第34話 戦士の器
話を終え、私は戦士たちの元へ戻った。
境嶺国は降伏した。
こちらの要求も呑ませた。
周辺国へ使者を出させることも決まった。
あとは、こちらの戦士をどう動かすかだ。
「話は終わりました」
私がそう言うと、近くにいた戦士たちの視線が集まる。
私は先ほどのやり取りを説明した。
境嶺国が全面降伏したこと。
周辺国へ使者を出させること。
理知帝国の属国となっている国には降伏を呼びかけさせること。
そうでない国にも、剛力王国に逆らわないよう伝えさせること。
そして、この戦が終わるまで、各国に戦士を残して力を刻むこと。
「今後は、周辺国に使者を出した後、理知帝国の属国となっている国には長三人と戦士八人前後を向かわせるつもりです」
私は続けた。
「そうでない国には、長一人と戦士三、四人ほどで十分でしょう。理知帝国との戦いが終わるまでは、その国で戦士の力を刻んでください」
長たちが頷く。
反対はない。
剛力王国以外の国にとっては、長一人と戦士数人でも過剰に近いのだろう。
普通の国からすれば、悪夢のような話だ。
長が来る。
戦士が来る。
それだけで、国の命運が決まる。
「残りの戦士たちは、私と共に理知帝国に面している商流国へ向かってもらいます」
商流国。
理知帝国と接する国の一つ。
名前の通り、交易の流れを握っている国だ。
あそこを通れば、理知帝国は近い。
「そのまま、理知帝国を潰す予定です」
口に出しても、不思議と震えはなかった。
前世の私なら、理知帝国を潰すなど、考えることすらできなかった。
制度。
金。
規格。
情報。
魔法技術。
すべてを使って他国を絡め取る帝国。
その中で私は出世しようとして、成果を奪われ、殺された。
だが今は違う。
私の後ろには剛力王国の戦士たちがいる。
そして、私はその頭を張る立場になっている。
人生というのは、どこでどう狂うかわからない。
いや、一度死んでいるので、狂うどころの話ではないが。
使者が各国へ向かい、連絡を行うまでには時間がある。
戦士の移動ではない。
普通の使者の移動だ。
なら、その分の時間は当然かかる。
その間、私は戦い以外のことも学ぶことにした。
これまでの私は、理知帝国への脅威に意識を向けすぎていた。
強くなること。
戦うこと。
村長になること。
理知帝国に備えること。
そればかりだった。
だが、現実的に理知帝国を倒せるという確信が持てたことで、少しだけ心に余裕ができた。
油断するつもりはない。
理知帝国は必ず何かをしてくる。
魔法銃の改良もあるだろう。
別の兵器もあるかもしれない。
それでも、ただ恐れていた頃とは違う。
だからこそ、今まで見落としていた剛力王国の技術にも目を向ける。
まず向かったのは、器を作っている戦士たちのところだった。
武隆を中心に、数人の戦士が木材を並べている。
宴の準備だ。
だが、作っているのは料理ではない。
器である。
「私も手伝わせてください」
そう言うと、武隆がこちらを見た。
「どうやって作るか知っているのか?」
「父からは、筋肉で圧縮すると聞いています」
武隆は、お前は何を言っているんだ、という顔をした。
そして、少し考えた後、何かに思い至ったように頷いた。
たぶん、父のことを思い出したのだろう。
「まあ、剛力羅ならそう言うだろうな」
武隆は木材を手に取った。
「力で木などを圧縮して作る。だが、ただ力を込めればいいわけではない。見ていろ」
武隆が木材を両手で挟む。
「このように、単に木に力を込めただけだと……」
木が軋んだ。
密度が高まっていく。
だが、途中で形が歪み、ばきりと崩れた。
「こうなる」
「なるほど」
力が一方向に加わりすぎている。
潰すだけならそれでいい。
