第31話 夢物語の降伏勧告
方針は決まった。
理知帝国までの国々に、剛力王国の威を見せる。
降伏させる。
この戦が終わるまで戦士を残し、剛力王国を相手にすること自体を思いつかせない。
そのために、まず使うものがあった。
捕虜だ。
尋問で必要な情報を吐いた者たちを、相手国の近くまで連れていく。
そして、解放する。
もちろん、人道的な理由ではない。
使者代わりだ。
「今からお前たちの国を攻めに行く」
私は、捕虜たちにそう告げた。
「降伏したければ、早めに降伏するよう説得しておけ」
捕虜たちは、青ざめた顔でこちらを見ていた。
さっきまでの尋問で、彼らは剛力王国の戦士がどういうものかを理解している。
烈真が魔法銃の炎を正面から受けて歩いた。
拠点の壁を殴り、壁そのものを弾にして兵を潰した。
そして、煽った上官は壁の染みになった。
あれを見れば、普通の人間なら考えを改める。
改めなければ、たぶん人間ではない。
「こちらとしては、物理的にお前たちの国を潰すのも大して労力は変わらない。剛力王国の威を見せつけるには、むしろちょうどいい」
捕虜の一人が喉を鳴らした。
「だから、どちらでも好きにするがいい」
私は続けた。
「一日だけ待ってやる」
それが、こちらから出す降伏勧告だった。
紙の文書も、飾り立てた言葉もない。
口頭で十分だ。
なぜなら、こちらはお願いをしているわけではない。
降伏するか。
潰されるか。
選ばせているだけなのだから。
捕虜たちは、逃げるように自国へ向かって走っていった。
――
私たちは、蛮族たちに自分の国の近くまで連れていかれ、そこで解放された。
解放。
言葉だけなら助かったように聞こえる。
だが、実際は違う。
私たちは、これから自分の国を存続させるために、降伏を勧めなければならない。
降伏しなければ、降伏するまで国を壊していく。
そう言われたからだ。
あれは脅しではない。
夢想でもない。
実現可能で、すぐに現実になることだった。
あいつらは蛮族なんかではない。
化け物だ。
決して、蛮族などという人間の範囲に含めていいものではない。
魔法銃を何発も重ねて撃たれて、傷一つついていない。
そんなものが人間であるはずがない。
単発でも、本来なら炎で焼かれて死ぬ。
まして、重ね撃ちだ。
魔法の相乗強化で、威力も破壊力も大幅に上がる。
跡形もなく消滅させるくらいの威力があったはずだ。
それが、生きている。
どころか、着ている服が少し焦げた程度。
どういう理屈だ。
何がどうなれば、あんなものになる。
負けて捕虜になった時、私たちはこのまま痛めつけられて殺されるのだと思っていた。
尋問が始まった時も、少しでも自分たちの価値を残すため、のらりくらりとかわそうとした。
だが、あれは無理だった。
亡骸について質問を受けた時だ。
よりにもよって、私たちの上官が口を開いた。
もう生きて帰れないと自暴自棄になったのか。
それとも、負けた腹いせだったのか。
今となっては、どちらでもいい。
ただ、馬鹿だった。
「ふん、亡骸はすでに理知帝国に運んだ。子供や老人ばかりで使えないなと嫌味を言われたよ。どうせなら、少しでも使える大人の死体を持ってこいと返事があった。今頃、解剖でもされてそこらに捨てられているんだろうな!」
私たちは、全員で青ざめた。
やめろ。
馬鹿。
煽るな。
相手を見ろ。
そう思った。
だが、上官は止まらなかった。
「私たちに勝ったところで、後ろには理知帝国がいるんだ! お前らなんて理知帝国に殺されて終わるオチだ! ざまあみろ!」
次の瞬間、上官は消えた。
死んだ、ではない。
文字通り、この世から跡形もなく消えた。
いや、跡は残った。
壁の染みとして。
それは一瞬だった。
瞬きをする間の出来事だった。
誰が何をしたのか、見えなかった。
ただ、上官だったものが、壁に残っていた。
その時点で、私は納得した。
