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第18話 長会議は、力で席が決まる

 蘭と一日中一緒にいる。


 その状態は、次の日になっても変わらなかった。


 正確に言えば、変わらなかったというより、蘭が私についてくるようになった。


 朝食の時も隣。


 移動する時も隣。


 座る時も隣。


 私が少し場所を変えると、蘭も自然についてくる。


 婚約したから。


 たぶん、それが蘭の中での理由なのだろう。


 私はまだ慣れていない。


 昨日一日で、少しだけ蘭のことは知った。


 寂しがり屋で、甘え方が不器用で、抱きしめることを気に入っている。


 それはわかった。


 わかったが、所構わず抱きついてくるのは少し反応に困る。


 私も嫌ではない。


 嫌ではないのだが、常に抱きつかれていると、何をするにも動きづらい。


 特に今日は、父から村長について教わる予定だった。


 さらに、次の長会議についても聞く。


 蘭が一緒にいること自体は困らない。


 蘭もいずれ私と結婚するなら、村のことを知っていて悪いことはない。


 だが、私に抱きついたまま話を聞くのはどうなのか。


 父は特に気にしていないようだった。


 私の横に張りついている蘭を見ても、何も言わない。


 もしかしたら、口を出すと母に怒られると考えているだけかもしれない。


 あの一件以降、父は母の視線に対して少し慎重だ。


 学習している。


 筋肉にも学習能力はあるらしい。


 逆に、母は蘭に対して何でも許すのかと思っていたが、そうでもなかった。


 父が説明を始めようとした時、蘭はいつものように私の腕に抱きついていた。


 すると、母が静かに言った。


「蘭」


「……なに」


「大事な話をする時は、真面目に聞きなさい」


 蘭の腕が止まった。


「剛理にくっつくのは、後でもできるでしょう?」


「……うん」


 蘭は少しだけ名残惜しそうに腕を離した。


 表情はいつも通りだ。


 だが、何となくしゅんとしている気がする。


 母に叱られて落ち込んでいるのだろうか。


 わかりづらい。


 蘭は私の横に座り直した。


 ただし、距離は近い。


 肩が触れるか触れないか。


 いや、少し触れている。


 母はそれを見て、小さく息を吐いた。


 最近、母が蘭の扱いに少し慣れてきた気がする。


 というより、少し飽きてきたのかもしれない。


 最初は微笑ましげに見ていたが、今は「はいはい、近くにいたいのね」という空気がある。


 それでも、必要なところでは止める。


 さすが母だ。


 父は腕を組んで座った。


「まず、村長の役割からだな」


「頼む」


 私は姿勢を正した。


 蘭も隣でじっとしている。


 村長。


 私が目指してきた立場。


 発言権を得るための場所。


 理知帝国に備えるための足場。


 今まで漠然と考えていたが、実際に何をするのかはまだ詳しく知らない。


「村長は、村の長だ」


「それはわかる」


「村をまとめる。困った時に決める。外との話に出る。戦う時に先頭に立つ」


 雑だ。


 説明が雑すぎる。


 だが、父の説明としてはまだましな方かもしれない。


 私は母を見た。


 母が補足してくれる。


「剛理が思っているほど、細かい雑務は多くないわ」


「そうなのか?」


「ええ。この村の住人は大半が戦士でしょう?」


「それはそうだな」


 この村は危険地帯に近い。


 父も村の大人たちも戦士が多い。


 戦えない者がいないわけではないが、比率としてはかなり偏っている。


「それに、剛力王国の人間は大体強いわ。自分の身の回りのことは、自分たちでどうにかできる」


 母は当然のように言った。


 私は少し考える。


 確かに、この国の人間は強い。


 水を汲むにも、畑を耕すにも、魔物を追い払うにも、基本的に個人の力が大きい。


 理知帝国なら、制度を作る。


 担当を決める。


 記録を取る。


 工程を分ける。


 水路、道、倉庫、警備、税、管理。


 すべてを仕組みに落とし込む。


 だが、この村では違う。


 困ったらできる者がやる。