だが、板にするなら違う。
密度を高めながら、形を保たなければならない。
「だから、一方から潰すだけでは駄目だ」
武隆は次の木材を手に取った。
「包み込むように、あらゆる方向から負荷をかける。力を逃がす場所を潰し、壊れないように形を整える」
今度は木が崩れなかった。
ぎしぎしと音を立てながら圧縮されていく。
色が濃くなり、厚みが減り、硬そうな一枚の板になった。
「こうすれば、戦士が持っても壊れない板になる。これを複数組み合わせて器を作る」
「……なるほど」
私は思わず唸った。
ただの器だと思っていた。
今まで食卓に並んでいたものだ。
四角い皿。
四角い器。
深さのある箱のような椀。
それらを、剛力王国の人間はそういう文化だから使っているのだと思っていた。
違った。
作り方がこれだからだ。
圧縮した板を組み合わせる。
だから、丸い皿や薄い椀ではなく、板を合わせた四角い形になる。
そういうことか。
前世の理知帝国なら、木を削り、焼き物を作り、金属を成形し、見た目も機能も整える。
だが剛力王国では、まず壊れないことが大前提になる。
戦士が持っても砕けない。
戦士が置いても割れない。
戦士がうっかり力を入れても耐える。
そのために、素材からして違う。
食器一つ取っても、この国はこの国なりの理屈でできている。
今まで私は、それをただの習慣として見過ごしていたのだ。
「やってみろ」
武隆が木材を渡してくる。
私は受け取り、力を込めた。
潰れた。
「力が真っ直ぐすぎる」
「はい」
もう一度。
今度は包み込むように。
上下だけではなく、左右にも、内側にも。
木の流れを意識する。
逃げようとする力を押さえる。
圧縮する。
少し歪んだが、板らしきものになった。
「悪くない。だが、まだ甘いな」
「難しいですね」
「戦いとは違うからな。だが、戦士ならこれくらいできるようになっておいて損はない」
私は頷いた。
戦い以外にも、この国には技術がある。
それは理知帝国のような理論と道具の技術ではない。
肉体を前提にした技術。
外から見れば力任せ。
だが実際には、力が強すぎるからこそ必要になる繊細さがある。
私はこの戦の中で、そういうものも学んでいくことにした。
やがて、境嶺国から酒と食べ物が運ばれてきた。
大きな壺。
樽。
肉。
野菜。
煮込み。
焼いたもの。
量は多い。
だが、そのままでは使えない。
運ばれてきた皿や壺は、境嶺国の人間が使うためのものだ。
戦士が持てば、うっかり割る。
壺の縁を掴んだだけで砕く者もいるだろう。
実際、運んできた境嶺国の者たちは、こちらへ料理を渡す時点で顔を引きつらせていた。
武隆たちは、作った板を組み合わせた器を並べ、そこへ料理や酒を移し替えていく。
煮込みは深めの四角い器へ。
焼いた肉は厚い板皿へ。
酒は圧縮した木で作った大きな箱のような器へ。
境嶺国の器から、戦士に耐えられる器へ。
それだけで、宴の準備がようやく進む。
私はその作業も手伝った。
料理そのものより、器の移し替えに気を遣う。
妙な光景だ。
だが、この国の戦士相手なら必要な作業だった。
さらに、戦士たちの何人かは近くで狩った猛獣の肉を焼いていた。
境嶺国から運ばれてきた肉だけでは足りない。
そもそも、戦士たちはよく食べる。
なら、自分たちで肉を確保するのは当然なのだろう。
焚き火のそばには、焼かれた大きな肉が並んでいる。
そして、その横には、焼かれていない猛獣の頭が置かれていた。
それを見た境嶺国の人間が、ぎょっとした顔で立ち止まる。
「そ、それは……牙裂熊ですか?」
「名前は知らん。向かってきたから肉にした」
戦士の一人が当然のように返した。
境嶺国の人間は、牙裂熊と呼んだ頭を見つめたまま固まっている。
