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第21話 王の伝令兵は、死なずに帰るまでが仕事

 私の長順と役割が決まったところで、長会議は終わった。


 長順十八。


 村としての役割は、防人。


 そして、私個人の役割は伝令兵。


 期待を込めた結果が、伝令兵。


 どういうことだ。


 私の困惑を置き去りにして、会議はそのまま終わった。


 そして、すぐに宴会が始まった。


 料理が運ばれてくる。


 酒が開けられる。


 長たちの緊張していた空気が、少しずつほどけていく。


 さっきまで国の方針を話していたはずなのに、切り替えが早い。


 剛力王国では、会議が終われば食う。


 戦った後も食う。


 祝い事でも食う。


 おそらく、何かあればだいたい食う。


 筋肉を作るには食事が必要だから、という理屈なのだろうか。


 いや、考えるのはやめよう。


 今の私は、それどころではない。


 伝令兵。


 その言葉が、頭の中を回っていた。


 理知帝国で言う伝令兵なら、情報や命令を運ぶ者だ。


 重要ではある。


 重要ではあるが、長順十八の長に期待を込めて与える役割なのか。


 普通に考えれば、別に長でなくてもできる。


 いや、ここは剛力王国だ。


 理知帝国と同じ扱いのはずがない。


 強い者が伝令兵である意味は、確かにある。


 魔物に襲われても倒せる。


 道が塞がっていても突破できる。


 敵がいても潰して進める。


 弱い伝令が魔物に殺されて情報が止まるくらいなら、最初から強い者を使った方がいい。


 それは合理的だ。


 だが、それだけなのか。


 長順十八で。


 村長で。


 伝令兵。


 やはり、どういうことだ。


 考え込んでいると、前から蘭が抱きついてきた。


 私は少し遅れて、自分が宴会の場で固まっていたことに気づいた。


 蘭の腕が、私の背に回る。


 ぎゅっと抱きしめられる。


「蘭?」


「剛理、考えてる」


「考えていた」


「ずっと」


 蘭の声はいつも通り短い。


 だが、少しだけ不満が混じっている気がした。


 私は息を吐いた。


 悪い癖だ。


 周囲に長たちがいて、料理が運ばれてきて、宴会が始まっているというのに、私は頭の中で伝令兵の意味をこね回していた。


「悪い」


 私は蘭の方を向き、謝った。


 そのまま、少し迷ってから頭を撫でる。


 蘭は表情に出にくい。


 だが、心なしか嬉しそうに見えた。


 いや、最近は少しわかるようになってきた。


 蘭は嬉しい時、あまり顔を変えない。


 ただ、腕の力が少し柔らかくなる。


 私の近くにいる時の空気も、少しだけ丸くなる。


 そういうところで判断するしかない。


 それにしても、私はだいぶ変わった。


 蘭に自分の気持ちを告げてから、心境に変化があったのだろうか。


 蘭のことが、以前よりもずっと可愛く見える。


 外ではできる限り抱きつくのはやめてほしいと、前に言った。


 だが、周りの長たちは特にとやかく言ってこない。


 むしろ、少し面白そうに見ているだけだ。


 剛力王国では、婚約者が抱きついている程度は大した問題ではないのかもしれない。


 もう、なるようになれでいい気がしてきた。


 いや、よくない。


 よくないが、今さら蘭を引き剥がすのも違う気がする。


 私は一息ついて、改めて考え直した。


 そもそも、役割がよくわからなければ聞けばいい。


 ここは理知帝国の会議室ではない。


 無知を隠して裏で笑われる場所ではない。


 少なくとも、今のところはそうだ。


 わからないなら聞く。


 戦う時に相手の力を測るように、役割も確認すればいい。


 まずは父に聞くか。


 そう考えて、すぐにやめた。


 父に聞いても、まともな答えが返ってこない気がする。


 伝令兵とは何か。


 言葉を伝える役割だ。


 そう言われて終わる可能性が高い。


 間違ってはいない。


