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第十八話「煤と星と、朝のはじまり」

 砦を出ると、夜が終わりかけていた。


 東の空の縁が、ほんのわずかに白んでいた。まだ夜と呼べる暗さではあったが、星の輝きが少しだけ薄くなっていた。森の木々が、その白みの中で輪郭を取り戻しつつある。夜久は砦の裏手の柵を抜けて、蒼依と並んで森の小道に入った。足元は暗く、枝葉が頭上を覆っているが、二人の足は止まらなかった。


 観桜が、前方の空気を先読みする。


 人の気配があった。多い。走っていない。立ち止まって、息を潜めている。怯えている気配と、安堵の気配が混ざっていた。


「村の人たちだ」


 夜久が言うと、蒼依は小走りになった。夜久も続く。木々の間から、人の輪郭が浮かび上がってきた。マルタさんが先頭に立ち、その後ろに村人たちが固まっていた。暗がりの中でも、一人ひとりの顔が判別できた。疲労と緊張と、何かを待ち続けていた人間の顔だった。


 先に気づいたのはリナだった。


 小さな体が、弾けるように動いた。


「蒼依さん!」


 声が森の暗がりに弾けた。リナは走ってきた。蒼依の腰に飛び込んで、そのままぎゅっとしがみついた。蒼依が腰を落として、リナの体を両腕で受け止めた。リナの肩が小さく震えていた。泣いているのか、安堵しているのか、あるいはその両方か——判断のつかない震え方だった。


「よかった」


と蒼依は言った。低く、穏やかな声で。


「よかったね、リナちゃん」


 リナは蒼依の服を握ったまま、何も言わなかった。それで十分だった。


 その隣で、リナの母親が夜久を見た。三十代の、大きな目をした女性だった。リナと同じ目をしていた。口を開こうとして、開けなかった。目だけが、濡れていた。夜久は短く首を振った。礼を言われる筋合いはない、という意味だった。彼女は少し間を置いてから、それでも深く頭を下げた。


 マルタさんが蒼依の方へ来て、その肩をぽんと叩いた。


「やってくれたね」


と小声で言った。


「いや、マルタさんが先頭で動いてくれたから」


「お互い様よ」


とマルタさんは言った。それだけで、笑った。丸顔に皺が寄って、疲れの中にも本物の温かさのある笑い方だった。


 村人たちが動き始めた。夜久が先頭に立ち、森の小道を村の方角へ向かって歩く。足を痛めた老人を若い男が支え、子どもたちは大人の手を握って歩いた。誰も騒がなかった。ただ、足音だけが静かな森の中に続いた。


 東の空が、少しずつ明るくなっていった。


 木々の間から差し込んでくる光が、橙から白へ変わっていく。夜久は歩きながら、その光の変化を見ていた。砦で過ごした夜が、こうして終わっていく。終わる、と思った瞬間に、胸の中で何かがゆっくりと緩んだ。

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