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第20話 期待の役割は、伝令兵だった

 長会議が始まった。


 最初に行われたのは、長交代の紹介だった。


 対象は、剛覇と私だ。


 とはいえ、剛覇についても私についても、紹介らしい紹介がどこまで必要だったのかは怪しい。


 なにせ、会議が正式に始まる前に、剛覇は蘭に声をかけ、私はその剛覇と戦った。


 その結果、身体強化を使って剛覇を吹っ飛ばした。


 人となり。


 強さ。


 面倒の起こし方。


 それらは、すでにある程度知られてしまっている。


 長会議の場にいる者たちの視線は、紹介される私たちを見ながら、どこか納得したような色をしていた。


 剛覇は堂々としている。


 私より五、六歳ほど上で、街の長になる男。


 蘭に声をかけた時は腹立たしかったが、戦った後の態度を見る限り、根はそこまで悪いわけではなさそうだ。


 欲しいものを見つけたら正面から取りにいく。


 負けたら認める。


 剛力王国らしいと言えば、かなり剛力王国らしい。


 私の紹介の時、蘭は私のすぐ横にいた。


 当然のように。


 長会議に関係ないはずなのに、当然のように。


 結局、特に止められなかった。


 父の「駄目と言われたら力で黙らせればいい」という雑な助言は、実行されずに済んだ。


 よかった。


 本当によかった。


 長会議の初参加で、婚約者の同行を理由に戦うなど、いくら剛力王国でも面倒が増えすぎる。


 いや、この国ならそれも見極めの一つとして処理されかねない。


 そこが怖い。


 長交代の紹介が終わると、会議は本題へ入った。


 最初の議題は、危険領域の状況だった。


 危険領域。


 魔物が多く発生し、剛力王国が壁となって押さえている領域。


 私の村も危険領域に近い。


 父が防人の役割を持っていたのも、そのためだ。


 報告は、思ったより簡潔だった。


「あちら側で中型が増えている」


「なら、見つけたら潰すか」


「もう潰した」


「なら問題ないな」


 問題ないのか。


 いや、問題ないのだろう。


 少なくとも、この国では。


 魔物が増えた。


 見つけた。


 倒した。


 終わり。


 理知帝国なら、発生地点、数、被害、経路、今後の予測、警備配置、補給計画、報告書、承認手続きが続く。


 剛力王国では、強い者が行って倒す。


 そこで終わる。


 雑だ。


 だが、ここにいる長たちの顔を見る限り、それで本当に回っているらしい。


 次に、危険領域を削るための開拓の話が出た。


 こちらは少しだけ具体的だった。


 どの方面を押すか。


 どこの村から人を出すか。


 どれくらいの戦士が必要か。


 食料の余裕はあるか。


 どの長が前に出るか。


 私の村では、もう分村の話は関係なくなった。


 蘭との婚約によって、私が今の村の長になる道が開けたからだ。


 だが、危険地帯に近い別の村では、分村の話が進んでいるらしい。


 私はその話を聞きながら、少し不思議な感覚を覚えた。


 少し前まで、自分もそちらへ進むつもりだった。


 新しい村を作り、その長になる。


 そうすれば蘭に勝てなくても村長になれる。


 その道が見えた時、私は確かに救われたような気持ちになった。


 だが今、その話は他人事になっている。


 私の横には蘭がいる。


 私の袖を軽く掴んでいる。


 この女が、朝から私を捕まえに来たせいで、私は分村ではなく婚約と村長交代の道へ進むことになった。


 人生はわからない。


 いや、今世は特にわからない。


 前世で毒殺された時点で十分わからない人生だったが、今世は今世で別方向におかしい。


 畑や農作物の話も出た。


 こちらは危険領域の話より、さらに早かった。


「今年の作物は?」


「足りる」


「ならよし」


 報告とは何だろう。


 量は。


 収穫予測は。


 備蓄は。


 輸送は。


 私は内心で疑問を並べた。


 だが、周囲の長たちは特に疑問を抱いていないようだった。


 足りなければ、増やす。


 足りなければ、持ってくる。


 魔物が邪魔なら、倒す。


 畑が荒れたなら、もっと耕す。


 この国の農業は、理知帝国の農業とは根本から違う。


 雑なのに、力で成立している。


 やはりおかしい。


 他には、隣国との外交の報告もあった。


 外交。


 その言葉を聞いて、私は少し身構えた。


 理知帝国への備えを考える以上、剛力王国の外交感覚は知っておく必要がある。


 報告した長は、腕を組んで当然のように言った。