 間違ってはいないが、私が知りたいのはそこではない。


 なら、聞く相手は一人だ。


 期待を込めてと言った本人。


 剛真。


 正直、相対するだけでかなり気後れする。


 剛真はただそこにいるだけで圧がある。


 戦いに行くわけではないとわかっていても、近づくには少し覚悟がいる。


 だが、聞かなければわからない。


「蘭」


「なに」


「少し剛真に話を聞いてくる」


「うん」


 蘭は良い返事をした。


 そして、前から抱きしめていた腕を解いた。


 わかってくれたらしい。


 私はそう思い、剛真のいる方へ歩き出した。


 数歩進んだところで、背中に重みが来た。


 蘭が後ろから抱きついてきた。


「……蘭?」


「なに」


「何をしている」


「ついていく」


「今、話を聞いてくると言っただろう」


「うん」


「それでなぜ背中に抱きつく」


「一緒に行く」


 何もわかっていないのでは。


 いや、蘭の中ではわかっているのかもしれない。


 私が剛真に話を聞きに行く。


 蘭も一緒に行く。


 だから後ろから抱きつく。


 その間にある段階が、いくつか抜けているだけだ。


「歩きにくい」


「うん」


「うん、ではなく」


 私は言いかけて、やめた。


 ここで待っていてくれ。


 そう言おうとした。


 だが、蘭の雰囲気から察した。


 たぶん、言葉を重ねても時間が過ぎるだけだ。


 蘭は離れない。


 私が困る。


 蘭は聞こえないと言う。


 結局、一緒に行く。


 なら、最初から諦めた方が早い。


 私は背中に蘭を張りつけたまま、剛真の元へ向かった。


 非常に歩きにくい。


 だが、歩けないほどではない。


 剛力王国の鍛錬は、こういうところでも役に立つ。


 役に立ってほしくはなかった。


 案の定、剛真は私の後ろの蘭を見て笑った。


「ずいぶん仲がいいな」


「……離れてくれません」


「いいことだろう」


「歩きにくいです」


「鍛錬になる」


 やめろ。


 何でも鍛錬にするな。


 だが、その笑いのせいか、剛真の雰囲気が少し柔らかくなった。


 圧はある。


 あるが、先ほど対面した時ほど身構えずに済む。


 これはこれでありだったのかもしれない。


 いや、蘭が後ろから抱きついている状態がありなのかは、まだ判断したくない。


「剛真殿」


「剛真でいい」


「では、剛真。伝令兵について聞きたい」


「だろうな」


 剛真はそう言って、近くの席を指した。


「座れ。飯を食いながら話せ」


 料理を渡された。


 私の分。


 そして蘭の分も。


 蘭は私の背中から離れ、当然のように私の横に座った。


 距離は近い。


 腕が触れている。


 もう突っ込む気力がない。


 私は料理を受け取り、目の前に置いた。


 うまそうだった。


 だが、今は話が先だ。


「剛力羅には聞かなかったのか?」


 剛真が聞いた。


 私は少し父の方を見た。


 父は離れたところで、他の長と酒を飲んでいる。


 楽しそうだ。


 非常に楽しそうだ。


「父様に聞くと、言葉を伝える役割だ、とだけ返ってきそうだったので」


 剛真は一瞬黙った。


 そして笑った。


「まあ、間違ってはいないな」


「間違ってはいないのが困るんです」


「剛力羅らしい」


 軽く流された。


 やはり、父に聞かなくて正解だったらしい。


 剛真は料理を一口食べてから言った。


「伝令兵は、言葉を伝える役割だ」


 私は少しだけ目を細めた。


 そこは父と同じなのか。


 剛真は続ける。


「ただし、剛力王国の言葉は、安全な道だけを通るわけではない」


「安全な道だけではない」


「ああ。危険領域に近い場所ならなおさらだ。道が安全とは限らない。急ぐ時ほど、危ない道を抜ける必要がある」


 剛真は器を置いた。


「そこで弱いやつを出しても死ぬだけだ」


 言い方は雑だが、理屈はわかる。


