第十八話「煤と星と、朝のはじまり」②
森を抜けた先の街道で、人影が見えた。
数人が街道の真ん中に立って、こちらを待っていた。松明の光の中に、白銀の鎧が朝の光を受けて輝いているのが見えた。
ジャンヌだった。
その隣にディルクがいた。ゼータもいた。
ジャンヌは夜久たちの姿を認めた瞬間、はっきりと顔が緩んだ。聖女らしい凛とした表情が、一秒か二秒だけ、どこかへ行った。村人たちがジャンヌを見て顔を輝かせ、「聖女様」という声がいくつか上がる。それを機にジャンヌも引き締め直したが、もう遅かった。夜久は見ていた。
ゼータが夜久を見た。
「全員」
と言った。
「全員」
と夜久は返した。
ゼータは短く頷いた。何かを確かめて、受け取ったような頷き方だった。
ディルクが夜久の肩を一度だけ叩いた。言葉はなかった。それで十分だった。
村人たちをひとまずジャンヌの元へ案内してから、夜久はあらためてジャンヌの前に立った。
ジャンヌは、リナが母親の手を握って歩いているのを、しばらく目で追っていた。その目の色は、夜久が知っているジャンヌの目の色ではなかった。もっと柔らかくて、もっと普通の、ただの姉の目だった。
それから、夜久の方を向いた。
「……お母さんも、リナも、無事だったんですね」
「はい」
「よかった」
小さく言って、また表情を引き締めた。コバルトブルーの目が、夜久をまっすぐ見た。
本当はここで終わりにしたかった、というのが、夜久にはなんとなく分かった。リナも母も無事で、村人も帰ってきた。感謝して、笑って、それで終わりにしたかった。でも、そうはいかなかったらしい。
「……夜久」
「はい」
「昨夜、確認させてください」
「どうぞ」
「夜明けを待つ、という話でしたね」
「……しました」
「混成隊と連携する、という話も」
「しました」
ジャンヌは少し間を置いた。
「どうして私に一言も言わなかったんですか」
声は穏やかだった。穏やかで、丁寧で、どこにも棘がなかった。なのに夜久は、少し居心地が悪かった。棘がないのに刺さる、という現象が、この世界にはあるらしかった。
「……待っていられませんでした」
「蒼依がいる間に、何が起きるかと思うと」
「それは分かります」
とジャンヌは言った。
分かります、と言いながら、ジャンヌの視線がすっと横に流れた。夜久の方ではなかった。
ディルクへ。
ディルクは荷車の脇に立って、両腕を組んで、どこか遠くを見ていた。青空でも数えているような目だった。
「ディルクさん」
「うん」
「夜久が単独で動くことを、ご存知でしたか」
「……知っていた」
間があった。
「止めましたか」
「……悪かったよ」
とディルクは言った。
観念したような声だった。言い訳をしない代わりに、言い訳のしようがない、という声でもあった。
ジャンヌは少し間を置いた。
「止めましたか、と聞きました」
「……行くなら行けと言った」
「そうですか」
また間があった。
「夜久くらいの年頃というのは」
とジャンヌは続けた。声はずっと穏やかだった。
「止めてもらえなければ、なかなか自分では止まれないものなんです」
「……それは」
「私も同じ年頃に一人で村を出ましたので、よく分かります」
ディルクは何も言わなかった。腕を組んだまま、微妙に視線を泳がせていた。街道でも荷車でもゼータでもない、どこにも焦点の合っていない目だった。
「大人がそばにいるなら、一言声を掛けてあげてほしかった、と。そういうことです」
「……肝に銘じる」
「ありがとうございます」
ジャンヌはにこりと笑った。聖女の笑顔だった。ディルクは小さく息をついて、また遠くを見た。
夜久はジャンヌを見た。ジャンヌは夜久を見た。
「夜久も」
「はい」
「次は声を掛けてください」
「……分かりました」
少し笑って、頭を下げた。小さく、でも確かに笑いながら。
「本当に、よかった。無事で」
ジャンヌはそれだけ言って、視線を村の方へ向けた。顔は引き締めていたが、耳のあたりが、わずかに赤かった。
ディルクが夜久の横に来た。小声で言った。
「強いな、あの人」
「そうですね」
と夜久は言った。
蒼依がいつの間にか隣に来ていた。
「ディルクさん、すごい怒られてたね」
「怒ってはいなかった」
とディルクは言った。少し遠い目で。
「あれが怖いんだ」




