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第九話「車輪の音」③
昼前になると、日差しが強くなってきた。
蒼依が歩きながら、ゼータに話しかけていた。
ゼータは相変わらず短い返答しかしなかったが、蒼依はそれを気にする様子もなく話し続けていた。そういう関係が、この数日で自然に出来上がっていた。
「ゼータって、他の世界も行ったことあるんだよね」
「ある」
「どんな世界があった?」
ゼータは少し間を置いた。
「分からない」
「分からないって、どういうこと」
「目隠しをされていた」
蒼依が黙った。一秒ほどして、「そっか」と言った。それ以上は聞かなかった。
夜久はその会話を少し後ろで聞いていた。目隠しをされていた、という言葉が、さらりと出てきたことが気になった。
何のために。誰に。聞けばゼータは答えるかもしれないが、答えを持っていないかもしれない。
今は、そういうことだ、と受け取るしかなかった。
「ゼータ」
と夜久は言った。
「うん」
「この世界は、どう思う」
ゼータは歩きながら、しばらく草原を見ていた。
「分からない」
と言った。
「でも……人が、いる」
「当たり前だろ」
と蒼依が言った。
「当たり前じゃない世界もある」
とゼータは言った。淡々と、でも確かな重さで。
三人は少しの間、黙って歩いた。
荷車の車輪の音だけが続いていた。




