第30話 剛力王国の戦
戦いは、すぐに終わった。
終わってみれば、今回の戦いは戦いと呼べるものではなかった。
烈真が言った通りだ。
これでは、ただのゴミ掃除だった。
こちらの戦士は百人程度。
しかも実際に拠点へ突入したのは、そのうち二十人ほどでしかない。
対して、相手は魔法銃を持っていた。
人数も多い。
正確には数えられないが、二千人前後はいたのではないかと思う。
それなのに、こちらは誰一人として大きな傷を負っていない。
それどころか、情報を得るために相手の指揮系統らしき人間を残す余裕すらあった。
これが、剛力王国の戦い方なのか。
私は拠点の跡を見ながら、しばらく言葉を失っていた。
燃え残った松明。
砕けた壁。
折れた魔法銃。
地面に伏す兵たち。
あれだけ自信満々に魔法銃を構えていた相手は、剛力王国の戦士が近づいた瞬間に崩れた。
いや、崩された。
まるで、薄い板を踏み抜くように。
戦いの後、尋問は別の場所で行われた。
私は烈真に呼ばれた。
「わかったか?」
烈真は、拠点の残骸を背にして言った。
「これが剛力王国の戦の仕方だ」
「軍師がいらないということと、戦士と兵は違うということは理解できました」
私は素直にそう答えた。
理解した。
理解させられた。
魔法銃を持った二千前後の兵。
それを、二十人ほどの戦士が真正面から潰した。
これを見た後で、軍師がどうとか、陣形がどうとか言っても虚しい。
もちろん、戦術が不要という意味ではない。
だが、前提が違う。
剛力王国の戦士は、他国の兵士と同じものではない。
「よろしい」
烈真は満足そうに頷いた。
「今回は、わかりやすく教えるつもりでやった」
「わかりやすく……」
「長に強さが必要だということは、こういうことだ。本来であれば、圧倒的な強さを見せつけて、相手から降伏してくるのを攻めながら待つ。それが戦だ」
攻めながら待つ。
言葉としては矛盾している。
だが、目の前の光景を見れば意味はわかる。
圧倒的な力を見せつける。
相手の心を折る。
潰される前に降伏してこいと、行動で突きつける。
これが剛力王国の戦なのだ。
「魔法銃の威力はどうでしたか?」
私は尋ねた。
私にとって、そこは重要だった。
今回使われた魔法銃が最新のものとは限らない。
理知帝国の本国にあるものは、もっと改良されているかもしれない。
それでも、今確認できた情報は整理しておきたい。
「俺やお前のような上位の長であれば、いくら食らっても死ぬことはなさそうだ」
烈真はあっさり言った。
いくら食らっても。
言い切るのか。
「長順中位ぐらいの実力なら、重ねられなければ問題ない。長になれないぐらいの戦士だと少し危ういが……まあ、あの速度であれば、起きてさえいれば、ここにいる戦士なら避けるのは容易いだろう」
私は魔法銃が撃たれた時の速度を思い返す。
確かに、速い。
普通の兵士なら十分すぎるほど脅威だ。
だが、剛力王国の戦士からすれば、見てから避けられる程度。
そういう扱いらしい。
恐ろしいのは魔法銃なのか。
それとも、この国の戦士なのか。
考えるまでもない。
両方だ。
ただし、今のところ剛力王国が優位に運べそうではある。
油断はできない。
相手は理知帝国だ。
必ず改良する。
対策も考える。
だが、少なくとも今この場にいる魔法銃兵は、剛力王国の戦士を止められなかった。
しばらくして、尋問が終わり、情報が共有された。
攻めてきた者たちは、理知帝国に降伏した国の兵だった。
理知帝国に命じられ、剛力王国へ攻め入ったらしい。
魔法銃を与えられ、自分たちが急に強くなったと勘違いした兵たち。
その結果が、この惨状だった。
そして、燃やされた村の亡骸は、すでに理知帝国へ運ばれたという。
それを、負けた腹いせのように煽ってきた者がいた。
ちょうど尋問を行っていたのは、その村の長だった。
その長は、しばらく黙っていた。
