表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/31

第28話 誰の尻尾を踏んだのか

 長会議の場に戻ると、そこには剛真と数人の長だけが残っていた。


 大半の長は、もういない。


 先ほどまで場を満たしていた怒気も、今は少し落ち着いている。


 いや、消えたわけではない。


 燃え上がる炎から、踏み潰す先を定めた熱に変わっただけだ。


「戻ったか」


 剛真がこちらを見る。


 私は頷き、王とのやり取りを報告した。


 理知帝国のこと。


 魔法銃のこと。


 焼かれた村のこと。


 そして、王の返答。


 相手に強い魔物はいないのか。


 いないなら自分は出ない。


 そっちで好きにやれ。


 ここまで来た実力があるなら、お前が頭を張れ。


 どうしようもない敵が現れたら潰してやる。


 言葉にすると、改めて思う。


 雑だ。


 あまりにも雑だ。


 だが、あれは確かに王の言葉だった。


 剛真は黙って聞き、報告が終わると低く笑った。


「わかった。王から頭を張れと言われているのであれば、ちょうどいい」


「ちょうどいい、ですか」


「ああ。お前も理知帝国とは前々から戦争したいと言っていたしな。遠慮はいらん。好きに潰してやれ」


 好きに潰してやれ。


 軽い言い方だ。


 だが、その中身は軽くない。


 王命。


 長順十。


 理知帝国。


 魔法銃。


 焼かれた村。


 それらが、私の前に積み上がっていく。


 前世で私の成果を奪った理知帝国。


 今世で守りたいものに手を伸ばしてきた理知帝国。


 ようやく、そこへ手を届かせる位置に来たのかもしれない。


「とはいえ、戦士を集めるにも少し時間がかかる」


 剛真は続けた。


「いきなり襲いかかってきた蛮族への守りも必要だが、危険領域からの守りも必要だからな」


 蛮族。


 理知帝国が蛮族扱いされている。


 前世の私が聞けば、怒ったかもしれない。


 今の私は、特に否定する気にならなかった。


 宣戦布告もなく、戦士の少ない村を焼いた。


 なら、蛮族でいい。


「伝令に聞いたところ、奴らは焼いた村の近くで悠長に拠点を作っているそうだ。この国への足掛かりにするつもりらしい」


「時間はある、と」


「ああ。だから各村に戦士を募らせている」


「どれほど集めるのですか」


「俺を含め、長どもは全員参加したいと言っている。だが、危険領域からの魔物も危険だ。長の参加は三割ほどに絞る」


 剛真の判断は冷静だった。


 全員で行けば、敵を潰すのは早い。


 だが、その間に危険領域側から魔物が来れば、村や街が危ない。


 強い者を一箇所に集めればいい、という話ではないのだ。


「長だけだと倒すのは簡単だろうが、その後が大変だ。拠点を潰す。敵を追う。逃げた奴を捕まえる。焼かれた場所の確認もいる。手が足りん」


「確かに」


 理知帝国相手なら、物資や兵器の回収も重要だ。


 魔法銃の現物を手に入れられるなら、私が確認したい。


「五日後、襲われた村の近くに集合を出している」


 剛真は私を見た。


「そこで頭を張れ。そして、そのまま蛮族どもに誰の尻尾を踏んだのか教えてやれ」


 誰の尻尾を踏んだのか。


 剛力王国に手を出した。


 戦士のいない村を焼いた。


 魔法銃を向けた。


 その意味を、相手に叩き込む。


 そういうことなのだろう。


「剛理の村までなら、帰って集合場所まで行くのに時間は問題ないだろう。一度帰って、戦に連れていきたい奴を連れてこい」


「承知しました」


 私は頷いた。


 そのまま村へ戻ろうとした時、剛真に呼び止められた。


「剛理」


「はい」


「王を見て、どう思った?」


 足が止まる。


 あの存在を思い出すだけで、背筋が冷えた。


 魔物の頭を一撃で吹き飛ばし、心臓を食い、理知帝国を虫と呼んだ男。


「剛真は王を化け物だと言いましたが」


 私はゆっくり口を開いた。


「そんな言葉では、到底足りない存在でした」


 剛真は黙って聞いている。


「少しは強くなったと思っています。剛真の強さも、以前よりは理解できるようになりました。ですが、あれには近づくことすらできる気がしません」


 悔しいとか、情けないとか、そういう段階ではない。


 比べること自体が間違っている。


「王を見ないと信じる人はいないでしょうが……神とでも表現した方が、まだ意味は近いと思います」


 神。


 前世の理知帝国であれば、笑った言葉だ。


 今の私も、軽々しく使いたくはない。