「隣国へ魔物素材を供給していた件だが、相手が立場をわきまえず高圧的に出てきた」


「ふむ」


「なので、ぶちのめしてきた」


 私は表情を保った。


 外交とは何だろう。


 また迷路に入った気分だった。


 素材を供給している相手が高圧的だった。


 だからぶちのめした。


 報告はそれで終わりに近かった。


 周囲の反応は、当然だというものだった。


「それはそうだな」


「素材をもらっておいて偉そうにするのはよくない」


「わからせるのは必要だ」


 わからせる。


 外交にその言葉を使うのか。


 いや、剛力王国では使うのだろう。


 私は何も言わなかった。


 今の私は、まだ長会議に入ったばかりのひよっこだ。


 口を出したところで、受け入れられる可能性は低い。


 むしろ反発を招く。


 それに、前世で聞いていた剛力王国の振る舞いを考えれば、これは別におかしなことではない。


 理知帝国では、剛力王国は蛮族だと言われていた。


 外交儀礼を軽んじる。


 力で押す。


 気に入らなければ殴る。


 そういう評価だった。


 今の報告は、その評価と一致している。


 問題は、内側から見ると、それがただの無知ではなく、剛力王国なりの秩序として成立していることだ。


 供給する側が強い。


 素材を得ている側が高圧的に出る。


 なら殴る。


 力関係をはっきりさせる。


 この国ではそれが外交なのだ。


 理解はした。


 納得は、まだしたくない。


 私は会議の流れを観察し続けた。


 発言している者には偏りがある。


 肌感覚なので正確とは言い切れないが、私より強いとわかる長たちが多い。


 戦っていなくてもわかる。


 立っているだけで圧がある者。


 声を出すだけで周囲が聞く者。


 剛真ほどではないが、明らかに上位にいる者たち。


 そういう長たちが、自分から発言している。


 では、弱い長は黙っているのか。


 そうでもない。


 私より弱そうな長も発言はしている。


 ただし、立ち位置が違う。


 自分から主張するというより、求められたから答える。


 状況を聞かれたから報告する。


 強い長が話を振り、それに返す。


 そんな形が多かった。


 やはり、発言権は長順と関係しているのだろう。


 いや、長順というより、力そのものか。


 この国では、強さが地位になる。


 地位が発言権になる。


 発言権が役割を生む。


 極端だが、筋は通っている。


 長順もしくは力がなければ、自分から大きな話を上げるのは難しい。


 まして、私のようにいきなり入ってきたひよっこが、国の先行きを判断するような内容を出したところで、信用されるはずがない。


 理知帝国の危険性。


 魔法銃。


 インフラ支配。


 それらは私にとって重大な情報だ。


 だが、その根拠は前世の知識にある。


 今、理知帝国がどうなっているのかはわからない。


 魔法銃がどこまで進んだのかもわからない。


 私を殺した男が、どこまで成果を握ったのかも。


 この段階で話しても、なぜ知っているのかという問題が出る。


 なら、今は聞く。


 観察する。


 この会議でどの程度の発言権が必要なのかを見極める。


 そうしているうちに、会議は終わりに近づいた。


 最後に、長交代に関わる議題へ移った。


 剛覇と私の長順、そして役割を決める。


 剛真だけでなく、他の長たちの評価も加えられるらしい。


 見極めの戦いはすでに終わっている。


 剛覇は強かった。


 隔世遺伝の肉体。


 見た目以上の密度。


 私が肉体と技だけで挑めば届かない相手だった。


 そして私は、身体強化を使って剛覇を吹っ飛ばした。


 その評価をどう扱うか。


 そこが問題になるのは、何となく予想していた。


 まず、剛覇の話が進んだ。


 こちらは比較的早かった。


「剛覇は、長順二十一」


 剛真が告げた。


「役割は供給。元の街の役割を引き継ぐ」


 剛覇は特に驚いた様子もなく頷いた。


 供給。


 何を供給するのかと思ったが、説明を聞いて理解した。


 食料。


 物資。


 武力。


 そして血脈。


 足りないところに、足りないものを回す。


 つまり、一種の中継点、あるいはハブのような役割だ。


 街レベルの集まりだからこそできることなのだろう。


 血脈という言葉に少し引っかかったが、内容は単純だった。


 血が濃くなりすぎないように、別の集まりへ嫁や婿として人を送る。


 剛力王国では強さが重視される。


 だから、強い血をどうつなぐかも重要なのだろう。