 足りなければ強い者が動く。


 危険ならもっと強い者が出る。


 雑だ。


 恐ろしく雑だ。


 だが、個々人が強いため、その雑さで回ってしまう。


 それが剛力王国だった。


「つまり、村長は細かい雑務より、大きな方針や判断が中心か」


「そうね。あとは村の外との関わり。長会議での立ち位置も大きいわ」


 長会議。


 私はそこに反応した。


「長会議では何をする?」


 父が答える。


「長たちが集まる」


「それはわかる」


「話す。決める。必要なら戦う」


「なぜそこで戦う」


「その方が早いからだ」


 出た。


 剛力王国式の説明。


 私は額を押さえたくなった。


 母が苦笑して補足する。


「剛理。この国では、村や街の大きさだけで力関係が決まるわけではないの」


「場所の規模ではなく、長の強さで決まるということか?」


「ええ」


 母は頷いた。


「もちろん、抱えている人の数や役割も関係するわ。でも、最終的にはその集まりの長がどれだけ強いか。それが大きいの」


 私は黙った。


 脳みそまで筋肉でできてやがる。


 そう思った。


 いや、口には出さない。


 父が喜びそうだからだ。


 だが、本当にそういう国なのだ。


 村の規模。


 生産量。


 人口。


 立地。


 そういった要素より、長の強さが立ち位置を決める。


 普通なら破綻する。


 力だけで組織を回せば、強いだけの愚か者が上に立ち、現場が崩れる。


 理知帝国ならそう考える。


 だが、剛力王国では少し違う。


 強くなるには、努力がいる。


 魔物飯を食べ、体を鍛え、危険地帯で戦い、痛みを知り、死に近い経験を積む。


 ただ生まれつき強いだけでは、上に立ち続けられない。


 そして、本当に強い者は、大体自分でどうにかできる。


 多少判断を間違えても、本人の力でひっくり返せる。


 そういう風土なのだろう。


 馬鹿げている。


 馬鹿げているが、成立している。


 畑一つとってもそうだ。


 足りないなら多めに耕せばいい。


 荒らされたなら、もっと多めに作ればいい。


 柵を作るより早い。


 水路を整えるより、強い者が水を運ぶ方が早い場合すらある。


 危険地帯から魔物が出ても、細かい管理体制があるわけではない。


 目についた者が倒す。


 強かったら、もっと強い人間を呼ぶ。


 そして倒す。


 外から見れば蛮族だ。


 改めてそう思った。


 実際、前世の私はそう見ていた。


 便利な壁。


 筋肉の国。


 脳筋の蛮族。


 帝国の上層部も、そういう認識だった。


 だが中に入ってみると、単なる馬鹿ではなかった。


 力があるから成立する、別の合理性。


 それがこの国にはある。


 納得はしたくない。


 だが、否定もできない。


「長会議で、村長交代の時はどうなる?」


 私は聞いた。


 父が笑った。


「戦う」


「やはりか」


「特に何もなければ、新しく長になった者が好きな長を選んで戦いを挑む」


「好きな長」


「ああ。そこで実力を見せる。まとめ役の長が、それを見てどれくらいの位置か判断して役割を渡す」


「つまり、顔見せというより実力確認か」


「そうだ」


 父は頷いた。


「勝つ必要はない。どれだけ戦えるかを見せればいい」


「勝たなくていいのか?」


「相手が相手だからな。上の長は強い。新しい長が必ず勝てるとは限らん」


 それはそうだろう。


 私は父には勝った。


 村の男たちにも負けない。


 だが、この国全体で見れば、まだ上はいるはずだ。


 特に長会議に集まる長たちなら、相応に強い者ばかりだろう。


「父様は、どれくらいの位置なんだ?」


「中位くらいだな」


 父はあっさり言った。


「中位?」


 私は思わず聞き返した。


 父は強い。


 魔物の牙を肩で止め、素手で殴り倒す男だ。


 私が幼い頃から、怪物のように見えていた。


 今でも十分に強い。


 その父で中位。


 剛力王国は、やはりおかしい。


「役割は?」


「危険地帯の魔物が多く流れてきた時、率先して倒しに行く防人だ」


 父が答えた。


「防人」