 だが、あの王を表すなら、化け物よりは近い。


 少なくとも、人間が理解できる強さの範囲にはいなかった。


 剛真は少しだけ笑った。


「そうか」


 それだけだった。


 だが、どこか満足そうにも見えた。


 私は長会議の場を後にし、まっすぐ村へ戻った。


 体はまだ痛んでいる。


 危険領域の奥で受けた傷。


 王の気配を浴びた記憶。


 これから始まる戦の重さ。


 それでも、足は止まらなかった。


 村へ帰る。


 蘭に会う。


 長順十を持ち帰る。


 そして、余計な土産も伝えなければならない。


 家に戻ると、まず蘭の顔を見た。


 いつもの無表情。


 だが、少し寂しそうに見えた。


 私がいない間、ずっと待っていたのだろう。


「蘭」


「剛理」


「約束通り、長順十は持ち帰った」


 そう言って、私は蘭を抱きしめた。


 蘭もすぐに抱き返してくる。


 小柄な体。


 強い腕。


 温かい。


 その温もりで、ようやく家に帰ってきたのだと実感した。


 父と母が少し呆れた顔をしているが、構わない。


 もう恥ずかしがっていた時期は、とっくに過ぎた。


 蘭は私の妻だ。


 誰に何を言われても、それだけは間違いない。


 しばらくして、私は腕をほどいた。


「ただ、余計な土産もついてきた」


 蘭が私を見る。


 父と母の表情も変わった。


「理知帝国が剛力王国に攻め入った。宣戦布告もなしに」


 私は長会議であったことを話した。


 理知帝国の武による侵略。


 魔法銃と思われる筒。


 焼かれた村。


 王への伝令。


 そして、王の返答。


 私が話し終えると、部屋の空気が重くなった。


「蘭」


「なに」


「帰ってきてすぐで済まないが、これから戦に行く」


 蘭の手が、わずかに動いた。


 ついていく。


 そう言おうとしたのだろう。


 私は先に言った。


「蘭は家で、お腹の中にいる子を守ってくれ」


 蘭の目が私を見る。


 納得していないのがわかる。


 私が戦に行く。


 相手は理知帝国。


 危険がある。


 なら、そばにいたい。


 それが蘭だ。


 だが、今回は駄目だ。


 長会議どころではない。


 戦争だ。


 身重の状態で戦場へ行くなど、どう考えてもあり得ない。


「帰ってきて、無事生まれた赤子の顔を見せてほしい」


 蘭はしばらく黙っていた。


 やがて、小さく頷く。


「……帰ってきて」


「ああ」


「絶対」


「ああ。帰ってくる」


 私はもう一度、短く抱きしめた。


 それから父へ向き直る。


「村にも備えは必要です。戦士を何人か残しつつ、連れて行く者を集めたいのですが」


「俺が行くから、他はいらんだろう」


 父が当然のように言った。


 当然ではない。


「父様が行くのですか?」


「行く」


 即答だった。


 いや、それは困る。


 蘭を除けば、村で二番目に強いのは父だ。


 父が村を空けるのは、もしもの時に困る。


 兄の剛武は、二年ほど前に分村して別の村の村長になった。


 姉の蓮華もそちらへ移っている。


 蘭に子が宿ってからは時々顔を出してくれるが、基本的には別の村だ。


 今この村に残る戦力を考えるなら、父には残ってもらった方がいい。


「もしものことを考えると、父様には村にいてほしいのですが」


 私がそう言うと、父は鼻で笑った。


「今この村で二番目に強いのは俺じゃないぞ?」


「……え?」


「本当に周りをよく見ていない薄情な息子だ」


 呆れられた。


 では、誰だ。


 蘭を除いて、父より強い者。


「私よ」


 母が言った。


 雷華。


 私の母。


 料理がうまくて、魔物飯を容赦なく調整してきた母。


 その母が、当然のように言った。


「剛理が強くなろうと頑張っているのよ? あなたの親よ? 何もしていないわけがないじゃない」


 私は言葉を失った。


 母が、父より強い。


 思い返せば、前から父は母にぶっ飛ばされていた。


 あれは母としての怒りが強いからだと、どこかで思っていた。


 違ったのか。


 いや、怒りもあったのだろう。


 だが、それだけではなかったらしい。


「もともと雷華が村一番だったんだ」


 父が笑いながら言った。


「子も育ち、手がかからなくなった。雷華が強くなろうとしたなら、立ち位置が元に戻っただけだ」


「元に戻っただけ……」


「そういうことだ。だから村は大丈夫だ。危険領域の魔物が来ようとも、理知帝国とやらの奴らが来ようとも問題ない」


