第33話 化け物の封印
降伏は受け入れた。
門の上にいた人物から、まず降伏する旨を聞いた。
少し遅れて、城からの伝令も来た。
内容は全面降伏。
条件をつける余裕などないと判断したのだろう。
ならば、こちらとしても受け入れるだけだ。
決着はついた。
私は門の上にいる者へ告げた。
「この国の責任者を、門の前に呼んでおけ」
そう言い残し、私は一度、戦士たちのもとへ戻った。
「降伏を受け入れました」
戻ってすぐにそう伝えると、烈真がこちらを見た。
「解放した兵が頑張ったのか、思ったより早く降伏されました」
「見ていたぞ。正面からゆっくり歩いていくとは、私の真似か?」
「参考にさせてもらいました」
「門の飛ばし方も、なかなか悪くなかったぞ」
素直に頭を下げた。
実際、烈真に教わっていなければ、門扉をあの形で飛ばすことはできなかったと思う。
粉々にするだけならできただろう。
だが、今回は恐怖を見せる必要があった。
形を残して飛ばす。
その方が、何が起こったのかがわかりやすい。
「それで、これからどうする?」
烈真が聞く。
「門の所に、この国の責任者を呼ぶように言いました。話はそこでしようかと思っています」
「中に入らんのか」
「あのまま中に入って足を運んでもよかったんですが、呼びつけた方が効果があるかと思いまして」
こちらが相手の城まで出向いて交渉する形ではない。
降伏した側が、こちらの前まで出てくる。
その形を作ること自体に意味がある。
この国が剛力王国の前に頭を下げたのだと、王にも周囲にも見せるためだ。
「戦士たち全員で行くのか?」
「それなりに話に時間がかかると思うんですが、どうしますか? 数人いれば十分かと思うのですが」
私がそう言うと、父が横から口を挟んだ。
「いいんじゃないか? 話だけだと暇だろうし、あの国の中だと宴を開こうにも戦士に耐えられる場所がないだろう?」
「宴?」
私は思わず父を見た。
「まだ戦は始まったばかりですよ?」
「命令したのが理知帝国だったとしても、直接村を焼いたのはこの国だ。それを落としたんだから、あの村の魂を宴で弔ってやらんとな」
父は当然のように言った。
「あと、剛理の初めての国落としの祝いもついでにだ」
「……ついでが重すぎませんか」
「めでたいことは祝えばいい」
剛力王国らしい。
村を焼かれた怒り。
死者への弔い。
敵国を落とした祝い。
それらが宴という形にまとまる。
前世の感覚では理解しづらい。
だが、この国ではそうなのだろう。
「……わかりました。話をする際に、先に酒と食い物を要求しておきます」
「うむ」
父は満足そうに頷いた。
その時、別の戦士が声をかけてきた。
武隆だった。
焼かれた村の長だ。
「こっちで、ある程度ではあるが、戦士に耐えられる器を作っている最中だ。そっちは任せた」
「器、ですか」
「ああ。わが村の者たちの宴だ。ここだと盛大にとはいかんが、遅くなると送る前にこの地からいなくなってしまうかもしれんからな……」
武隆の声は静かだった。
怒りだけではない。
悲しみも、悔しさも、その奥にある。
戦士が使っても壊れない器を用意しているというのも、当然の話だった。
この国の器では、戦士が少し力を入れて持っただけで砕ける。
宴をするなら、まず器から用意しなければならない。
私は頷いた。
「わかりました。そちらはお願いします」
戦士の数は必要ない。
私は烈真と剛力羅だけを連れ、門の前へ戻った。
戻ると、そこには先ほどの兵たちがいた。
さらに、この国の王らしき人物と側近たち。
そして、民衆も集まり始めている。
門の近くにいた兵たちは、顔面蒼白だった。
この場にはいるが、ずっと顔を下にしている。
まあ、先ほどのことを考えればわかる。
魔法銃を撃ち込んでも止まらず、目の前で門を殴り飛ばされたのだ。
まともに顔を上げられなくても不思議ではない。