おそらく、この国の人間にとっては、簡単に狩ってくるような相手ではないのだろう。
だが、戦士たちにとっては宴の肉だ。
価値観の差が、頭一つでよくわかる。
そして、宴が始まった。
死んだ村の者たちを送るための宴。
そして、境嶺国を落としたことを示す宴でもある。
この国の料理は、剛力王国のものとは違った。
柔らかい肉。
香りの強い野菜。
手をかけた汁物。
酒もある。
戦士たちは、珍しそうにそれらを口にしていた。
「こっちの肉は柔らかいな。食べやすく育てているのか?」
「味は良い。だが、噛み応えはこっちの獣の方があるな」
「それでも、いつもの肉よりはずっと柔らかいがな」
「酒精も弱いが、味は良いぞ」
料理への感想が多い。
他国の料理を食べる機会は、彼らにも多くないのだろう。
境嶺国から持ってこられた肉は、食べやすく、おいしい形に育てられたものなのだと思う。
柔らかく、臭みも少ない。
一方で、そこらで狩った獣の肉は噛み応えがある。
ただ、それでも剛力王国で普段食べる肉よりは柔らかい。
戦士たちは食べ比べるようにして、感想を言い合っていた。
もちろん、ただ食べて飲むだけで終わるはずがない。
戦士たちの宴だ。
中央では、すでに手合わせが始まっていた。
拳と拳がぶつかる音。
地面が揺れる音。
笑い声。
歓声。
それを肴にして酒を飲む。
弔いの宴でありながら、湿っぽさだけではない。
死者を送る。
怒りを忘れない。
だが、生きている者は食い、飲み、戦う。
それが剛力王国のやり方なのだろう。
私は武隆の近くに腰を下ろした。
彼は静かに酒を飲んでいる。
周囲の戦士たちほど騒いではいない。
それでも、目は中央の戦いを見ていた。
「遺体の方は、取り返しますか?」
私は聞いた。
境嶺国の兵から聞いた話では、亡骸は理知帝国へ運ばれている。
解剖されたかもしれない。
捨てられたかもしれない。
その言葉を聞いた時、私の中にも怒りは湧いた。
村の長である武隆なら、なおさらだろう。
だが、武隆は静かに首を振った。
「肉体はしょせん抜け殻だ」
武隆は酒の入った器を見た。
「魂はここで送る。そんなことは気にしなくていい」
魂。
剛力王国の戦士にとって、重要なのは肉体ではなく、あるかどうかもわからない魂なのか。
そう思いかけて、私は自分のことを思い出した。
前世の記憶を持ったまま、今ここで二度目の人生を送っている。
それを考えれば、肉体は抜け殻だという表現も、おかしくはないのかもしれない。
少なくとも、私には否定できない。
「まあ、冒涜でもしているのであれば話は別だがな」
武隆は少しだけ低い声で言った。
「そこは個々人の心に従えばいいだろう」
気にしなくてもいい。
そう言っている。
だが、心の内では違うのだろう。
何も思わないわけがない。
自分の村の者たちだ。
守るべき者たちだ。
それを奪われた。
しかも、理知帝国へ運ばれた。
怒りがないはずはない。
それでも、ここで送る。
宴を開き、食い、飲み、戦い、魂を送る。
そうやって、次へ進むのだ。
私は器を手に取った。
先ほど自分も作り方を学んだ、戦士に耐える器。
そこに入った酒を、静かに飲んだ。
味は良い。
酒精は、確かに弱い。
そんな感想が浮かんだ自分に、少しだけ苦笑した。
私もだいぶ剛力王国に染まってきたのかもしれない。
――
理知帝国。
整えられた執務室の中で、九条玲央は報告書を読んでいた。
境嶺国が、剛力王国に侵略された。
理知帝国から渡された旧式の魔法銃では歯が立たなかった。
そう記されている。
「へぇ。さすがは、今まで魔物から守っていると豪語する国の人間たちは違うか」
九条玲央は軽く笑った。
「まあ、そうは言っても、しょせんは力頼りの国だ」