「ああ。俺一人でやるわけではない。この村は、その役割に合わせて戦士の比率を多くしている」


 なるほど。


 この村に戦士が多いのは、危険地帯に近いからだけではない。


 長会議で与えられた役割として、魔物の氾濫があれば率先して対応する。


 そのため、村全体として戦士を多く育てている。


 村長の強さが、村の役割に直結している。


 ますます責任が重い。


「上に行きたければ?」


 私が聞くと、父は笑った。


「強そうな長を指名して勝つのが一番だ」


「わかりやすいな」


「強さを見せれば、上に行く。強い者が上で意見を言う。そういうものだ」


 単純。


 だが、話は簡単になった。


 私の目的を達成するためには、長会議で上の人間に挑み、力を示せばいい。


 理知帝国への備えを話すには、まず聞いてもらえる位置に行かなければならない。


 この国では、その位置を力で取る。


 なら、やることは明確だ。


 強い相手に挑む。


 実力を示す。


 できれば勝つ。


 それだけだ。


 ただし、問題はある。


 相手がどれほど強いか、まだわからない。


 父が中位なら、上位の長はさらに強い。


 今の私でどこまで届くか。


 そこは見極める必要がある。


 無謀に最上位へ突っ込んで、何も示せず転がされれば意味がない。


 負けても実力を見せればいい。


 その言葉を考えるなら、勝てない相手でも、ある程度は食らいつける相手を選ぶべきだ。


 私は父に尋ねた。


「長たちの強さや癖は、後で詳しく聞かせてくれ」


「ああ。だが、まずは村長の仕事を覚えろ」


「わかっている」


 長会議は、およそ二か月後。


 それまで私は、村長としての仕事を覚えることになった。


 村の状況を知る。


 食料の量を確認する。


 危険地帯側の見回りの配置を知る。


 怪我人や鍛錬中の者の状態を把握する。


 誰がどの程度戦えるのか。


 誰が何を得意としているのか。


 村の問題をどう聞き、どう判断するのか。


 思っていたより細かい雑務は少ない。


 だが、何もないわけではない。


 ただ、理知帝国の官僚仕事とはまるで違う。


 書類より人を見る。


 数値より体を見る。


 言葉より動きを見る。


 村の者たちは、良くも悪くもわかりやすい。


 体調が悪ければ動きに出る。


 不満があれば鍛錬の力に出る。


 食料が足りなければ飯の速度に出る。


 ……いや、最後は本当なのか。


 父が言っていたので、まだ疑っている。


 蘭はその間も、私の近くにいた。


 村長の仕事を教わる時も。


 見回りに行く時も。


 家で父から長たちの話を聞く時も。


 隣にいる。


 時々、抱きついてくる。


 母に注意されると離れる。


 ただし、少し触れる距離には戻る。


 その繰り返しだった。


 最初は戸惑った。


 だが、二か月も続くと、人は慣れる。


 私も慣れてしまった。


 蘭が隣にいること。


 近いこと。


 腕に触れてくること。


 時々、無言で抱きついてくること。


 それが日常になっていった。


 怖いものだ。


 私はあれほど距離感に困っていたのに、今では蘭が近くにいないと少し落ち着かない時がある。


 それに気づいた時、自分で少し驚いた。


 婚約した時点では、蘭ならいいか、くらいだった。


 嫌ではない。


 知っている相手だ。


 合理的にも悪くない。


 その程度だった。


 だが、毎日一緒にいて、触れ合い、話すうちに、少しずつ変わっている。


 蘭は外では相変わらず無表情だ。


 強い。


 小柄なのに、村で一番強い。


 だが家の中では、思っていたより甘える。


 寂しがり屋で、抱きつくのが好きで、私が別のことに集中しすぎると、少しだけ不満そうに近づいてくる。


 その不器用さが、最近は少し可愛いと思うようになっていた。


 可愛い。


 蘭に対して、そんな言葉を使う日が来るとは思わなかった。


 あいつは、私を何度も転がした壁だったはずだ。


 だが、今は私の隣で、当然のように体温を寄せてくる婚約者だ。


 人間関係とは、わからない。


 そして二か月が経った。


 長会議への出発は明日。