次の瞬間、その兵は壁の染みになった。
比喩ではない。
本当に、壁の染みになった。
間近で見ていた他の捕虜たちは、そこから急に素直になった。
聞かれたことに答える。
隠していたことも吐く。
誰が命じたのか。
どこから魔法銃を受け取ったのか。
亡骸をどこへ送ったのか。
この短い期間で、知りたい情報の大半は手に入った。
やはり、剛力王国の尋問は怖い。
いや、剛力王国でなくても、あれを見せられれば大抵の人間は話す。
私は、壁の染みから目を逸らした。
烈真が私を見る。
「それで、どうやって戦を進める?」
来た。
ここからは、私が考えなければならない。
王に頭を張れと言われた。
剛真にも任された。
そして今、目の前にいる長たちも、私の判断を待っている。
私は情報を整理した。
武力だけで言えば、きっと烈真一人でも他国を相手取れる。
誇張ではない。
なんなら、今の私一人でも、普通の国なら相手にできるのかもしれない。
客観的に見て。
自分でそう考えるのは、少し気持ちが悪い。
だが、今の戦を見れば認めざるを得ない。
私は思った以上に、今世では剛力王国の中だけで生きすぎていた。
力に対する認識を、何度も間違えていた。
前世の理知帝国の常識が、邪魔をしていたのだ。
思えば、子供の頃に兄と卵を割らずに持つ訓練をしたことがある。
あの時は、子供だから体の操作がおぼつかず、卵を割ってしまったのだと思っていた。
卵は壊れやすい。
だから難しいのだと。
だが、違う。
今回、敵国の拠点に触れて、魔法銃に触れて、ようやく気づいた。
烈真は最初に拠点の壁を殴り、壁そのものを弾にして兵たちを吹き飛ばした。
私は、それを単に烈真の力が強いからだと思っていた。
だが、後で壁に触れてみると、力を入れなくてもぽろぽろと崩れた。
脆い。
あまりにも脆い。
あれは、単に力任せに飛ばしたのではない。
脆い壁を、崩し方まで含めて弾にしたのだ。
力だけではなく、技術だった。
魔法銃もそうだ。
鉄の筒なのだろうと思い、手に取って調べようとした。
持った瞬間、壊れた。
いや、爆ぜた。
私は一瞬、他者には触れられないような制限機能でもあるのかと思った。
だが、そうではなかった。
ただ、脆かったのだ。
全体的に、すべてが脆い。
いや、正確には違う。
この体が強すぎる。
剛力王国の普段身の回りにあるものが、頑丈すぎる。
家の壁も。
道具も。
食器も。
それどころか、卵一つですら。
よく考えれば、当然だ。
剛力王国の人間は強い。
それこそ、他国の人間と種族が違うのではないかと思うほどに。
なのに、家はある。
食器もある。
普通に使えている。
だから、今まで気づかなかった。
父に確認すると、当然のように言われた。
「家に使っている木は、この国の硬い木をさらに筋肉で圧縮して作っているからな。そりゃ硬い」
筋肉で圧縮。
何を言っているのかわからない。
だが、そういうものらしい。
「食器も同じだ。普通のものだと、すぐ壊れる」
そう言われて、私は昔のことを思い出した。
母に魔導ポンプを設置してもらった時のことだ。
母は、あれをおもちゃだと執拗に言っていた。
壊れやすいから、普段使いには向かないと。
当時の私は、母が魔導具を軽く見ているのだと思っていた。
違った。
今ならわかる。
あれは本当に脆かったのだ。
剛力王国の家や道具の基準で見れば、魔導ポンプなどおもちゃでしかない。
そして、そんなものを壊さず設置した母は、やはりおかしい。
強いだけではない。
力加減が異常にうまい。
今さらながら、母のすごさを思い知った。
私は、ずっと勘違いしていた。
理知帝国のものが普通で、剛力王国が異常。
それは間違っていない。
だが、剛力王国の中で生きていると、その異常さが日常になる。
異常な強さに耐える家。
異常な力で壊れない道具。
異常な肉体で扱う食器。
それらに囲まれて育ったせいで、外のものがどれほど脆いかを見落としていた。
