表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/46

第31話 夢物語の降伏勧告

 方針は決まった。


 理知帝国までの国々に、剛力王国の威を見せる。


 降伏させる。


 この戦が終わるまで戦士を残し、剛力王国を相手にすること自体を思いつかせない。


 そのために、まず使うものがあった。


 捕虜だ。


 尋問で必要な情報を吐いた者たちを、相手国の近くまで連れていく。


 そして、解放する。


 もちろん、人道的な理由ではない。


 使者代わりだ。


「今からお前たちの国を攻めに行く」


 私は、捕虜たちにそう告げた。


「降伏したければ、早めに降伏するよう説得しておけ」


 捕虜たちは、青ざめた顔でこちらを見ていた。


 さっきまでの尋問で、彼らは剛力王国の戦士がどういうものかを理解している。


 烈真が魔法銃の炎を正面から受けて歩いた。


 拠点の壁を殴り、壁そのものを弾にして兵を潰した。


 そして、煽った上官は壁の染みになった。


 あれを見れば、普通の人間なら考えを改める。


 改めなければ、たぶん人間ではない。


「こちらとしては、物理的にお前たちの国を潰すのも大して労力は変わらない。剛力王国の威を見せつけるには、むしろちょうどいい」


 捕虜の一人が喉を鳴らした。


「だから、どちらでも好きにするがいい」


 私は続けた。


「一日だけ待ってやる」


 それが、こちらから出す降伏勧告だった。


 紙の文書も、飾り立てた言葉もない。


 口頭で十分だ。


 なぜなら、こちらはお願いをしているわけではない。


 降伏するか。


 潰されるか。


 選ばせているだけなのだから。


 捕虜たちは、逃げるように自国へ向かって走っていった。


 ――


 私たちは、蛮族たちに自分の国の近くまで連れていかれ、そこで解放された。


 解放。


 言葉だけなら助かったように聞こえる。


 だが、実際は違う。


 私たちは、これから自分の国を存続させるために、降伏を勧めなければならない。


 降伏しなければ、降伏するまで国を壊していく。


 そう言われたからだ。


 あれは脅しではない。


 夢想でもない。


 実現可能で、すぐに現実になることだった。


 あいつらは蛮族なんかではない。


 化け物だ。


 決して、蛮族などという人間の範囲に含めていいものではない。


 魔法銃を何発も重ねて撃たれて、傷一つついていない。


 そんなものが人間であるはずがない。


 単発でも、本来なら炎で焼かれて死ぬ。


 まして、重ね撃ちだ。


 魔法の相乗強化で、威力も破壊力も大幅に上がる。


 跡形もなく消滅させるくらいの威力があったはずだ。


 それが、生きている。


 どころか、着ている服が少し焦げた程度。


 どういう理屈だ。


 何がどうなれば、あんなものになる。


 負けて捕虜になった時、私たちはこのまま痛めつけられて殺されるのだと思っていた。


 尋問が始まった時も、少しでも自分たちの価値を残すため、のらりくらりとかわそうとした。


 だが、あれは無理だった。


 亡骸について質問を受けた時だ。


 よりにもよって、私たちの上官が口を開いた。


 もう生きて帰れないと自暴自棄になったのか。


 それとも、負けた腹いせだったのか。


 今となっては、どちらでもいい。


 ただ、馬鹿だった。


「ふん、亡骸はすでに理知帝国に運んだ。子供や老人ばかりで使えないなと嫌味を言われたよ。どうせなら、少しでも使える大人の死体を持ってこいと返事があった。今頃、解剖でもされてそこらに捨てられているんだろうな!」


