第3話 文明の利器、筋肉に撤去される
水汲み。
言葉だけなら、単純な仕事だ。
水場へ行く。
桶に水を入れる。
家まで運ぶ。
以上。
理知帝国なら、こんな作業は幼児の仕事ではない。
そもそも帝国の上層区では、家の中まで水路が引かれている。下層区でも共同の水栓くらいはある。手で水を運ぶ必要があるのは、整備が遅れた辺境か、帝国の管理外にある土地くらいだ。
つまり、今の私がいる場所は、そのどちらかに近い。
だが、この村は完全な未開ではなかった。
家の造りは粗いが頑丈だ。食器もある。哺乳瓶もあった。納屋には、理知帝国から渡されたと思われる道具も置かれている。
文明を知らないわけではない。
知ったうえで、使い方がおかしいのだ。
「ほら、剛理。今日はここまで運べたら十分よ」
母――雷華が、少し先の地面を指差した。
近い。
大人の足なら十歩もない。
だが、今の私には遠い。
小さな桶に入った水は、幼児の腕には十分すぎる重さだった。両手で持つと、足元がふらつく。水が揺れるたびに体も持っていかれる。
馬鹿げている。
こんなものは鍛錬ではない。
発育途中の体に負荷をかける危険行為だ。
そう言いたかった。
だが、私はまだ幼児であり、言葉も体も十分ではない。
しかも、この国の人間に理知帝国式の発育理論を語ったところで、どこまで通じるか怪しい。
私は黙って桶を持ち上げた。
一歩。
水が揺れる。
二歩。
腕が痛い。
三歩。
肩が震える。
四歩目で、足がもつれた。
「っ」
転びかけた瞬間、雷華の手が背中に添えられた。
抱き止めるというより、倒れない位置へ軽く戻された。
「惜しいわね」
惜しいではない。
危ない、だ。
私は雷華を見上げた。
「これ……いる?」
幼児らしい短い言葉を選ぶ。
この年齢で流暢すぎる会話をすると、観察力の高い母に不審を持たれる。
雷華は微笑んだ。
「いるわよ。水は毎日使うでしょう?」
「父様、できる」
「父様もできるわね」
「母様も、できる」
「母様もできるわ」
「じゃあ、俺、いらない」
完璧な論理だ。
家には大人がいる。
水が必要なら大人が運べばいい。
幼児にさせる必要はない。
雷華は少し考えるように首を傾げた。
そして言った。
「今はね」
今は。
嫌な言葉だ。
「でも、剛理もいつか自分の水を運ぶでしょう? 自分の水も、家族の水も、誰かの水も。だから今から体に教えるの」
「……道具」
「道具?」
私は頷いた。
この家の納屋には、理知帝国から渡されたと思われる道具があった。
魔導ポンプ。
水を汲み上げるための小型器具だ。
最新式ではない。むしろ型落ち品に近い。
それでも、魔力を流すだけで水を汲み上げられる。設定さえ整えれば、ボタン一つで桶に水を入れられるはずだ。
子供用の玩具扱いなのか、使われた形跡はほとんどなかったが、構造は理解できる。
「納屋。水、出す道具」
雷華は「ああ」と納得したように笑った。
「帝国から来たおもちゃね」
おもちゃではない。
技術だ。
私は少し苛立ったが、表には出さなかった。
「使う」
「使ってみたいの?」
「うん」
雷華はしばらく私を見ていた。
その目は優しい。
だが、やはり観察している。
「いいわ。やってみましょうか」
その日の午後、私は納屋へ連れていかれた。
納屋の奥には、いくつかの帝国製品が置かれていた。
魔導ポンプ。
手回し式の粉砕器。
組み立て式の運搬台。
どれも型落ち品だ。
帝国が同盟国へ贈るにはちょうどいい。
最新技術は渡さない。
だが、恩を売れる程度には便利。
そして壊れれば、修理部品を理由に繋がりを持ち続けられる。
典型的な侵略の種だ。
この村の人間はそれを本当におもちゃだと思っているらしい。
間抜けな話だ。
いや、間抜けなのは理知帝国の方かもしれない。
