表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/30

第29話 戦士を甘く見るな

 襲われた村の近くに着くと、すでに戦士たちが集まっていた。


 敵の拠点はここからでは見えない。


 だが、空気が違う。


 焼かれた村の近く。


 理知帝国に降った者たちが、この国への足掛かりにしようとしている場所。


 その先に、敵がいるのだろう。


 集まっている戦士の数をざっと見る。


 百人を少し上回る程度。


 私は思わず周囲を見直した。


 まだ集まっている途中なのかと思ったが、近くにいた者に聞くと、私たちが最後らしい。


 父の言っていた通りだった。


 他の村から来る戦士を合わせても、百人そこそこ。


 本当にその程度で行くらしい。


 父の方を見る。


 父は、だろう、と言いたげな顔をしていた。


 腹が立つほど自信に満ちている。


 やはり、この国の常識では父の方が正しいのだ。


 理知帝国の基準で考える私の方が、ずれている。


 そう認めざるを得なかった。


 私は父と共に、長たちの集まっている場へ通された。


 中心にいたのは烈真だった。


 長順五。


 長会議では何度も顔を合わせているし、手合わせまではいかなくとも交流もある。


 ただ、改めて戦場で見ると、普段の会議とは圧が違った。


 大柄で、鋭い目。


 ただ立っているだけで、周囲の空気が張る。


 剛真ほどではない。


 だが、長順五という位置にいる意味は、見ればわかる。


「剛真から話は聞いている」


 烈真が口を開いた。


「剛理が、今回の戦の頭を任されたとな」


「はい」


「さっそくだが、全員集まったようだし、今からゴミ掃除を始めよう」


 早い。


 着いて早々、戦が始まるのか。


 いや、これが剛力王国なのだろう。


 集まった。


 敵がいる。


 なら潰す。


 準備も会議も、理知帝国ほど長くはない。


 これが、理知帝国との最初の戦になる。


 私は息を整え、口を開いた。


「まず確認したいのですが、軍師のような役割の方はいますか」


 自分で言いながら、少し情けなかった。


 今回の頭を張れと言われたのは私だ。


 だが、私自身に戦争の知識はない。


 前世で理知帝国の軍の話を聞いたことはある。


 資料を見たこともある。


 だが、それは研究者として触れた程度だ。


 戦場で軍を動かした経験などない。


 これからの戦を考えるなら、できる者がいるなら任せた方がいい。


 そう思っての問いだった。


 烈真は短く答えた。


「いらん」


「いないのですか」


 私が聞き返すと、烈真は眉を上げた。


「剛力羅」


「なんだ」


「お前の息子は強くはなったが、それだけにかまけて少々世間知らずだな。耳の聞こえも良くないようだ」


 いらん、と言われた。


 いない、ではない。


 そういうことか。


 父はまったく気にした様子もなく笑った。


「これから学べばいい。良い教材とは言えんが、これから経験するだろう? 筋肉さえあれば何度でも学べるからな」


「……それもそうか」


 烈真が納得した。


 しないでほしい。


 筋肉さえあれば何度でも学べるとは何だ。


 いや、剛力王国ではだいたいそうなのかもしれない。


 死ななければ経験になる。


 体が頑丈なら失敗しても学べる。


 理屈はわかる。


 表現がひどい。


 私がどういうことだと考えていると、烈真がこちらへ向き直った。


「剛力王国は他国と違って戦士がいる」


「それは、わかっています」


「いや、わかっていない」


 即座に切られた。


「他国の兵隊とは違う。戦士だ。そんな戦士がいるのに、軍師なんてあまっちょろいものがいるわけがないだろう?」


 あまっちょろい。


 軍師が。


 前世の理知帝国でそんなことを言えば、間違いなく反論される。


 兵站。


 陣形。


 地形。


 奇襲。


 補給。


 情報。


 戦争は個人の強さだけで決まるものではない。


 私はそう考えていた。


 だが、烈真は違うと言う。


 戦士がいる。


 それが答えらしい。


 戦士が他国の兵とは違うことはわかる。


 質が突出して高い兵。


 そう考えていた。


 だが、烈真の言い方からすれば、それでもまだ私の認識は甘いのだろう。


「とりあえず、蛮族どもへの戦は剛理が頭を張る。それで構わん」


 烈真は言った。


「だが今回は経験として、まず剛力王国の戦の仕方を見ておけ」


「……わかりました」


 そう返すしかなかった。


 理知帝国に対抗する必要は、前々から考えていた。


 だが、戦の仕方までは学んでこなかった。