 私たちは、全員で青ざめた。


 やめろ。


 馬鹿。


 煽るな。


 相手を見ろ。


 そう思った。


 だが、上官は止まらなかった。


「私たちに勝ったところで、後ろには理知帝国がいるんだ! お前らなんて理知帝国に殺されて終わるオチだ! ざまあみろ!」


 次の瞬間、上官は消えた。


 死んだ、ではない。


 文字通り、この世から跡形もなく消えた。


 いや、跡は残った。


 壁の染みとして。


 それは一瞬だった。


 瞬きをする間の出来事だった。


 誰が何をしたのか、見えなかった。


 ただ、上官だったものが、壁に残っていた。


 その時点で、私は納得した。


 この国に勝つことはできない。


 魔法銃が当たっても死なない相手だった。


 だが、あれを見る限り、当たったのはわざとだ。


 見せつけるために受けたのだ。


 理知帝国の最新の銃が、さらに強力だったとしよう。


 だが、一瞬で人間を消す速度が出せる存在に、それを当てられるのか。


 結論は不可能だ。


 しかも、それを行ったのは、先駆けてきた化け物ではない。


 つまり、ああいう化け物が複数いる。


 私たちは百人ほどの戦士を見た。


 だが、実際に戦いに参加したのはさらに少数だった。


 それで十分だと思われたのだろう。


 実際、少数でも過剰だった。


 この国に勝てる国など存在しない。


 だから、私たちは持っている情報をすべて吐いた。


 そして、降伏させてくれと頼んだ。


 生き残るには、それしかなかった。


 私たちは国へ戻ると、あらゆる手段を講じた。


 本来なら会うまでに時間のかかる手順も飛ばした。


 門番にすがり、役人に怒鳴られ、責任者に土下座し、最後にはほとんど半狂乱で「国が滅ぶ」と叫んだ。


 その結果、私たちは国王と上層部の集まる場へ通された。


 通された、というより、厄介者として放り込まれたに近いかもしれない。


 だが、会えたなら何でもいい。


 私たちは、すべてを話した。


 剛力王国の戦士が、魔法銃の炎を受けても止まらなかったこと。


 壁を殴って拠点を壊したこと。


 兵がまるで相手にならなかったこと。


 上官が一瞬で壁の染みになったこと。


 そして、剛力王国が一日だけ待つと言っていること。


 降伏しなければ、国が物理的になくなること。


 だが、国王の顔は険しかった。


「敗戦の責任を取りたくないからと、そんな荒唐無稽なことを本当に信じてもらえると思っているのか?」


 玉座の上から、国王が冷たく言った。


「私の時間は、お前たちにいくらでも恵んでやれるほど無限ではないんだぞ。私を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 当然の反応だったのかもしれない。


 私たちの話は、現実味がなさすぎる。


 魔法銃が効かない人間。


 壁を殴って弾にする戦士。


 一瞬で人間を染みに変える化け物。


 国が一日で物理的になくなる。


 自分で聞いても、狂人の妄言に聞こえる。


 だが、事実なのだ。


「本当なんです!」


 私は叫んだ。


「すぐに剛力王国に降伏してください! この国がなくなります! 負けるとかではなく、一日もかからず物理的になくなるのです!」


 周囲の大臣たちがざわめく。


 それでも、止まれなかった。


「私が、私たちが夢物語を語っているように聞こえるのはわかります! ですが事実なんです! 少しでも違っていれば、首を切ってくれてかまいません!」


 私は床に頭をこすりつけた。


「なんなら、ここで証明のために私たちの首を切ってもらってもかまいません! ですから、何卒すぐに降伏するよう通達してください!」


 死にたくはない。


 だが、それでも言った。


 今ここで私たちが死んだとしても、国が残るならまだいい。


 降伏しないまま剛力王国が来れば、もっと多くの者が死ぬ。


 国王はしばらく黙った。


 そして、隣に立つ大臣へ視線を向ける。


「……大臣、どう思う?」


 大臣は眉間に皺を寄せた。


「聞いている限りでは、どう考えても敗戦で精神を病んでいるようにしか見えません」


 その言葉に、私たちの背筋が冷えた。


「言っている内容とは異なり、剛力王国の知恵者などがこのような工作を行った、という方がまだ真実味があります」


「そうとしか思えんよな」


 国王は深く息を吐いた。


「理知帝国に降伏した際は、国を売ったのかなどと言われた王座だ」


 低い声だった。


 だが、怒りだけではない。


 苦い記憶を噛みしめるような声だった。


「だが、私はあの時、理知帝国の上層部と話す機会を得ていた。その席で魔法銃のことを知り、実際にその力も見た」


 国王の表情がわずかに険しくなる。


「あれは本物だった。従来の兵で正面から抗うには、あまりに分が悪い。だから頭を下げた。結果として魔法銃が渡され、今では賢王などと呼ばれている」


 国王は、床に額をつける私たちを見た。


「だが、今回の話は違う。お前たちの言葉だけだ。魔法銃が効かない人間。壁を殴って拠点を壊す戦士。一日で国が物理的になくなる。そんな話を、この目で見もせずに信じろと言われても、すぐに結論は出せん」