 危険地帯を走り抜け、魔物を避けるか倒し、情報を届ける。


 それは確かに重要だ。


 重要だが。


 内心、少し落胆した。


 やはり単にそういう役割なのか。


 強い伝令。


 危険地帯でも死なない伝令。


 それなら理解はできる。


 だが、私が求めている発言権や理知帝国への備えとは、少し遠く感じる。


 そう思った時、剛真がこちらを見た。


「ただ、それだけじゃない」


 私は顔を上げた。


「剛力羅から、前もって剛理のことは聞いている」


「父様から?」


「ああ。お前には、やりたいことがあるってな」


 私は思わず父の方を見た。


 父はまだ酒を飲んでいる。


 何も気づいていないような顔だ。


 根回し。


 これは、根回しなのか。


 父が。


 あの父が。


 私のために、剛真へ話を通していた。


 驚きだ。


 いや、父は村長だ。


 ずっと村をまとめてきた男だ。


 根回しくらいできてもおかしくない。


 おかしくないが、父が根回しという言葉と結びつくと、どうにも違和感がある。


「長順で十まで行けるようなら、その話は議題に上げてもいい」


 剛真が言った。


 私は息を止めた。


 長順十。


 十まで行けば、理知帝国の話を議題に上げてもいい。


 それは、つまり。


 今の十八では足りない。


 だが、道はある。


 はっきりと条件が示された。


 ただ上がれ。


 力を示せ。


 十まで来い。


 そうすれば話を聞く。


 剛力王国らしい。


 あまりにもわかりやすい。


「ただし、王の伝令兵となるなら、今のままでは死ぬ可能性が高い」


 剛真は続けた。


「だから今回は、まず役割としての伝令兵を担ってもらうだけだ」


「役割としての、伝令兵」


「ああ。走って、伝えて、生きて戻る。まずはそこからだ」


 まずは。


 その言葉が引っかかった。


 剛真は少し笑った。


「本来、王への伝令が特別に危険というわけではない」


「そうなのですか?」


「ああ。普通の王ならな」


 普通の王。


 その言い方だけで、嫌な予感がした。


 剛真は続ける。


「だが、今代の王は化け物だ。あの方は危険領域の奥深くにいることがある」


「……危険領域の奥深く?」


「そうだ。王へ言葉を届ける。王から言葉を持ち帰る。言葉にすればただの伝令だが、向かう場所が危険領域の奥なら話は変わる」


 私は黙った。


 危険領域の奥深く。


 魔物が多く、普通なら人が踏み込まない場所。


 そこへ王がいる。


 そして、そこへ伝令として向かう。


「王の元へたどり着くまでに、魔物に殺されるかもしれん。帰りも同じだ。王自身は問題ない。問題なのは、そこへ行く側と戻る側だ」


「だから、王の伝令兵には強さが必要になる」


「そういうことだ」


 剛真は頷いた。


「今代の王への伝令は、特別なものになる。王が危険な場所にいるからな。生半可な強さでは、言葉を届ける前に死ぬ」


 私は伝令兵という言葉を、頭の中で置き直した。


 王の命令を運ぶ者。


 王に情報を届ける者。


 そういう政治的な近さもある。


 だが、それ以前に物理的な問題があった。


 王がいる場所へ行けるか。


 生きて戻れるか。


 そのための強さがいる。


 剛力王国らしい。


 あまりにも剛力王国らしい。


 王への道すら、まず筋肉で突破するのか。


「なんなら、そのタイミングで王の伝令兵の役になってもらってもいいぞ?」


 剛真は軽く言った。


 だが、その内容は軽くない。


「うまくいけば、剛理のやりたいことは叶うと思うぞ」


 王の伝令兵。


 王へ言葉を届けられる位置。


 理知帝国の危険性を伝えるための道。


 国を動かすための足場。


 それが、伝令兵という役割の先にある。


 私は胸の奥が熱くなるのを感じた。


 父よ。


 根回しができているじゃないか。


 私は少し感動した。


 そう思った直後、剛真が言った。