この国に勝つことはできない。
魔法銃が当たっても死なない相手だった。
だが、あれを見る限り、当たったのはわざとだ。
見せつけるために受けたのだ。
理知帝国の最新の銃が、さらに強力だったとしよう。
だが、一瞬で人間を消す速度が出せる存在に、それを当てられるのか。
結論は不可能だ。
しかも、それを行ったのは、先駆けてきた化け物ではない。
つまり、ああいう化け物が複数いる。
私たちは百人ほどの戦士を見た。
だが、実際に戦いに参加したのはさらに少数だった。
それで十分だと思われたのだろう。
実際、少数でも過剰だった。
この国に勝てる国など存在しない。
だから、私たちは持っている情報をすべて吐いた。
そして、降伏させてくれと頼んだ。
生き残るには、それしかなかった。
私たちは国へ戻ると、あらゆる手段を講じた。
本来なら会うまでに時間のかかる手順も飛ばした。
門番にすがり、役人に怒鳴られ、責任者に土下座し、最後にはほとんど半狂乱で「国が滅ぶ」と叫んだ。
その結果、私たちは国王と上層部の集まる場へ通された。
通された、というより、厄介者として放り込まれたに近いかもしれない。
だが、会えたなら何でもいい。
私たちは、すべてを話した。
剛力王国の戦士が、魔法銃の炎を受けても止まらなかったこと。
壁を殴って拠点を壊したこと。
兵がまるで相手にならなかったこと。
上官が一瞬で壁の染みになったこと。
そして、剛力王国が一日だけ待つと言っていること。
降伏しなければ、国が物理的になくなること。
だが、国王の顔は険しかった。
「敗戦の責任を取りたくないからと、そんな荒唐無稽なことを本当に信じてもらえると思っているのか?」
玉座の上から、国王が冷たく言った。
「私の時間は、お前たちにいくらでも恵んでやれるほど無限ではないんだぞ。私を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
当然の反応だったのかもしれない。
私たちの話は、現実味がなさすぎる。
魔法銃が効かない人間。
壁を殴って弾にする戦士。
一瞬で人間を染みに変える化け物。
国が一日で物理的になくなる。
自分で聞いても、狂人の妄言に聞こえる。
だが、事実なのだ。
「本当なんです!」
私は叫んだ。
「すぐに剛力王国に降伏してください! この国がなくなります! 負けるとかではなく、一日もかからず物理的になくなるのです!」
周囲の大臣たちがざわめく。
それでも、止まれなかった。
「私が、私たちが夢物語を語っているように聞こえるのはわかります! ですが事実なんです! 少しでも違っていれば、首を切ってくれてかまいません!」
私は床に頭をこすりつけた。
「なんなら、ここで証明のために私たちの首を切ってもらってもかまいません! ですから、何卒すぐに降伏するよう通達してください!」
死にたくはない。
だが、それでも言った。
今ここで私たちが死んだとしても、国が残るならまだいい。
降伏しないまま剛力王国が来れば、もっと多くの者が死ぬ。
国王はしばらく黙った。
そして、隣に立つ大臣へ視線を向ける。
「……大臣、どう思う?」
大臣は眉間に皺を寄せた。
「聞いている限りでは、どう考えても敗戦で精神を病んでいるようにしか見えません」
その言葉に、私たちの背筋が冷えた。
「言っている内容とは異なり、剛力王国の知恵者などがこのような工作を行った、という方がまだ真実味があります」
「そうとしか思えんよな」
国王は深く息を吐いた。
「理知帝国に降伏した際は、国を売ったのかなどと言われた王座だ」
低い声だった。
だが、怒りだけではない。
苦い記憶を噛みしめるような声だった。
「だが、私はあの時、理知帝国の上層部と話す機会を得ていた。その席で魔法銃のことを知り、実際にその力も見た」
国王の表情がわずかに険しくなる。