これほど埃を被らせている時点で、依存させるどころではない。
「これ」
私は魔導ポンプを指差した。
「これを使うのね」
雷華が軽々と持ち上げる。
大人でもそれなりに重いはずだが、彼女の腕はまるで買い物籠でも持つように揺れなかった。
この母親の身体能力も、やはりおかしい。
水場に魔導ポンプを設置する。
細かい調整は私が指示した。
もちろん幼児語で。
「あっち」
「ここ?」
「違う。もっと、下」
「ここね」
「そこ。止める」
「これでいい?」
「うん。押す」
「ここを?」
「うん」
雷華は文句も言わずに手伝ってくれた。
母のこういうところは助かる。
父なら途中で「腕で汲めば早い」と言い出したに違いない。
魔導ポンプの導線を確認し、内部の簡易術式を起動させる。
水場に通した管が震えた。
少し遅れて、吐出口から水が流れ出す。
成功だ。
私は思わず息を吐いた。
桶に直接水が入る。
いちいち屈んで汲む必要がない。こぼれる量も減る。水場の泥で足を滑らせることも減る。
合理的だ。
実に合理的。
「できた」
私が言うと、雷華は素直に拍手した。
「すごいわね、剛理。よくわかったわね」
褒められた。
悪い気はしない。
前世では成果を出しても、褒め言葉の裏には必ず打算があった。
雷華の言葉にも何かしらの観察は含まれているだろう。
だが、少なくとも今は素直な称賛に聞こえた。
「頭がいいのね」
そう言われ、私は少しだけ胸を張った。
当然だ。
私は魔法銃の開発長だった男だ。
型落ちの魔導ポンプを扱う程度、難しいはずがない。
これで水汲みは楽になる。
幼児に過度な負荷をかける必要もなくなる。
文明とは、こういうものだ。
無駄を減らし、人間の能力をより重要なことへ振り向ける。
剛力王国の連中も、少しは効率というものを学ぶべき――。
「じゃあ、片づけましょうか」
雷華が言った。
私は固まった。
「……え?」
「片づけるわよ」
「なぜ?」
思わず、普通に聞いてしまった。
雷華は魔導ポンプを外しながら、当たり前のように答えた。
「鍛錬にならないでしょう?」
何を言っている。
私は口を開けたまま雷華を見た。
今、目の前で効率化を示した。
水を汲む手間を減らした。
幼児でも安全に水を扱えるようにした。
それをなぜ撤去する。
「これ、便利」
「そうね。便利ね」
「なら、使う」
「便利だから、今は使わないの」
意味がわからない。
便利だから使わない。
その言葉は、理知帝国のどの教育課程にも存在しない理屈だった。
雷華は私の顔を見て、少し困ったように笑った。
「剛理は頭がいいから、楽な方法を見つけるのが上手なのね」
「楽、悪い?」
「悪くはないわ」
「じゃあ」
「でも、今の剛理には、楽をするより先に体を作る方が大事なの」
出た。
また体だ。
「水を汲む。持つ。歩く。こぼさないように踏ん張る。転びそうになったら立て直す。全部、体に必要なことよ」
「道具、ある」
「道具は壊れるわ」
「直せる」
「直せる人がいなかったら?」
私は言葉に詰まった。
直せる人。
帝国なら技師がいる。
部品もある。
規格もある。
だが、この村では違う。
確かに、この魔導ポンプが壊れた時、直せる人間は限られる。
私なら直せるかもしれない。
だが、全員ができるわけではない。
雷華は続けた。
「道具は便利よ。使う時もあるわ。でも、道具がないと水も汲めない体になるのは困るでしょう?」
「……」
「それに、これは他の人には少し使いにくいの。水場はみんなが使うから、置いたままだと邪魔にもなっちゃうわ」
使いにくい。
邪魔。
魔導ポンプに向ける評価としては、あまりにも雑だ。
しかし、設置した私だからわかる。
この水場に常設するには、固定の仕方も位置も中途半端だ。