その思い違いを正し、剛力王国の武力を見直した時、攻め方も考え直す必要があった。
理知帝国を滅ぼすだけなら、きっと難しくはない。
ここにいる戦士の半分を残し、もう半分で理知帝国へ向かう。
そのまま物理的に滅ぼしてしまえば終わりだ。
国境。
城壁。
砦。
兵士。
魔法銃。
おそらく、その多くは剛力王国の戦士を止められない。
だが、それで終わるのか。
魔法銃は、すでに他国にも供給されている。
理知帝国がなくなっても、魔法銃を受け取った国が残る。
理知帝国に降った国々もある。
そうなれば、別の国が早晩攻めてくるかもしれない。
また村が焼かれる。
また報復に行く。
また別の国が出る。
それでは、いたちごっこだ。
必要なのは、理知帝国を滅ぼすことだけではない。
他国に、剛力王国を相手にすること自体を思いつかせないことだ。
剛力王国へ攻め込む。
魔法銃を向ける。
村を焼く。
その発想そのものを、恐怖で潰す。
私は、その考えを長たちの集まった場で話した。
「今後の戦ですが、まず敵がまた攻めてきても大丈夫なように、この場に長一人と戦士を十人ほど残したいと思います」
長たちは黙って聞いている。
「その上で、理知帝国までの国々に剛力王国の威を見せ、降伏させます。この戦が終わるまで、各国には戦士を残す。剛力王国に手を出すことがどういう意味か、他国に教えていく方針を取りたいと思います」
単純に潰すのではない。
通り道の国々に見せる。
降伏させる。
戦士を置く。
恐怖を刻む。
剛力王国を相手にするなど、二度と考えないようにする。
話し終えると、少しの沈黙が落ちた。
烈真が剛力羅の方を見た。
「剛力羅」
「なんだ」
「お前の息子は世間知らずではあるが、理解すればすぐ呑み込める頭はあるようだな」
褒められているのか、けなされているのか。
両方か。
父は胸を張った。
「我が息子は昔から頭は良かったからな! 幼い頃は、まあ考えすぎて弱かったが、今では筋肉もある!」
余計なことを足さないでほしい。
いや、たぶん父の中では最大級の褒め言葉なのだろう。
頭が良い。
筋肉もある。
剛力王国では、それはかなり高い評価なのかもしれない。
他の長たちも、それぞれ反応を見せた。
「理知帝国だけ潰して終わり、ではないということだな」
「通り道の国々にも思い知らせる。悪くない」
「残す戦士は少なくていい。十人もいれば、よほどのことがない限り足りる」
「長を一人置くなら、逃げた敵が戻ってきても問題ないだろう」
「降伏させるなら、潰しすぎないように加減がいるな。面倒だが、剛理が頭ならその辺りは考えるだろう」
最後の言葉に、少しだけ胃が重くなる。
加減。
剛力王国の戦士に加減をさせる。
これは、意外と難しい仕事かもしれない。
だが、やるしかない。
完全に滅ぼすだけなら簡単でも、恐怖を刻み、降伏させ、戦後に使える形で残すには判断がいる。
それをするために、私が頭を張るのだろう。
王は虫を潰す趣味はないと言った。
剛真は好きに潰してやれと言った。
烈真は戦士の戦い方を見せた。
父は戦士を甘く見積もるなと言った。
ここまで来て、ようやく少しだけ見えてきた。
剛力王国の戦は、ただの力任せではない。
力が前提として大きすぎるから、他国とは違う形になるのだ。
私は長たちを見渡した。
「では、この方針で進めます」
誰も異を唱えなかった。
理知帝国へ向かう道が決まった。
だが、これは侵攻の始まりではない。
剛力王国の尻尾を踏んだ者たちに、その意味を教えるための行軍だ。
私は、砕けた魔法銃の残骸を一度だけ見た。
私が作った兵器。
奪われ、他国に渡り、この国の村を焼いたもの。
だが、それだけでは剛力王国を止められなかった。
なら、次はこちらの番だ。
理知帝国に。
そして、それに従った国々に。
剛力王国の戦士が何なのか、教えなければならない。




