第32話 夢が現実になる日
一日が経過した。
その間、私たちが何をしていたかと言えば、待っていた。
相手国が降伏を決めるか。
それとも、剛力王国の戦士を相手にできるという夢を見続けるか。
その答えを待っていた。
ただ、待つだけというのも暇だったので、私は烈真に一つ頼み込んだ。
「先日の、壁を弾のように飛ばした技を教えていただけませんか」
烈真は少しだけ意外そうに私を見た。
そして、笑った。
「いいぞ。戦士なら、あれくらい柔い壁は弾にできるようになっておいた方がいい」
あれくらい柔い壁。
理知帝国基準で見れば、拠点の壁として十分な硬さはあったはずだ。
だが、剛力王国の長順五からすれば柔いらしい。
いや、もうその辺りの認識をいちいち理知帝国基準に戻すのはやめよう。
この国の戦士はおかしい。
そのおかしさを使いこなせなければ、私はこの戦の頭など張れない。
烈真の教え方は雑だった。
だが、わかりにくくはなかった。
「ただ殴って砕くんじゃない。押し込む場所を決めろ。崩す方向を決めろ。弾にするなら、壊すんじゃなく飛ばせ」
言っていることは、意外にも理屈があった。
いや、当然か。
剛力王国の戦士は力任せに見えるが、上に行くほど技術がある。
ただ、その技術があまりにも肉体前提なので、外から見ると力任せにしか見えないだけだ。
私は近くの岩や倒木を使い、烈真の真似をした。
最初は砕けた。
次は変な方向へ飛んだ。
その次は飛ぶ前に粉々になった。
近くの山肌に穴が増えていく。
練習台にされた山には申し訳ないが、こちらも戦争中だ。
許してほしい。
何度も試すうちに、少しずつ感覚が掴めてきた。
力を入れすぎれば砕ける。
弱すぎれば飛ばない。
壊れる寸前の形を保ったまま、力の流れを通して押し出す。
剛力王国の鍛錬にしては、かなり繊細だった。
いや、繊細という言葉を使っていいのかはわからない。
なにしろ、結果として山に穴が空いている。
他の戦士たちは、それぞれ好きに過ごしていた。
近くの野草を採り、肉を狩り、水を補給する。
手が空いている戦士たちは鍛錬をしている。
これだけ強い戦士が集まっているのだ。
やることなど、言わなくても決まっているらしい。
暇なら鍛える。
剛力王国らしい。
父も鍛錬していた。
傍目で見て、改めてわかった。
父は本当に強くなっている。
昔は長の中位くらいだと言っていた。
今は、中の上から上の下くらいまではあるように見える。
母に抜かれたからといって、父が弱くなったわけではない。
父もまた、強くなっていたのだ。
近くを馬車がいくつか通っていった。
商人か。
連絡役か。
避難する者か。
わからない。
だが、私たちには関係ない。
攻撃してくるなら別だが、ただ通るだけなら放っておけばいい。
寝床は地面だった。
布を敷く者もいるが、そのまま寝る者も多い。
私もそのまま横になった。
不自由はなかった。
前世の私なら、石が痛いだの、虫が気になるだの、体が休まらないだのと思っただろう。
今の私は、地面でも普通に眠れる。
人間、慣れるものだ。
いや、慣れていいのかは少し疑問だ。
そして、一日が過ぎた。
「さてと……どの時点で降伏されるのだろうな?」
私は今、一人で捕虜を解放した国の前にいた。
正確には、王の住む城がある街の前だ。
なぜ一人なのか。
烈真に言われたからだ。
「経験だ。一人でやってみろ」
雑だ。
実に雑だ。
ただ、断る理由もなかった。
すでに捕虜を使者として放ち、お膳立てはしてある。
相手が愚かでなければ、国が完全に崩壊する前に降伏してくれることだろう。
問題は、捕虜たちがうまく伝えられたかどうかだ。
理知帝国の知識がある私の常識からすれば、一日で上層部につながりをつけ、国を降伏させるなど、かなり難しい。
地位が高い人間でもなければ、門前払いされてもおかしくない。
だが、それは理知帝国の国であれば、の話だ。
理知帝国でも剛力王国でもないこの国が、どういう仕組みになっているのかは知らない。
正直、興味もない。
それに、愚かな人間であれば、どのみち省みることもないだろう。
そのまま国ごと沈んで、せいぜい剛力王国の威を示した最初の国として名前を刻んでくれ。
悪いが、私は博愛主義ではない。
門の近くまで行くと、魔法銃を構えた兵たちがいた。
ほう。
少なくとも、私たちが来るという話自体は伝わっているらしい。
なら、使者としての役目はある程度果たしたということだ。
私は足を止め、大きく息を吸った。
そして、門の上にいる兵たちへ届くように声を張る。
「私の名は、剛力王国の剛理だ!」
周囲の兵たちがざわつく。
「先に降伏勧告を行ったはずだが、結論は出たか?」
魔法銃は構えられたままだった。
こちらへ向けられた銃口。
兵たちの緊張。
そして、どこかに混じる侮り。
門の上から、一人の男が声を返した。
「王からは、夢が現実にでもなったら降伏しろと、訳のわからないことを通達されたさ」
夢が現実に。
なるほど。
捕虜たちの話は、夢物語扱いされたらしい。
「だが、どうやら私たちはまだ夢を見ていないようでな。これ以上近づくと交戦の意思ありとして撃つ。よく考えて近づけ」
なるほど。
まだ現実を見ていない。
なら、見せるしかない。
「夢が現実に、か」