だが、国王たちまで顔を青くしているのはなぜだろう。
有無を言わさず降伏させられたからか。
剛力王国に降伏したことで、これから何を要求されるか想像しているのか。
まあ、脅威に感じているのであれば問題はない。
「私が境嶺国の王となります。要求を聞きにまいりました」
そこそこ若さの残る男性が、頭を下げた。
境嶺国。
理知帝国と剛力王国の間にある国の一つ。
そして、今回、剛力王国の村を焼いた国。
目の前の男が、その王らしい。
烈真が小さく私へ言った。
「剛理。降伏はさせられたようだが、目的は半分しか達せられていないようだな」
「すみません。思った以上に早く終わったせいで、少し足りなかったようです」
「まあ、これも経験だな!」
父が明るく言う。
その通りなのだろう。
兵や王、側近らしき人物たちは問題ない。
特に兵については、先ほどまでの出来事を体験している。
だが、民衆は違う。
大きな門扉を殴って飛ばしたのはよかった。
ただ、その瞬間を民衆は見ていない。
民衆からすれば、王がいきなり降伏したように見えているのだろう。
門が吹き飛び、兵が騒ぎ、王まで街門の前に出てきた。
何が起きたのかと人が集まるのは当然だ。
そして、自然と集まったからこそ都合がいい。
ここで見せる。
剛力王国に歯向かうという考えが、二度と浮かばないように。
私は一歩前に出た。
そして、民衆たちへ向けて、なぜ私たちが攻めてきたのかを説明した。
この国の兵が、宣戦布告もなく剛力王国の村を焼いたこと。
戦士ではない者まで巻き込んだこと。
すでにこの国から全面降伏すると聞いていること。
そして、こちらの目的の一つに、剛力王国に手を出そうという考えをできなくすることが含まれていること。
言葉はできるだけわかりやすくした。
だが、民衆の反応には反発が混じっている。
想定通りだ。
なら、見せる。
私は声を張った。
「だが、お前たちの態度を見ると、その目的が達成できていないようだ」
ざわめきが走る。
「なので今から、剛力王国の戦士の恐ろしさを見せてやろう。私たちに歯向かうなどという心が目覚めないように、わかりやすくだ!」
民衆の視線がこちらへ集まる。
「もし、これを見てもどうにかなると思えるのなら、この国から手を引いてやろう」
もちろん、引いてやるつもりなどない。
だが、これを見て何とかなると思えるほどお花畑な民衆なのであれば、未来のことを考えれば、降伏という形ではなく一度潰した方がいいだろう。
そうならないことを願う。
兵や国王たちは相変わらず静かだった。
だが、民衆の方からは侮りの声が聞こえる。
「蛮族が」
「馬鹿のくせに」
「こんな奴らに降伏せず戦え」
なるほど。
やはり見せる必要があった。
私は烈真と父を見る。
「外壁に向かって殴って壊してもらえますか。ただし、全部は壊さない程度で」
「任せておけ! 私の筋肉を見せつけてやる!」
父が嬉しそうに胸を張った。
いや、嬉しそうにする場面なのか。
烈真が父を見る。
「剛力羅、壊すのはいいが全部は壊すなよ」
「わかっている!」
本当にわかっているのだろうか。
少し不安だが、任せるしかない。
剛力羅と烈真は、門の近くまで歩いていった。
二人は左右に分かれる。
民衆たちが見ることのできる速度で、ゆっくりと振りかぶる。
壊れた門の横。
街を守るために作られた分厚い外壁。
そこへ、二人の拳が叩き込まれた。
轟音。
地面が揺れる。
空気が震える。
土煙が一気に上がる。
外壁が崩れた。
目算で、左右それぞれ百メートルほどだろうか。
父の方が、烈真より少し長い。
今まで外敵から守るために作られていた分厚い壁が、大きな音と振動と土煙を伴って崩れ落ちたのだ。
「思っていた以上に、この壁は柔らかいな。かなり加減したんだが」
父が崩れた外壁を見て、何でもないことのように言った。