「おもちゃを貢いでくる理知帝国とやらと戦争したいんだって聞いてたからな」


 父よ。


 私は頭を抱えたくなった。


 いや。


 大きなくくりで言えば、内容的には間違っていないのかもしれない。


 私は理知帝国を危険だと思っている。


 時間が経てば経つほど、理知帝国の力は上がるはずだ。


 魔法銃の開発が進めば、剛力王国もいずれ標的になる。


 インフラ、規格、金、通信。


 帝国は便利さで絡め取り、相手の命脈を握る。


 そして、最後の武力まで手に入れようとしていた。


 ならば、先手で理知帝国に戦争を仕掛けてでも止めるべきだ。


 そういう意味では、父の伝え方は完全に間違いではない。


 間違いではない。


 間違いではないが。


 おもちゃを貢いでくる理知帝国と戦争したい。


 雑すぎる。


 だが、伝わっていると言えば伝わっているのかもしれない。


 剛真は私の顔を見て、少し笑った。


「違うのか?」


「……大きくは、違いません」


「ならいいだろう」


 いいのか。


 いや、いいのかもしれない。


 この国では、細かい言い回しより、何をしたいかが重要なのだろう。


 私は息を吐いた。


「長順十、ですか」


「ああ」


「今の私は十八です」


「そうだな」


「身体強化込みで十八です」


「そうだ」


 冷静に考える。


 今の私は、身体強化込みで長順十八。


 剛覇より上と判断された。


 だが、それでも十八だ。


 十まで上がるには、さらに八つ上がらなければならない。


 しかも、上にいるのは剛真や王に近いような化け物たちだ。


 簡単なはずがない。


 むしろ、かなり難しい。


 剛真は私を見る。


「無理か?」


「無理とは言いません」


「ならいい」


「ただ、かなり厳しいとは思っています」


「厳しくない道で、国を動かそうとしていたのか?」


 言葉に詰まった。


 正論だ。


 国を動かす。


 理知帝国に備える。


 前世で私が成し遂げられなかったことを、今世でやろうとしている。


 簡単なわけがない。


 少々のリスクどころではない。


 命を賭ける必要だってあるだろう。


「強くなりたいなら、方法はある」


 剛真が言った。


 私は顔を上げる。


「方法?」


「ああ。強い魔物を倒したら、その場で直接食え」


 私は固まった。


「その場で、直接?」


 隣で、蘭がわずかに反応した。


 ほんの少しだけ、肩が動いた。


 表情は変わらない。


 だが、何かを知っている反応だった。


 私はそれを横目で見た。


 蘭は何も言わない。


 ただ、少しだけ視線を落としている。


 私は思い出した。


 一時期、蘭との差が縮まったことがある。


 もう少しで届く。


 そう思った時期があった。


 だが、蘭はまた私の先へ行った。


 あの時、私は単純に蘭も鍛え直したのだと思っていた。


 まさか。


 今の話と関係があるのか。


 蘭は、これをやったのか。


 強い魔物を倒した後、その場で直接食べる。


 その地獄のような鍛え方を。


 剛真は蘭の反応に気づいたのか、気づかないのか、話を続けた。


「そうだ。倒した直後の魔物の血肉は強い。処理して食いやすくしたものより、体に来る」


「体に来る」


「当然、きついぞ。下手をすれば壊れる。だが、お前はそれができるだけ鍛えてあるだろう?」


 剛真の目は真面目だった。


 冗談ではない。


 強い魔物を倒す。


 その場で、直接食う。


 体に危険信号を叩きつけながら、それを力に変える。


「俺も、それで強くなった」


 剛真は軽く言った。


 軽い言い方だった。


 だが、その言葉の重みは軽くない。


 目の前にいる、この国で二番手と言われる男。


 王を化け物と呼ぶ男。


 その剛真も、強い魔物を倒し、その場で食い、さらに強くなった。


 つまり、これは思いつきの無茶ではない。


 実際に上へ行った者の方法だ。


 私は喉の奥が少し乾いた。