私は小さく呟いた。
「わかった。そちらが望むなら、夢を見せてやろう」
私は歩き出した。
烈真の真似だ。
走らない。
避けない。
堂々と、真正面から歩く。
門の上がざわつく。
兵たちが銃口を向ける。
距離が縮まる。
「交戦の意思を確認した! お前ら撃て!」
声が響いた。
次の瞬間、魔法銃が一斉に火を噴いた。
いや、火だけではなかった。
炎。
氷塊。
土塊。
風の刃らしきもの。
複数の属性が混じっている。
先日の拠点で見たものより種類が多い。
この国に渡された魔法銃にも、いくつかの弾があるらしい。
私は身体強化を巡らせた。
万が一にも傷を負うと困る。
烈真は問題ないと言っていた。
実際、今の私なら身体強化なしでも大したダメージはなさそうだ。
だが、ここで油断して傷を負えば間抜けすぎる。
身体強化は切り札だが、見せ札として使うくらいは構わない。
炎が弾ける。
氷が砕ける。
土塊がぶつかり、粉々になる。
服に埃がつく。
風が頬を撫でる。
その程度だった。
私は歩みを止めなかった。
門の前まで来る。
兵たちはまだ撃っている。
だが、声に焦りが混じり始めていた。
どうやら、これでもまだ夢だと思っていないらしい。
なら、もう少しわかりやすくしよう。
門扉の前で、私は腕を下げた。
壊しすぎては意味がない。
粉々にするのではなく、形を残して飛ばす。
烈真に教わったばかりの技。
早速使う機会が来るとは思わなかった。
私は両開きの門の片側へ拳を当てた。
力を通す。
壊すのではなく、押し出す。
形を保たせたまま、弾にする。
次の瞬間、片側の巨大な門扉が蝶番ごと吹き飛んだ。
轟音。
街の入口を閉ざしていたはずの重い扉板が、原型をとどめたまま空へ飛ぶ。
門の上の兵たちが固まる。
魔法銃の音が止まった。
私は振り返り、指示を出していた人物を見る。
「これで夢は見られたか?」
声は静かに出した。
「それとも、まだ現実だとでも思うか?」
兵たちは、手にしていた魔法銃を落とした。
一人。
また一人。
金属の筒が石畳に転がる音が響く。
そして、兵たちは両手を上げた。
降参の合図。
こうして、畏怖とともに最初の一国を落とし終えた。
――
剛理の殴り飛ばした片側の門扉は、原型をとどめたまま飛んでいった。
ただし、剛理自身はそれがどこに向かうかなど考えていなかった。
うまく原型をとどめながら殴り飛ばせた。
その時点で満足していたからだ。
そして、その門扉が向かった先では。
「敗残兵の話が本当であれば、今日攻めてくるはずだが……いつ頃来るんだろうな」
国王は玉座に座りながら、疲れた声で呟いた。
「昨日のこと自体が夢だったというのが理想なんだが」
隣に控える大臣が、静かに返す。
「夢を見ないで現実を見てください。負けて逃げ帰ったのは、私たちも確認しています」
「それはそうだがな」
国王は深く息を吐いた。
「一晩寝て思ったんだが、いくら何でも誇張が過ぎるとは思わないか?」
「と、言いますと」
「今までも、魔物の素材を供給してもらった際に、剛力王国の者たちを見たことはある。確かに人間離れした強さはあった。だが、そこまで理外の化け物のようには見えなかったぞ?」
国王の言葉に、大臣も少し考えるように目を伏せた。
「そうですね。こちらが高圧的に接するとすぐに殴ってくる無法者ではありましたが、そこまで常軌を逸したようには見えませんでした」
「やはり敗残兵の夢――」
国王がそう言いかけた時だった。
轟音が響いた。
何かが空を裂くような音。
直後、王座のある広間が大きく揺れた。
「なっ……!?」
国王の体が玉座から投げ出される。
大臣も側近も護衛も、まともに立っていられず床に倒れ込んだ。
床が砕ける音。
石片が飛ぶ音。
重い何かが広間に落ちた音。
しばらく、誰も動けなかった。
最初に身を起こしたのは大臣だった。
大臣は痛みに顔を歪めながら、広間の中央へ目を向ける。
そこにあったのは、巨大な門扉だった。
本来であれば、街へ入るための両開きの門に取りつけられている、その片側の門扉。
それが原型をとどめたまま、王の広間に落ちてきていた。
国王も床に手をつきながら起き上がり、それを見た。
目を大きく開いたまま、言葉を失う。
門扉。
なぜ。
ここに。
誰も理解できない。
しばらくして、国王はゆっくりと自分の頬をつねった。
大臣も同じように頬をつねる。
痛い。
夢ではない。
大臣が乾いた笑い声を漏らした。
「ハハハハハ……夢が現実になりましたね、国王様」
国王の顔色が変わった。
青くなるどころではない。
血の気が抜けている。
「……通達を急げ!」
国王は叫んだ。
「今すぐにだ! 無条件降伏で構わん! 誰でも構わんから早くやれ!」
広間の者たちが弾かれたように動き出す。
「国が本当に物理的になくなる!!」
その叫びは、王としての威厳よりも、生き残るための本能に近かった。
敗残兵の夢物語。
そう思っていたものは、門扉となって王座の前に落ちてきた。
国王は理解した。
剛力王国は来た。
そして、まだ街を壊していないだけなのだと。
その頃、街門の前では、魔法銃を手放した兵たちが両手を上げ続けていた。
剛理は、飛ばした門扉の行方など知らないまま、静かに降伏の返答を待っていた。