 兵たちの顔が絶望に染まる。


 私も同じだった。


 国王の言っていることはわかる。


 理知帝国の時、国王は実物を見た。


 だから決断できた。


 今回は、私たちの言葉しかない。


 それも、普通なら妄言としか思えない言葉だ。


 だが、だからといって待てば終わる。


 あいつらは来る。


 必ず来る。


「今の情報だけでは結論を出せん。少し様子を見る。それからでも遅くはあるまい」


「陛下!」


 私は思わず叫んだ。


 遅い。


 遅くなる。


 あいつらは一日だけ待つと言った。


 様子を見る時間などない。


 だが、近衛に肩を掴まれた。


 これ以上声を上げれば、その場で斬られる。


 大臣が静かに頭を下げた。


「承知しました」


 私たちの思いは通じなかった。


 現実味がなさすぎたのだ。


 その後、私たちは牢へ入れられた。


 本来の手順を飛ばして謁見したのだから、それ自体は仕方ないのかもしれない。


 だが、鉄格子の向こうで、私は膝を抱えた。


 終わった。


 この国は、たぶん終わる。


 そう思うしかなかった。


 ――


 国王は、兵たちが連れていかれた後も、しばらく黙っていた。


 広間には、大臣と数人の側近だけが残っている。


 先ほどの者たちの話を、国王は正直信用できなかった。


 魔法銃が通じない。


 剛力王国が一日で国を物理的に潰す。


 どう考えても夢物語だ。


 敗残兵が恐怖でおかしくなった。


 あるいは、剛力王国の工作。


 そう考える方が、まだ自然だった。


 だが。


 結論を告げた後の、あの者たちの反応。


 あれは演技には見えなかった。


 国王は静かに口を開いた。


「先ほどの奴らの話、正直信用することはできなかった」


「はい」


「理知帝国の時は違った。上層部とつながりを作り、実物を見たうえで判断した。だから降伏できた。だが今回は、敗残兵の言葉だけだ」


 国王は深く息を吐いた。


「それでも、結論を出した後の奴らの反応を見る限り、最悪の想定はしておいた方がいい」


「としますと?」


「一応、通達を出しておけ」


 国王は、苦々しい顔で言った。


「夢物語のような出来事があったら、剛力王国にすぐさま降伏しろと」


 大臣が少し目を細めた。


「よろしいので?」


「ああ」


 国王は玉座の肘掛けに手を置いた。


「すでに理知帝国には降伏して属国になっておる。どちらの属国になろうが、生き残った方が民のためだろう?」


 それは、王としての見栄ではなく、現実の判断だった。


 理知帝国に降った時もそうだった。


 勝てない相手には降る。


 国を残す。


 民を残す。


 罵られても、後で賢王と呼ばれるならそれでいい。


 だが、今回は違うかもしれない。


 読み違えれば、国そのものが消える。


「承知しました。苦労なさいますね」


 大臣が静かに頭を下げる。


 国王は深くため息をついた。


「本当に、なんで私が王になった時に限って、こんなことになるのか……」


 その声は、王というより、一人の疲れた男のものだった。


 理知帝国に降れば、剛力王国が来る。


 剛力王国に降れば、理知帝国がどう動くかわからない。


 どちらを選んでも苦しい。


 だが、選ばなければならない。


 国王は、もう一度大臣へ命じた。


「急げ。通達だけは今すぐに出せ」


「はっ」


 大臣が去る。


 国王は、玉座に背を預けた。


 敗残兵の妄言。


 そう切り捨てられれば、どれほど楽だったか。


 だが、王というものは、楽な方だけを見ていればよい立場ではない。


 ありえない話でも、ありえた時に国が滅ぶなら備えるしかない。


 そして、夜が明ける頃。


 剛力王国の戦士たちは、約束の一日が過ぎるのを待っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