 数日、家を空けることになる。


 父と私が参加する。


 新しい村長としての顔見せ。


 そこで戦い、実力を示す。


 それが今回の目的だ。


 準備はしてきた。


 村長の仕事も一通り聞いた。


 長会議についても、父から可能な範囲で教わった。


 戦う相手の候補も考えている。


 順調だった。


 問題は、蘭だった。


「私も行く」


 夕食後、蘭がそう言った。


 声はいつも通り短い。


 だが、意思ははっきりしていた。


「長会議にか?」


「うん」


「蘭は関係ないだろう」


「剛理が行く」


「俺は村長の顔見せだ」


「私も行く」


 蘭は譲らない。


 ここ二か月、ほとんど一緒にいた。


 だから、数日離れるのが嫌なのだろう。


 それはわかる。


 私も、正直なところ少し寂しい。


 蘭が近くにいることに慣れてしまった。


 夜に話すことにも、朝に隣で飯を食うことにも、ふとした時に抱きついてくることにも。


 いなくなれば、たぶん物足りない。


 そう思うくらいには、私の中で蘭の位置は変わっていた。


 だが、長会議は遊びではない。


 村長たちが集まり、新しい長の位置を決める場だ。


 関係のない人間を連れて行っていいのか。


「蘭、これは村長として行くんだ。婚約者だからといって、勝手についていけるものではないだろう」


「嫌」


「嫌ではなくてだな」


「行く」


 蘭は私の袖を掴んだ。


 強い。


 破れるほどではない。


 だが、離す気がない力だ。


「数日だけだ」


「長い」


「数日だぞ」


「長い」


 この二か月で、蘭の甘え方は少し増えた。


 だが、こういう時の頑固さも増した気がする。


 いや、元から頑固だったのかもしれない。


 分村を認めないと朝から突撃してきた女だ。


 私は父を見た。


「父様、長会議に蘭を連れて行くのは駄目だよな?」


 父は少し考えた。


 考えた。


 この父が考えた。


 嫌な予感がした。


「まあ」


「まあ?」


「駄目だと言われたら、筋肉で黙らせればいいじゃないか?」


 私は固まった。


 蘭は少しだけ目を輝かせた気がした。


 やめろ。


 そこで納得するな。


「それでいいのか?」


「強ければ通る」


「いや、長会議だぞ。初参加だぞ。新しい村長としての顔見せだぞ。そこでいきなり婚約者を連れていって、文句を言われたら力で黙らせるのか?」


「実力を示せてちょうどいいだろう」


 父は真顔だった。


 本気だ。


 この男、本気で言っている。


 私は頭を抱えたくなった。


 やはり剛力王国だ。


 どこまで行っても、最後は力で話が進む。


 長会議。


 村長の顔見せ。


 国の方針に関わる大事な場。


 そこで婚約者の同行を力で通す。


 理知帝国なら大問題だ。


 根回しも形式も礼儀も何もない。


 だが、ここは剛力王国。


 父の言葉を完全に否定できないのが怖い。


 私は蘭を見た。


 蘭は私の袖を掴んだまま、じっとこちらを見ている。


「行く」


「……」


 私は長く息を吐いた。


 村長として、発言権を得るために長会議へ行く。


 その最初の問題が、婚約者を連れて行くかどうか。


 想定していなかった。


 まったく想定していなかった。


 だが、この国では、想定外も筋肉でどうにかするらしい。


 私は父を睨んだ。


「本当に、それでいいんだな?」


「大体はな」


「大体」


「駄目なら戦えばいい」


「結局それか」


 蘭の袖を掴む力が、少しだけ強くなった。


 私は思った。


 村長の仕事を覚える前に、まずこの国の常識に慣れる必要があるのかもしれない。


 いや、慣れたら負けな気もする。


 だが、明日から長会議だ。


 逃げるわけにはいかない。


 私は蘭を連れて行くのか。


 行かないのか。


 そして、もし止められたら本当に戦うのか。


 問いは山ほどあった。


 ただ一つ、はっきりしていることもある。


 父に相談したのは、少し間違いだったかもしれない。


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