 私は素人だ。


 ここで理知帝国で聞きかじった戦の知識を並べたところで、この国の戦士には通じないだろう。


 なら、まず見る。


 剛力王国の戦を。


 この国の戦士が、どう戦うのかを。


 私たちは移動した。


 敵の拠点が見える位置まで。


 夜の闇の中、遠くに灯りが見えた。


 木を切り開き、土をならし、簡易な壁を立てている。


 理知帝国そのものの拠点というより、理知帝国に降った国の兵たちが作った足掛かりだろう。


 松明の明かり。


 見張り台。


 積まれた物資。


 そして、おそらく魔法銃を持った兵たち。


 私は息を潜めて、その光景を見た。


 この距離なら、向こうからもこちらの動きは見えるはずだ。


 烈真は隠れる気がなかった。


 むしろ、松明を持ち、堂々と前へ出ていく。


 それが合図のように、戦士たちが静かに動いた。


 私はその背を見ながら、理知帝国の兵ならどうするかを考えた。


 闇に紛れて近づく。


 弓や魔法で牽制する。


 火を使う。


 兵を分ける。


 敵の見張りを潰す。


 そういう手順が浮かぶ。


 だが、烈真はまっすぐ歩いた。


 真正面から。


 敵の拠点へ向かって。


 敵の側では、当然すぐに気づかれた。


 ――


「村一つが燃やし尽くされたというのに、蛮族どもは特に仕返しに来ていませんね」


「ああ。この魔法銃にびびっているんだろう。獣のような奴らだしな。そういう気配には敏感なんじゃないか?」


 兵たちは、拠点の中で軽口を叩いていた。


 剛力王国に攻め入った緊張感は薄い。


 むしろ、魔法銃を手に入れたことで気が大きくなっているようだった。


「もう少し、あの蛮族共を狩って遊びたかったんですけどね。すぐに逃げてしまって、あまり楽しめませんでしたし」


「しっかし、この魔法銃は凄いよな。あのいつも威張り散らかしていた蛮族が、簡単に殺せるんだからよ。それも、そんなに鍛えていない俺たちでもすぐに使える」


「ほんとほんと。うちの上が理知帝国にすぐ降ってくれて助かりましたよ。こんな武器を持った相手と戦うなんて、命を捨てるようなものですからね」


「理知帝国の要望通り、亡骸は送りましたけど、子供や老人ばかりだったのは少し嫌味を言われましたけどね」


「まあ、ここを足掛かりに他の村へ攻めれば、いくらでも手に入るだろう」


「そうですね……早く蛮族共に、またこの魔法銃をぶっぱなしたいですよ。攻めてこないですかね」


「違いない」


 笑い声が起こる。


 その時、見張りの一人が声を上げた。


「おい、蛮族の一人がこちらに歩いてきているぞ」


「本当だ。双眼鏡で見ると、後ろに百人程度いますよ。仕返しに来るにしても、人が集まらなかったんですかね?」


「この闇夜に紛れてくればいいのに、ご丁寧に松明片手に歩いてくるとは。馬鹿なんですかね? もしかして、私たちの国みたいに降伏でもしに来たんじゃないですか?」


 その言葉に、何人かが笑った。


 だが、部隊長だけは表情を引き締めた。


「敵が来たんだ。休憩中の奴らにも魔法銃を構えさせろ! 鐘を鳴らせ!」


 拠点に鐘の音が響く。


 兵たちが慌ただしく動き出す。


 魔法銃が並べられる。


 ――


 烈真は、敵から視認でき、声も届く距離まで歩いていった。


 そこで足を止める。


 私は後方で見ていた。


 本当に正面から行くのか。


 この距離は、おそらく魔法銃の射程内だ。


 敵も構えている。


 それでも、烈真はまったく怯んでいない。


 そして、大声を張り上げた。


「宣戦布告もなく攻め入ってきた蛮族共に告ぐ!」


 蛮族共。


 敵がこちらを蛮族と呼ぶ前提ではない。


 烈真にとっては、向こうこそ蛮族なのだ。


「降伏は認めん! 貴様らゴミ共を今から土に帰してやるから、せいぜい肥やしになるがいい!」


 宣言。


 それは交渉ではなかった。


 降伏勧告でもない。


 これから潰すという通知だった。


 烈真は言い終えると、そのまま敵拠点へ歩き出した。


 走らない。


 歩く。


 その後ろで、控えていた戦士たちのうち二十人ほどが一気に飛び出した。


 速い。


 松明の光を置き去りにして、闇の中を走る影。


 だが、まず撃たれるのは烈真だ。


 先頭にいて、目立ち、歩いている。


 当然、敵はそこを狙う。


 ――


「馬鹿が!」


 部隊長が叫んだ。


「この距離なら十分魔法銃の射程範囲だ! お前ら撃て! 後ろからも来ているから、こいつの亡骸はなくて構わん!」


「了解!」


 魔法銃が火を噴いた。


 大きな炎の弾が、烈真へ向かって放たれる。


 烈真は避けなかった。


 避ける素振りすらなかった。


 炎が着弾する。


 爆ぜる。