 剛覇が自分に釣り合う相手を探していたのも、この役割と無関係ではないのかもしれない。


 それにしても、剛覇で長順二十一。


 あの強さで二十一。


 上の層が厚い。


 厚すぎる。


 私は内心で息を吐いた。


 だが、理知帝国を相手取るという意味では、頼もしい限りでもある。


 剛力王国の上位層は、私の想像以上に強い。


 魔法銃がどこまで進んでいるかはわからない。


 だが、正面から戦う力だけで見れば、この国はやはり異常だ。


 問題は、理知帝国が正面からだけ来る国ではないことだが。


 次に、私の番になった。


 ここで少し空気が変わった。


 難航した。


 理由は明白だ。


 私は身体強化魔法を使って剛覇を吹っ飛ばした。


 身体強化魔法自体が否定されたわけではない。


 この国にも魔法はある。


 肉体を鍛えることを重視するだけで、魔法そのものを邪道として完全に排除しているわけではない。


 ただ、長順の基準として、私の戦力をどう評価するかで意見が分かれた。


「常時使える力ではないなら、肉体そのもので見るべきだろう」


 ある長が言った。


「長順は普段から背負う役割に関わる。瞬間の最大火力だけで上げるのは重すぎる」


 その声には、嫌味はなかった。


 むしろ慎重だった。


 別の長が首を振る。


「だが、力は力だ。必要な時に出せるなら、それも剛理の力だろう」


「使える時間は?」


「反動は?」


「使うまでに隙があるなら、実戦では評価を下げるべきだ」


「いや、剛覇との戦いでは十分に使えていた」


 意見が割れる。


 肉体のみで判断すべきという声。


 身体強化込みの最大戦闘力で判断すべきという声。


 私は黙って聞いていた。


 理知帝国なら、こういう時、裏がある。


 誰かを上げたい。


 誰かを下げたい。


 派閥。


 利権。


 顔を立てる。


 書類上の形式。


 そういうものが混じる。


 だが、この場で出ている意見は、少なくとも表面上はかなり率直だった。


 若い長に重い役割を背負わせて大丈夫か。


 必要な時に使える力なら評価すべきではないか。


 どちらも、理屈としてはわかる。


 やがて、私に質問が向いた。


「剛理。身体強化は、どれくらいで使える?」


「今回のように全身へ巡らせるなら、一呼吸は必要です。ただ、部分的な強化ならもっと早い」


「維持できる時間は?」


「全力で長くは無理です。戦闘の山場に合わせて使う形になります」


「反動は?」


「無理に使えばあります。ですが、今の肉体なら短時間の使用で動けなくなるほどではありません」


 私は正直に答えた。


 ここで大きく見せる意味はない。


 実際に役割が来るのだ。


 できもしないことをできると言えば、自分だけでなく村にも害が出る。


 それに、剛力王国の長たち相手に嘘をついても、いずれ戦いでばれる。


 剛真は私の答えを聞きながら、腕を組んでいた。


 何人かの長たちがさらに意見を交わす。


 剛覇は少し離れたところで、面白そうに見ている。


 蘭は私の横にいる。


 袖を掴んでいた。


 心配しているのか、不満なのかはわからない。


 ただ、私が下げられるのは嫌そうだった。


 議論がしばらく続いた後、剛真が口を開いた。


「どちらの意見ももっともだな」


 その一言で、場が静かになる。


 やはり剛真の発言は重い。


「肉体のみで見れば、剛理は剛覇に届かなかった。だが、身体強化込みなら剛覇を吹っ飛ばした。どちらも事実だ」


 剛真の目が私へ向いた。


「なら、重荷を背負う本人に決めさせればいい」


「私に?」


「ああ。剛理、どちらがいい?」


 場の視線が私に集まった。


 私は黙った。


 簡単に答えられる問題ではない。


 身体強化込みで判断してもらえば、長順は上がるだろう。


 発言権も増える。


 理知帝国への備えを進めるためには、その方がいい。


 私は地位が欲しい。


 高い立場が欲しい。


 それは最初から変わっていない。


 だが、長順が上がるということは、それだけ重い役割を背負うということでもある。


 危険も増える。


 期待も増える。


 まだ成人していない私に、それを背負わせていいのか。


 そう心配してくれている者もいる。


 もし、肉体のみで判断すべきだと言っている長が、私を下げるために言っているのなら迷わなかった。


 これまでの伝統がどうだとか。


 若造を上げたくないとか。


 村の長ごときが調子に乗るなとか。


 そういう意図なら、即座に身体強化込みで判断してくれと言っていた。