 今までの魔物飯は、母が調整していた。


 比率も、処理も、私の体が壊れないぎりぎりを見極めていた。


 それでも痛かった。


 まずかった。


 喉が拒んだ。


 胃が悲鳴を上げた。


 それを、倒した直後の強い魔物でやる。


 地獄ではないか。


 いや、地獄よりひどい可能性がある。


「それは……普通にやるものなのですか?」


「普通にはやらん」


「普通には」


「壊れるからな」


 さらっと言うな。


「だが、上に行きたいなら、普通の鍛え方だけでは足りないこともある。強い魔物を食うなら、強い魔物を倒せるだけの力も必要だ。だから順番を間違えれば死ぬ」


「今の私なら?」


「死なないとは言わん。だが、試すところまでは来ている」


 それは評価なのか。


 それとも死地への招待なのか。


 どちらにしても、剛力王国らしい。


 強くなりたい。


 なら、強い魔物を倒して食え。


 発想が直線すぎる。


 しかし、理屈は通っている。


 魔物の血肉で体を鍛える文化。


 強い魔物ほど、体への負荷も大きい。


 その負荷に耐え、取り込めれば、さらに強くなる。


 単純だ。


 単純すぎる。


 だが、この国の単純な理屈は、時々本当に正しい。


 私はもう一度、隣の蘭を見た。


 蘭は黙って料理を見ている。


 さっきの反応について、今ここで聞くべきではないだろう。


 ただ、私は理解した。


 蘭は、私が知らないところでそこまでしていた。


 私に追いつかれそうになった時。


 私に負けたくなくて。


 あるいは、私に見てもらい続けたくて。


 強い魔物を食ったのかもしれない。


 私は胸の奥に、少し重いものを感じた。


 蘭は、本当に不器用だ。


 そして、本当に強い。


 私は目の前の料理を見た。


 剛真の話を聞いている間、手をつけていなかった料理。


 湯気が立っている。


 肉の香りがする。


 香草の匂いもする。


 うまそうだ。


 長順十を目指すなら、さらに鍛えなければならない。


 今の身体強化込みで十八なら、十は遠い。


 鍛錬。


 魔物との戦い。


 身体強化の練り直し。


 そして。


 また、あの地獄の魔物飯生活に戻らないといけないのか。


 いや、それどころではない。


 倒した直後の強い魔物を、その場で直接食う。


 口が拒む飯。


 喉が嫌がる飯。


 胃が悲鳴を上げる飯。


 痛い飯。


 それをさらに濃くした何か。


 私は料理を口に運んだ。


 目を閉じる。


 舌で味わう。


 うまい。


 肉がうまい。


 味がある。


 苦くない。


 痛くない。


 体が拒まない。


 久しぶりに涙が出てきた。


 蘭が横から私を見ていた。


「剛理、泣いてる」


「飯がうまいからだ」


「また?」


「まただ」


 仕方ないだろう。


 私は前世で普通の料理を知っていた。


 今世で痛い飯を知った。


 そして今、うまい飯を食っている。


 この落差は、私の精神に大きすぎる。


 剛真が笑っている。


「お前、飯で泣くのか」


「鍛錬中の飯がひどすぎたんです」


「強くなるには必要だ」


「わかっています」


 わかっている。


 わかっているが、つらいものはつらい。


 だが、長順十。


 王の伝令兵。


 理知帝国に届く道。


 それがあるなら。


 私はもう一口、料理を食べた。


 うまい。


 やはりうまい。


 涙が出る。


 そして思った。


 私は、またあのまずい飯を食うことになるのだろう。


 それも、今までよりさらにひどい形で。


 理知帝国に備えるために。


 奪われないために。


 蘭を、家族を、この村を守るために。


 それでも、今だけは。


 今だけは、このうまい飯を味わわせてほしい。


 長順十への地獄は、村に帰ってから始まる。


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