第九話「車輪の音」②
街道を一時間ほど歩いたころ、霧が晴れてきた。
「ディルクさん」
と蒼依が荷車の横を歩きながら言った。
「この辺りで賊が出たのって、この街道ですか」
「そうだ」
とディルクが御者台から答えた。
「ここが、被害の出ていた区間だ」
夜久は自然と影桜の柄に意識を向けた。
蒼依も周囲を見回した。
ゼータは無表情のまま、草原の端に視線を走らせた。
だが、何もなかった。
風が草を揺らしていた。鳥が鳴いた。荷車の車輪が砂利を踏む音だけが続いた。拍子抜けするほど、穏やかな景色だった。
「……思ったより平和ですね」
と蒼依が言った。
「昨夜、砦に踏み込まれたことは知っているはずだ」
とディルクは言った。
「仲間がやられて、捕虜も逃げた。今頃は砦に縮こまっているんじゃないか」
夜久は黙って前を見た。
ディルクの見立ては楽観的かもしれない。砦の賊が全てではない、という確信が夜久にはあった。
ただ、今はそれを口にする必要もない。
「グランヴェルドの騎士団や衛兵は、こういう件には動かないんですか」
と夜久は聞いた。
「動く。ただし時間がかかる」
ディルクは少し苦い顔をした。
「街の衛兵ならすぐに動けるが、管轄外の山中の砦まで手が回るかどうか。騎士団は各国の領主に属しているから、領境をまたぐ案件は調整に時間がかかる。その間にも、賊は動く」
「ギルドはどうですか」
と蒼依が聞いた。
「冒険者ギルドか」
ディルクが頷いた。
「依頼を出せば動いてくれる。報酬次第だがな。街に着いたら、ギルドに話を持っていくのも一つの手だ」