大人が大量に水を汲むなら、普通に汲んだ方が早い可能性すらある。
認めたくはないが、少なくとも今の形では全員に有用とは言い切れない。
雷華は魔導ポンプを肩に担ぐ。
私が必死に設置した文明の利器は、母の片手であっさり持ち去られようとしていた。
「筋肉で汲めるなら、その方が早いもの」
その一言で、私の中の何かが切れた。
筋肉。
何でもかんでも筋肉。
頭の中まで筋肉でできているのか、この国の人間は。
私は内心で吐き捨てた。
野蛮人どもめ。
効率という概念を知らないのか。
いや、知っていて捨てているのか。
どちらにしても救いがない。
雷華はそんな私の内心を知らず、微笑んだ。
「剛理がもう少し大きくなって、鍛錬以外で水をたくさん使う時には、また考えましょうね」
また考える。
つまり、今は認めないということだ。
私は小さな桶を見下ろした。
そして理解した。
この家では、理屈だけでは通じない。
便利であることは、採用理由にならない。
鍛えられるかどうかが基準なのだ。
馬鹿げている。
だが、私は子供だ。
逆らえない。
その日から、水汲みは続いた。
朝。
昼。
夕方。
もちろん家中の水を私一人で賄うわけではない。
だが、私用の小さな桶を持たされ、一定量を運ばされる。
初日は数歩で失敗した。
二日目は少しだけ進んだ。
三日目には、こぼしながらも指定された場所まで運べた。
雷華はそのたびに褒めた。
「昨日より進めたわね」
「今の踏ん張りはよかったわ」
「転びそうになった時、足を出せたわね」
正直、褒められること自体は悪くない。
だが、屈辱でもあった。
私は魔法銃の開発長だった。
帝国の未来を変える兵装を作った男だった。
それが今、水をこぼさず運べただけで褒められている。
しかも、少し嬉しいと感じている。
最悪だ。
自分の体が幼児であることも、周囲の評価基準が低いことも、何もかも腹立たしい。
だから私は、別の手段を取ることにした。
身体強化魔法。
すでに夜中に少しずつ練習している。
まだ大きな出力は出せない。
だが、水桶を運ぶ程度なら、少し補助をかければ十分だ。
筋肉で運ぶのも、魔法で補助して運ぶのも、結果は同じ。
むしろ、魔力制御の訓練にもなる。
合理的だ。
雷華たちは魔法そのものを否定しているわけではない。
なら問題ないはずだ。
私は翌朝、桶を持つ前にこっそり魔力を巡らせた。
足。
腰。
腕。
出力はごく薄く。
外から見て不自然にならない程度に。
桶を持つ。
軽い。
昨日まで重かった水が、今日は扱いやすい。
やはり魔法は有用だ。
私はゆっくり歩いた。
一歩。
二歩。
三歩。
水は揺れるが、体は持っていかれない。
五歩。
十歩。
指定された場所を越える。
雷華が少し目を丸くした。
私はそのまま、さらに先へ進んだ。
どうだ。
見たか。
これが理知だ。
筋肉だけに頼るより、魔法を組み合わせた方が効率的に決まっている。
水桶を置き、私は雷華を見上げた。
褒めるなら今だ。
昨日までの何倍も運んだ。
これは成果だ。
雷華は静かに近づいてきた。
そして、私の前でしゃがんだ。
「剛理」
声が低い。
褒める声ではない。
「魔法を使ったわね?」
私は息を止めた。
ばれている。
なぜだ。
出力は抑えた。
魔力の流れも最低限にした。
この程度の薄い魔力の流れなら、普通は気づかれないはずだ。
だが、雷華は見破った。
「……少し」
黙っても無駄だと判断し、私は認めた。
雷華は怒鳴らなかった。
だが、表情は厳しかった。
「使えたのね」
その声には、驚きが混じっていた。
当然だろう。
普通、この年齢で身体強化魔法など使えないはずだ。
まして、誰かに教わったわけでもない。