「あれは本物だった。従来の兵で正面から抗うには、あまりに分が悪い。だから頭を下げた。結果として魔法銃が渡され、今では賢王などと呼ばれている」
国王は、床に額をつける私たちを見た。
「だが、今回の話は違う。お前たちの言葉だけだ。魔法銃が効かない人間。壁を殴って拠点を壊す戦士。一日で国が物理的になくなる。そんな話を、この目で見もせずに信じろと言われても、すぐに結論は出せん」
兵たちの顔が絶望に染まる。
私も同じだった。
国王の言っていることはわかる。
理知帝国の時、国王は実物を見た。
だから決断できた。
今回は、私たちの言葉しかない。
それも、普通なら妄言としか思えない言葉だ。
だが、だからといって待てば終わる。
あいつらは来る。
必ず来る。
「今の情報だけでは結論を出せん。少し様子を見る。それからでも遅くはあるまい」
「陛下!」
私は思わず叫んだ。
遅い。
遅くなる。
あいつらは一日だけ待つと言った。
様子を見る時間などない。
だが、近衛に肩を掴まれた。
これ以上声を上げれば、その場で斬られる。
大臣が静かに頭を下げた。
「承知しました」
私たちの思いは通じなかった。
現実味がなさすぎたのだ。
その後、私たちは牢へ入れられた。
本来の手順を飛ばして謁見したのだから、それ自体は仕方ないのかもしれない。
だが、鉄格子の向こうで、私は膝を抱えた。
終わった。
この国は、たぶん終わる。
そう思うしかなかった。
――
国王は、兵たちが連れていかれた後も、しばらく黙っていた。
広間には、大臣と数人の側近だけが残っている。
先ほどの者たちの話を、国王は正直信用できなかった。
魔法銃が通じない。
剛力王国が一日で国を物理的に潰す。
どう考えても夢物語だ。
敗残兵が恐怖でおかしくなった。
あるいは、剛力王国の工作。
そう考える方が、まだ自然だった。
だが。
結論を告げた後の、あの者たちの反応。
あれは演技には見えなかった。
国王は静かに口を開いた。
「先ほどの奴らの話、正直信用することはできなかった」
「はい」
「理知帝国の時は違った。上層部とつながりを作り、実物を見たうえで判断した。だから降伏できた。だが今回は、敗残兵の言葉だけだ」
国王は深く息を吐いた。
「それでも、結論を出した後の奴らの反応を見る限り、最悪の想定はしておいた方がいい」
「としますと?」
「一応、通達を出しておけ」
国王は、苦々しい顔で言った。
「夢物語のような出来事があったら、剛力王国にすぐさま降伏しろと」
大臣が少し目を細めた。
「よろしいので?」
「ああ」
国王は玉座の肘掛けに手を置いた。
「すでに理知帝国には降伏して属国になっておる。どちらの属国になろうが、生き残った方が民のためだろう?」
それは、王としての見栄ではなく、現実の判断だった。
理知帝国に降った時もそうだった。
勝てない相手には降る。
国を残す。
民を残す。
罵られても、後で賢王と呼ばれるならそれでいい。
だが、今回は違うかもしれない。
読み違えれば、国そのものが消える。
「承知しました。苦労なさいますね」
大臣が静かに頭を下げる。
国王は深くため息をついた。
「本当に、なんで私が王になった時に限って、こんなことになるのか……」
その声は、王というより、一人の疲れた男のものだった。
理知帝国に降れば、剛力王国が来る。
剛力王国に降れば、理知帝国がどう動くかわからない。
どちらを選んでも苦しい。
だが、選ばなければならない。
国王は、もう一度大臣へ命じた。
「急げ。通達だけは今すぐに出せ」
「はっ」
大臣が去る。
国王は、玉座に背を預けた。
敗残兵の妄言。
そう切り捨てられれば、どれほど楽だったか。
だが、王というものは、楽な方だけを見ていればよい立場ではない。
ありえない話でも、ありえた時に国が滅ぶなら備えるしかない。
そして、夜が明ける頃。
剛力王国の戦士たちは、約束の一日が過ぎるのを待っていた。