その言葉に、民衆の顔がさらに引きつる。
ただ壊されたのではない。
全力ではない。
手加減されたうえで、自分たちの街を守ってきた壁が柔らかいと言われたのだ。
威圧としては、十分すぎるほど効いていた。
民衆たちは夢でも見ているような顔をしている。
先ほどまでの侮りは消えていた。
そして、それが現実だと認識した瞬間、民衆は逃げ出した。
悲鳴。
混乱。
腰を抜かして動けない者。
崩れた外壁を見つめたまま固まる者。
これで、戦士の力を少しは理解できただろう。
先の戦闘を見ていないはずの国王の顔にも、さらに白さが追加されたように見える。
もともと青かった顔から、血の気が完全に抜けていた。
これなら、今後の話も進めやすいはずだ。
「さて」
私は国王たちの方へ歩いた。
「これでスムーズに話が進められると思うが、これからについて話をしよう」
少し威圧を込めて近づく。
相手は宣戦布告もなく襲ってきた国だ。
こちらが慮る必要はない。
だが、私が一歩近づいた瞬間、目の前の人物はそのまま倒れた。
気絶したらしい。
少々やりすぎたか。
いや、今さらか。
倒れた王を起こそうと、一瞬だけ手を伸ばしかけた。
だが、すぐに止めた。
私の力では、うっかり潰してしまうのではないか。
そう思い至ったからだ。
剛力王国の戦士にとっては軽く支えるつもりでも、他国の人間には十分すぎる。
折れる。
潰れる。
そうなってからでは遅い。
「そちらで王を起こせ」
私は近くの人間に指示した。
側近たちが慌てて王へ駆け寄る。
気付け薬を飲ませ、何人かで支えながら、どうにか目を覚まさせた。
まだ体調は悪そうだ。
だが、待つつもりはない。
国王は大臣たちと共に、こちらの話を聞く体勢になった。
こちらは最初から交渉をするつもりなどない。
聞くか。
滅ぼされるか。
それだけだ。
「まずは宴用の酒と食べ物を、外にいる戦士たちの元に運べ」
私は告げた。
国王が目を瞬かせる。
おそらく、最初の要求がそれだとは思っていなかったのだろう。
「上品めいた料理を用意する必要はない。できるだけ多くだ。先にそれを指示しろ」
国王はすぐに頷いた。
側近らしき人物が慌てて走っていく。
これで外の戦士たちの宴はどうにかなるだろう。
私は話を続ける。
「先に述べたことも含めて、この戦には二つの目的がある」
国王たちが緊張した顔でこちらを見る。
「一つは、理知帝国に鉄槌を食らわせること。まあ、こちらは今すぐにでも向かえば、すぐ叶うような事柄だ」
実際、武力だけなら難しくない。
ただ、それだけでは足りない。
「もう一つが重要でな」
私は国王を見た。
「剛力王国に攻め入ろうとするような考えが湧かないように、周辺の国々に力を見せて落とすつもりだ。それに協力してもらう」
国王の顔が引きつる。
だが、拒む言葉はない。
言えるわけがない。
「具体的には、この国に接している国へ使者を送ってもらう」
私は指を折りながら告げた。
「理知帝国の属国となった国には、剛力王国のことを伝えて降伏するよう呼びかけろ。それが伝えられた後に、戦士を向かわせる」
国王が小さく頷く。
「属国となっていない国にも、このことを伝えろ。そちらには手を出さない。だが信じないようであれば、戦士を向かわせる」
こちらから攻めるつもりはない。
ただし、剛力王国を侮るなら別だ。
見せる。
理解させる。
それでも駄目なら、力で刻む。
「それから、この戦が終わるまでの間、この国は占領状態とする。それぞれの国にも戦士を置いていく。歯向かう気概のある者がいるなら、禁止はしない。襲ってこい」
私は崩れた外壁を見る。
「結果は、先ほど見た通りになるだろうがな」
国王は震える声で答えた。
「……すべて、受け入れます」
当然だ。
呑まない場合は国がなくなり、王でなくなるだけだ。
最初から選択肢はない。
こうして、境嶺国での戦いは終結した。