この国が身体強化魔法を得意としていると知られているとはいえ、赤子に毛が生えたような幼児が勝手に使うなど、普通に考えればおかしい。
私は少し身構えた。
問い詰められるかもしれない。
どうやって覚えた。
誰に教わった。
なぜ使える。
そう聞かれれば、答えに困る。
しかし雷華は、少し考えた後、妙に納得したように息を吐いた。
「剛理は、そういうところも早いのね」
それで終わりか。
天才肌ということで納得したらしい。
助かった。
助かったが、雑でもある。
「でも、だめよ」
「なぜ」
「今の剛理には、まだ早いから」
「できた」
「できたわね」
「なら、いい」
「よくないわ」
まただ。
この国の人間は、結果を見ないのか。
できた。
運べた。
昨日より明確に成果を出した。
それの何が悪い。
私は苛立ちを抑えきれず、少し強い声で言った。
「強く、なる」
雷華は私を見つめた。
その目に、先ほどとは別の真剣さが浮かんだ。
「強くなりたいのね」
「うん」
「どうして?」
どうして。
そんなもの、決まっている。
奪われないためだ。
理知帝国に殺されないためだ。
今度こそ、必要な部分だけ取られて捨てられないためだ。
だが、それを言うわけにはいかない。
私は短く答えた。
「負けない」
「誰に?」
「誰にも」
雷華の表情が、少しだけ変わった。
優しさではない。
憐れみでもない。
真剣なものだった。
「そう」
雷華は立ち上がった。
「なら、なおさらだめね」
意味がわからない。
「魔法は便利よ。使えるなら使えばいい場面もあるわ」
意外だった。
完全否定ではないらしい。
「でも、今の剛理が魔法で水を運んだら、体は水を運べるようにならない」
「魔法も、力」
「そうね。魔法も力」
「なら」
「でも、寝ている時は?」
私は黙った。
雷華は続ける。
「意識を失っている時は? 不意に襲われた時は? 魔力が乱れた時は? 魔法を使う前に噛まれた時は?」
胸の奥がざわついた。
毒を盛られた時の感覚が蘇る。
魔力が乱れ、術式が組めなかった。
あの時、私は何もできなかった。
頭も魔法もあった。
だが、体は動かなかった。
動かない体では、生き残れなかった。
「ここは危険地帯に近いわ」
雷華の声は穏やかだった。
「夜に魔物が来ることもある。寝ているから待ってください、なんて言ってくれない。だから、まずは寝ていても剛理を守ってくれる体を作るの」
私は反論しようとした。
だが、言葉がすぐに出なかった。
理屈としては通っている。
悔しいことに。
「魔法が悪いわけじゃないわ。でも、今の剛理にはズルになる」
「ズル……?」
「そう。体が覚える前に楽をするズル」
ズル。
魔法をズルと呼ばれた。
理知帝国なら、魔法を使える者は評価される。
使えない者が努力不足と言われる。
だが、この国では違う。
魔法に頼ることが、体を育てる邪魔になる。
少なくとも、雷華は本気でそう考えている。
「だから、しばらく魔法は禁止」
宣告だった。
私は雷華を睨んだ。
幼児の顔では迫力などないだろう。
それでも睨んだ。
「嫌だ」
「嫌でも」
「強くなる」
「だから、体で強くなりなさい」
「遅い」
「遅くないわ」
「遅い!」
思ったより大きな声が出た。
雷華が少し驚く。
私自身も驚いた。
焦りがあった。
理知帝国の魔法銃が進む。
私の死後も、技術は残る。
あの男が成果を奪った以上、帝国は必ず先へ進む。
私はこんなところで水桶を抱えている場合ではない。
早く強くならなければならない。
早く地位を得なければならない。
早く。
早く。
「剛理」
雷華が私の頭に手を置いた。
今度は揺れなかった。
驚くほど優しい手だった。
「急ぐ理由があるのね」
私は答えなかった。
「でも、急いで壊れたら意味がないわ」
その言葉は、なぜか胸に刺さった。