 夜が赤く染まる。


「まずは一人やりぃ! 所詮蛮族だな。この魔法銃の威力を知らなかったのか?」


「喜んでいる場合か! 後続が来ているんだ。準備をしろ!」


「了解です!」


 兵たちは後ろから迫る戦士たちへ銃口を向ける。


 その時だった。


 炎の着弾地点から、人影が見えた。


 速度は変わっていない。


 烈真は、まだ歩いていた。


 部隊長の顔が引きつる。


「馬鹿な……まだ生きているだと!?」


 煙の中から、烈真が現れる。


 服の一部が少し焦げている。


 それだけだった。


 長順五の戦士が身に着ける服だ。


 そこらの生易しい素材で作られているはずがない。


 そして、その服の下にある肉体は、さらに常識から外れている。


 烈真は止まらない。


 倒れない。


 怯みすらしない。


「後続との距離はまだある! あの動いている人影を集中して狙え!」


 部隊長の命令で、魔法銃が一斉に烈真へ向けられた。


 炎の弾が重なる。


 一発ではない。


 二発でもない。


 十を超え、二十近い炎が、烈真へ叩き込まれた。


「これだけ重ねれば、跡形も残らんだろう……残らないでくれよ」


 部隊長の声には、先ほどまでの余裕がなかった。


 願いが混じっていた。


 だが、その願いは届かなかった。


 炎の中から、また人影が出てくる。


 歩く速度は変わらない。


 烈真は拠点の壁までたどり着いた。


 そして、拳を振るった。


 それだけだった。


 壁が砕けた。


 いや、砕けたというより、壁そのものが弾になった。


 木材と土塊が、拠点内へ吹き飛ぶ。


 数人の兵が、それに巻き込まれて潰れた。


 悲鳴。


 怒号。


 破砕音。


 部隊長が呆然と呟いた。


「化け物だ……」


 ――


 私は後方から、それを見ていた。


 魔法銃の炎が、烈真を呑み込んだ。


 正直、焦った。


 魔法銃の威力は知っている。


 弾に封じた魔法が直撃すれば、普通の人間なら消し飛ぶ。


 それを二十近く重ねられれば、兵器としては十分すぎるほどの火力だ。


 だが、烈真は歩いていた。


 止まらなかった。


 炎を受けて、なお進んだ。


 そして、壁を殴って吹き飛ばした。


 私は、父の言葉を思い出す。


 戦士を甘く見積もるな。


 その意味が、今ようやく形になって見えた。


 戦術がいらないわけではない。


 だが、剛力王国の戦士は、他国の兵士と同じ盤上にいない。


 正面から歩いていく。


 撃たれる。


 耐える。


 殴る。


 壁が壊れる。


 敵が潰れる。


 戦術以前に、前提が違いすぎる。


 こんなもの、理知帝国の軍学で説明できるのか。


 いや、説明はできるだろう。


 だが、対処できるかは別だ。


 烈真が壁を破った瞬間、後続の戦士たちも拠点へ到達した。


 そこからは早かった。


 拠点内に入った戦士たちは、魔法銃を構える兵たちへ肉薄する。


 近づかれた時点で終わりだ。


 魔法銃は強い。


 だが、照準を合わせ、引き金を引く間合いが必要だ。


 目の前に剛力王国の戦士が来た時、その時間はない。


 一人が銃口を向ける前に腕を折られる。


 別の一人は壁ごと叩きつけられる。


 逃げようとした者は足を潰される。


 叫び声が上がる。


 だが、それもすぐに途切れていく。


 文字通り、潰されていた。


 私は、ただ見ていた。


 これが剛力王国の戦。


 軍師はいらない。


 戦士がいるから。


 烈真の言葉は誇張ではなかった。


 もちろん、すべての戦でこれが通じるわけではないだろう。


 理知帝国が本気で対策を取れば、ただ正面から歩くだけでは済まないはずだ。


 だが、今この拠点にいる敵は、剛力王国の戦士を知らなかった。


 魔法銃があれば、蛮族を狩れると思っていた。


 自分たちが、安全な側にいると思っていた。


 その認識ごと、烈真が壁と一緒に吹き飛ばした。


 戦いは、長く続かなかった。


 率いていそうな人間だけは残されている。


 それ以外は、ほとんどが地面に伏していた。


 私は拠点の惨状を見ながら、静かに息を吐いた。


 理知帝国の魔法銃。


 私が作った兵器。


 それは確かに強い。


 普通の国なら、脅威になる。


 だが、この国は普通ではない。


 私は何度もそう思ってきたはずなのに、まだ足りていなかった。


 剛力王国の戦士を、まだ甘く見ていた。


 父が言った通りだった。


 そして、これから私は、その戦士たちの頭を張らなければならない。


 戦は始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