
契約で。
補給で。
弾の使用期限で。
だが、それがどこまで本当に制御できるのか。
境嶺国の兵たちは、魔法銃を得て気が大きくなっていた。
狩る側になったつもりでいた。
その結果、剛力王国の村を焼いた。
私にとっても、これは残しておくと害にしかならない。
降伏させるだけでは足りない。
生産設備も潰して回った方がいい。
弾の製造施設。
魔法銃の工房。
保管庫。
輸送路。
それらを放置すれば、また同じことが起こる。
なんなら、戦士を常駐させるか、一定のタイミングで回って壊して回ることも考えた方がいい。
力を奪う。
いや、違う。
意思のない力が、勝手にばら撒かれないようにする。
それは、前世で魔法銃を作った私が考えなければならないことなのかもしれない。
自分の成果が奪われ、歪められ、他国に配られ、今世の村を焼いた。
なら、その後始末も私がつける。
私は解体した魔法銃を見た。
細い金属の筒。
魔法を封じた弾。
誰でも撃てる武器。
前世の私が求めた合理。
それを見つめながら、私は思う。
最も合理的な答えは、もしかすると本当に筋肉だったのかもしれない。