理知帝国では、壊れた者は捨てられた。
使い物にならない者は下げられ、忘れられ、消えた。
この母親は、私が壊れる可能性を考えている。
そのうえで止めている。
甘い。
非効率だ。
だが、悪意ではない。
だからこそ、余計にやりづらい。
「今日は終わりにしましょう」
「まだできる」
「魔法を使ったから終わり」
「……」
「明日からは、魔法なし。いいわね」
よくない。
まったくよくない。
だが、私は頷くしかなかった。
逆らえる力がない。
それがすべてだ。
結局、私の水汲みは最初に戻った。
小さな桶。
重い水。
揺れる足元。
魔法なし。
文明の利器なし。
筋肉。
何もかも筋肉だ。
私は毎日、水を運んだ。
こぼした。
転んだ。
膝を擦りむいた。
腕が痛くなった。
肩が震えた。
そして少しずつ、昨日より運べるようになった。
それがまた腹立たしかった。
結果が出るからだ。
あれだけ馬鹿にした方法で、実際に体は変わっていく。
桶を持つ腕が少し安定する。
足が踏ん張る。
水の揺れに合わせて腰が動く。
失敗のたびに、体が勝手に覚える。
理屈では理解できる。
反復による身体学習。
負荷適応。
平衡感覚の獲得。
帝国にも似た概念はある。
だが、それを幼児に水桶でやらせる発想はなかった。
理解はした。
納得はしていない。
いや。
納得したくない。
そんなある日、剛力羅が水場に現れた。
彼は私の水汲みをしばらく見ていた。
私は桶を運び終え、息を切らしながら父を見上げた。
褒めるのか。
笑うのか。
それとも、もっと重い桶を持たせるのか。
剛力羅は腕を組み、満足そうに頷いた。
「少し筋肉がついたな」
それしか言えないのか、この男は。
私が内心で毒づいた直後、剛力羅は水場の横に置いてあった大人用の桶を片手で持った。
大きい。
私の桶とは比べものにならない。
それを水で満たす。
当然、重い。
普通の大人なら両手で持つ。
だが剛力羅は片手で持った。
そして、もう片方の手でさらに別の桶を持った。
二つ。
それでも足取りは変わらない。
彼は水場から家の方へ歩いた。
速い。
水がほとんど揺れない。
歩幅も姿勢も乱れない。
ただ歩いているだけなのに、明らかに鍛錬の完成形がそこにあった。
家の前まで行くと、剛力羅は桶を置いた。
そして振り返り、笑った。
「剛理。水汲み一つでも、極めればこうなる」
水汲みを極めるな。
そう思った。
だが、同時に見てしまった。
道具を使うより、速い。
少なくともこの男に限れば、魔導ポンプを設置し、起動し、片づけるより、自分で汲んで運んだ方が早い。
馬鹿げている。
馬鹿げているが、事実だった。
文明の利器は、筋肉に敗北した。
少なくとも、この村の水場では。
私は拳を握った。
悔しい。
理屈ではなく、目の前の現実が悔しい。
剛力羅はそんな私の顔を見て、なぜか嬉しそうに笑った。
「いい顔だ」
どこがだ。
「悔しいなら、鍛えろ」
またそれか。
だが、今度はすぐに否定できなかった。
この国では、悔しさの出口が一つしかない。
鍛える。
実に単純。
実に野蛮。
そして、少しだけわかりやすい。
その夜、私は布団の中で目を開けていた。
魔法は禁止された。
道具も使えない。
水汲みは続く。
理知帝国で学んだ合理性は、この家では通用しない。
いや、違う。
通用しないのではない。
別の合理性で上書きされている。
道具が壊れるなら、体を鍛える。
魔法が途切れるなら、筋肉を鍛える。
危険地帯で寝ている時に襲われるなら、寝ていても耐える体を作る。
理屈としてはわかる。
わかってしまう。
だから余計に腹が立つ。
「……野蛮人どもめ」
小さく呟いた。
誰にも聞こえない声で。
その言葉に、以前ほどの確信はなかった。
それもまた、腹立たしかった。