そう言いながら、彼は報告書をめくる。
そして、眉をひそめた。
「……この情報を書いた人間は、夢でも見ていたのか?」
てっきり、剛力王国の者たちは身体能力を生かし、闇夜に紛れて襲ったのだと思っていた。
あるいは地形を使った奇襲。
魔法銃の射線を切るような接近。
そういうものを想定していた。
だが、報告書には違うことが書かれていた。
真昼間から歩いて近づいた。
魔法銃の攻撃を受けながら進んだ。
さらに、門を殴り飛ばし、外壁を破壊した。
資料には、その際に身体強化を使っていたとある。
身体強化。
それ自体は想定していた。
剛力王国の人間が、強靭な肉体と異常な身体強化を持つことは、すでにわかっている。
普段、外交や交易で接する剛力王国の人間については、特に異常な身体強化の方が目立っていた。
そして、急いで運ばせた遺体の解剖結果もある。
老人の肉体には、異常な身体強化に特化した器官が確認されていた。
子供にも、それがある程度遺伝している。
個体によっては、肉体的な頑強さや、ある種の耐性のようなものも見て取れた。
想定は外れていない。
剛力王国は、身体強化に極端に寄った国だ。
だが、魔法銃を正面から受けて進むほどとは思っていなかった。
「そこまでの強度は持てないはずだが……」
九条玲央は指先で報告書を叩く。
旧式とはいえ、魔法銃は魔法銃だ。
通常の兵を相手にするなら十分すぎる。
それを正面から受けて進む。
普通に考えればありえない。
だが、報告が複数ある以上、完全な虚偽とも言い切れない。
九条玲央は椅子に背を預けた。
「まあいい。想定以上ではありますが、想定外ではありません」
当初の見立て通り、剛力王国の力の核は身体強化にある。
ただ、その強度と固執の度合いが、こちらの想定より上だっただけだ。
ならば、対策はある。
剛力王国への対策として、身体強化を解除する魔法弾はすでにできている。
身体強化を前提にしている国なら、それを剥がせばいい。
単純な話だ。
もちろん、完全に機能するかは実戦で試す必要がある。
だが、少なくとも何の対策もないわけではない。
「それを渡せば十分だろう」
九条玲央は報告書を置いた。
境嶺国の失敗は痛い。
だが、終わりではない。
剛力王国が動いたというなら、むしろ良い機会でもある。
身体強化解除弾の実戦投入。
それに加えて、新技術も試せる。
大魔法を射出できる魔法大砲。
近づいた相手に自動で起動する魔法地雷。
従来の魔法銃とは違う、対集団、対突破用の兵器。
剛力王国がこの国へ直接来るようであれば、それらの試験場になる。
周辺国へ弾を届けるのが間に合わなかったとしても、それはそれで構わない。
理知帝国本土まで来るなら、そこで潰せばいい。
他の国は、その後に再度攻めればよい。
剛力王国を倒せば、再び自然とこちらに戻ってくるだろう。
国というものは、強い方へ流れる。
境嶺国もそうだった。
他の国も同じだ。
今は恐怖で剛力王国に頭を下げるかもしれない。
だが、理知帝国が剛力王国を破れば、すぐにこちらへ戻る。
その程度のものだ。
九条玲央は穏やかに笑った。
「力頼りの国が、力を失った時、どんな顔をするのか。少し楽しみですね」
報告書の上には、剛力王国の戦士が魔法銃を受けて進んだという記録が残っている。
だが九条玲央は、それを恐怖とは受け取らなかった。
対策すべき情報。
その程度だった。
理知帝国は、相手を知り、仕組みを作り、対処する国だ。
力に固執した国など、いずれ技術で絡め取れる。
九条玲央はそう信じていた。
自分が奪った魔法銃が、今も戦場を変えている。
ならば次も同じだ。
新しい弾。
新しい大砲。
新しい罠。
それらが、剛力王国の戦士を止める。
そのはずだった。