 だが、違う。


 少なくとも、今聞こえてきた言葉は、本当に心配から出ていた。


 まだ成人もしていない。


 しかも新しく長になったばかり。


 その身に重荷を背負わせすぎるのはどうなのか。


 そういう話だった。


 剛力王国は、理知帝国とは違う。


 ここでの心配は、たぶん本当に心配なのだろう。


 それが、少しだけ判断を鈍らせた。


 蘭が横で私を見ている。


 父も黙っている。


 剛真も急かさない。


 私は息を吸った。


 リスクはある。


 だが、リターンもある。


 私が欲しいのは、安全な低い席ではない。


 理知帝国に備えるための発言権だ。


 国を動かすには、まず上に行かなければならない。


 前世で私は、地位が足りずに成果を奪われた。


 力が足りずに殺された。


 今世で同じ轍を踏むわけにはいかない。


「身体強化込みで判断してください」


 私は言った。


 場がわずかに動いた。


 反対意見を出していた長も、私をじっと見ている。


 怒りではない。


 確認するような目だ。


「重くなるぞ」


「承知しています」


「危険も増える」


「それも承知しています」


 私は続けた。


「それでも、私は上に行く必要があります。高い地位が必要です。だから、出せる力を除外して低く見てもらうつもりはありません」


 言ってから、少しだけ自分の言葉の強さに驚いた。


 だが、撤回するつもりはなかった。


 剛真が笑った。


「いいだろう」


 短くそう言い、周囲を見回す。


「なら、剛理は身体強化込みで見る」


 そこで最終的な判断が下された。


「剛理。長順十八」


 私は一瞬、息を止めた。


 十八。


 剛覇より上。


 先ほど剛覇は二十一だった。


 私が十八になることで、剛覇は二十二へ下がるらしい。


 剛覇は少し肩をすくめただけだった。


 不満そうではない。


 むしろ、納得している顔だった。


「まあ、吹っ飛ばされたしな」


 軽い。


 軽いが、認めるところは認めるらしい。


 長順十八。


 上位と言っていいのか、中位より上と言うべきなのか、まだ感覚はない。


 ただ、父が中位だったことを考えれば、かなり高い。


 私が望んだ発言権に近づいたのは間違いない。


 そして役割。


 剛真が告げる。


「村の役割は、今まで通り防人を継続する」


 それは予想していた。


 父が担っていた役割だ。


 危険領域の魔物が流れてきた時、率先して倒しに行く。


 私の村は戦士の比率も高く、そのために育っている。


 そこを急に変える必要はない。


「そして、剛理個人には別の役も持たせる」


 私は少し身構えた。


 別の役。


 身体強化込みで評価された。


 肉体、技、魔法。


 剛真はそこを面白いと言っていた。


 なら、何か特殊な役割が来るのだろう。


 私は思考を巡らせた。


 強襲役。


 対魔物の突破役。


 あるいは、理知帝国の技術を知る私に何か――いや、それはまだ知られていない。


 剛真は言った。


「伝令兵だ」


 私は固まった。


 伝令兵。


 伝令兵?


「……伝令兵、ですか?」


「ああ」


 剛真は頷いた。


「今後の成長への期待も込めてな」


 期待を込めた結果が、伝令兵。


 私はしばらく言葉が出なかった。


 いや、伝令兵が軽い役目だと決まったわけではない。


 剛力王国での伝令兵が、理知帝国で言う伝令兵と同じ意味なのかもわからない。


 剛真が期待を込めてと言った以上、何か意味はあるのだろう。


 あるのだろうが。


 伝令兵。


 私は高い地位と発言権を得るために、身体強化込みで判断してくれと言った。


 その結果、長順十八になった。


 そこまではいい。


 そして、期待込みで与えられた個人の役割が、伝令兵。


 ……どういうことだ。


 隣で蘭が、小さく首を傾げた。


 たぶん、私と同じことを思っている。


 期待とは、伝令兵なのか、と。


 父は少し楽しそうにしている。


 剛覇は笑いをこらえているように見えた。


 剛真は真面目な顔をしている。


 たぶん、本気で期待している。


 だから余計に困る。


 私は何とか姿勢を正した。


 村長として、ここで変な顔をするわけにはいかない。


「……承知しました」


 そう答えるのが精一杯だった。


 長順十八。


 役割、防人。


 そして、伝令兵。


 私の長としての立場は、そう決まった。


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