――
その後、城の会議室で会議が開かれた。
国王は椅子に座り、深く息を吐いた。
「私たちにも理知帝国と事を構えろとか、賠償金を払えとか、生贄を捧げろとか言われるかと思ったが……終わってみれば、求められたのは大したことではなかったな」
大臣が頷く。
「そうですな。こちらがやったことに対しての仕返しとしては、穏便に済んだかと思います」
穏便。
その言葉が正しいのかはわからない。
兵は死んだ。
門は飛んだ。
外壁は崩れた。
城の一部も壊れている。
だが、国が残った以上、穏便と言うしかないのだろう。
「先の村への襲撃も、理知帝国が糸を引いていたということで、実行を行った兵たちの命で相殺する。不足分は理知帝国にぶつけると言われましたし」
「門が玉座の間に降ってきた時に、正直なことを言えば国が終わったと思った」
国王は、その時の轟音と揺れを思い出すように顔をしかめた。
「だが終わってみれば、被害は外壁と城の一部だけで、人的被害は前の敗戦ぐらいだ」
「兵も壁も城も、修復には巨額の金がかかりますがね」
「国が物理的になくなるよりは、はるかに安い」
国王は苦く笑った。
「お前たちの訴えを、少しでも信じてよかった」
そう言われた相手は、大臣たちだけではない。
この会議には、先ほど戦っていた部隊長と、牢屋に放り込まれていた敗残兵も参加していた。
国王は敗残兵たちを見る。
「被害が少しで済んだ……と言っていいのかはわからんが、国が物理的に無くなるよりは大分少なく済んだ」
敗残兵たちは深く頭を下げた。
彼らもまた、安堵しているようだった。
自分たちの訴えが完全に信じられたわけではない。
だが、最悪は避けられた。
それだけで十分なのだろう。
国王は改めて問いかける。
「して、戦いをその目で見たお前たちに聞く。理知帝国と争って、どちらが勝つ?」
沈黙。
やがて、敗残兵の一人が口を開いた。
「……陛下。私たちが言わなくても、ご自分でわかっているのでは?」
「聞いてみただけだ」
国王は目を閉じる。
「あのような者たちが、これまでこちらに手を出してこなかったのが不思議でしょうがない」
大臣が静かに言った。
「推測にはなりますが、単純にいらなかったのでしょうな」
「いらなかった、か」
「はい。剛力王国からすれば、我が国を得る必要も、潰す必要もなかった。ですが今回こちらが手を出したことで、化け物の封印が解かれたということでしょう」
国王は額に手を当てた。
疲れ切った声が漏れる。
「本当に馬鹿なことをしてしまった……我が国も、理知帝国も」
理知帝国に降れば生き残れると思った。
魔法銃を得れば、剛力王国にも強く出られると思った。
だが、現実は違った。
魔法銃を持った兵は、剛力王国の戦士に届かなかった。
国の外壁は、二人の拳で崩された。
門扉は、玉座の間へ降ってきた。
国王は、もう一度深く息を吐く。
「すぐに周辺国への使者を出せ。剛力王国に逆らうなと、できる限り強く伝えろ」
「承知しました」
「それと、酒と食べ物も急がせろ。ここで機嫌を損ねれば、宴の前に国がなくなるかもしれん」
「そちらも急がせております」
会議は慌ただしく動き出した。
誰もが理解していた。
これは敗北だ。
だが、最悪の敗北ではない。
国は残った。
民も残った。
王もまだ王座にいる。
ならば、まだやれることはある。
剛力王国の下で、理知帝国がどうなるかを見届けること。
そして、その後も国を残すこと。
それが、境嶺国に残された道だった。
国王は天井を見上げた。
修理すべき城。
補充すべき兵。
説明すべき民。
差し出すべき酒と食べ物。
やるべきことは山ほどある。
だが、国はまだある。
それだけは、間違いなく救いだった。
これは夢ではない。
痛みも、恐怖も、屈辱もある。
だが、現実だからこそ、まだ生き残る道もあるのだ。