 母が静かに頷いた。


 父と母も、立ち止まっていなかった。


 私が必死に強くなっていた間、二人も家族と村を守るために強くなっていた。


 俺だけじゃなかったんだ。


 そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。


 この父と母の子に生まれてよかった。


 視界が滲む。


「お前、泣き虫なのは変わらんな」


 父が茶化すように言った。


 次の瞬間、父が母にぶっ飛ばされた。


「茶化さないの」


 父が床を転がる。


 私は涙を拭いながら、少し笑った。


 やはり母は強い。


 いろいろな意味で。


 だが、話は終わっていない。


「父様。とはいえ、村を危険にさらさない程度には、戦士の数はいた方がいいと思うのですが」


 父は起き上がりながら首を鳴らした。


「剛理。お前が理知帝国のことを昔から危険だと言っているのはわかる。実際に、その武器で村が焼かれたからな」


「なら」


「だが、お前はこの国以外のことを高く見すぎている」


 父は私を見た。


「多分、他の村から来る戦士を合わせても、百人そこそこになると思うぞ」


「百人……」


 少ない。


 反射的にそう思った。


 理知帝国の軍を相手にするなら、百人はあまりにも少ない。


 魔法銃を持った兵が相手なら、なおさらだ。


 だが、父は言った。


「戦士を甘く見るな」


 私は口を閉じた。


 父の言うことは、基本的に脳筋だ。


 雑で、説明も足りない。


 だが、こういうことに関しては、大体正しい。


 剛力王国の戦士は、理知帝国の兵士とは別物だ。


 数で測るものではない。


 一人一人が、魔物を食い、危険地帯で鍛え、肉体そのものを武器にしている。


 私自身も長順十になり、王の伝令兵として危険領域の奥まで行った。


 それでもまだ、私はこの国の戦士を理知帝国の基準で見ていたのかもしれない。


 百人そこそこ。


 普通なら少ない。


 だが、この国なら違う。


 剛力羅がいて、他の村の戦士がいて、長たちも一部参加する。


 それで十分なのかもしれない。


 いや、十分どころか過剰なのかもしれない。


 もちろん不安はある。


 魔法銃がある。


 私の研究がある。


 私だけが知っている危険性がある。


 だが、村から戦士を多く連れていけば守りが薄くなる。


 蘭がいる。


 母がいる。


 村人がいる。


 これから生まれる子がいる。


 守るべき場所を空にしてまで、数を増やすべきではない。


 結局、私は父に反論できなかった。


 父の言葉が正しいと認めるしかなかった。


「わかりました。父様と私の二人で行きましょう」


「それでいい」


 父は満足そうに頷いた。


 母も反対しなかった。


 蘭だけは、少し不満そうだった。


 準備はほとんど必要ない。


 武装は肉体。


 食料は現地調達。


 水を少し持てばいい。


 理知帝国の軍なら、出発前の準備だけで何日もかかるだろう。


 物資を数え、武器を整え、輸送手段を確認し、行軍計画を立てる。


 だが、剛力王国では違う。


 強い体があれば、まず動ける。


 だから早い。


 だから雑に見える。


 そして、その雑さが成立している。


 私は最低限の水を用意し、そのまま出ることにした。


 蘭は家の前に立っていた。


 腹に手を添えている。


 まだ大きく目立つほどではない。


 それでも、そこに子がいるのだと思うと、不思議な気持ちになる。


「剛理」


「なに」


「子が生まれる前に、帰ってきて」


 蘭は短く言った。


 まっすぐこちらを見ている。


 私はすぐに返事ができなかった。


 理知帝国の拠点を潰すだけなら早いかもしれない。


 だが、その後どうなるかはわからない。


 追撃。


 調査。


 再侵攻への備え。


 どれだけ時間がかかるのか、読めない。


 だから、軽々しく約束できなかった。


 私は蘭の前に立ち、そっと抱きしめた。


「できるだけ早く帰る」


 それが、今言える精一杯だった。


 蘭はしばらく黙っていた。


 そして、私を抱き返す。


「うん」


 納得したわけではないのだろう。


 だが、送り出してくれる。


 私は蘭から離れ、父と共に歩き出した。


 集合地点へ。


 理知帝国との戦へ。


 誰の尻尾を踏んだのか、教えるために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