8話 女の勇姿(すがた)
「山荷葉大学。濡れれば透明になる美しい花の名を冠した学び舎……。だがね、その透明さは『浄化』されたわけじゃない。あまりに多くの女の涙で、色が抜け落ちただけさ」
竜舌は煙管を置き、畳に古びた一葉の写真を出した。セピア色の画面には、今のネオン輝く吉原とは違う、牢獄のような格子窓の奥に並ぶ女たちが写っていた。
「明治から大正……国が富国強兵と浮かれていた頃、山荷葉の創設者たちは、この街の女たちを『輸出産業の資源』としか見ていなかった。彼女たちが一晩中、肺を病み、泥のような床に這いつくばって稼ぎ出した金……。それが、あんたが志望している大学の煉瓦一枚、瓦一枚に変わったんだよ」
竜舌の語りは、歴史の授業のような淡々としたものではなかった。
遊女たちが病に倒れた際の無残な末路。死体さえも「商品」として扱われ、名前を奪われ、番号で処理されていった記録。そして、その犠牲の上に「学問の自由」を説く大学の理不尽。
「あんたの憧れる教授たちは、その血塗られた椅子の座り心地を一度でも疑ったことがあるのかい? 彼女たちが吐いた血の赤が、校庭の桜を狂わせるほどに濃くしているとも知らずに……」
竜舌の言葉は、湿り気を帯びた毒のように直里の耳から脳へと侵入した。
目の前の景色が歪む。豪華な座敷の金箔が、剥がれ落ちた遊女の皮膚に見えた。甘い線香の匂いは、腐敗した死肉を隠すための死臭に変わる。
「……あ、う……」
直里は、自分が座っている畳が、底なしの血の池に浮いているような錯覚に陥った。
これまで「教養」だと思っていたものが、ただの「死者への冒涜」に思えてくる。心臓が早鐘を打ち、冷や汗が噴き出した。
「どうしたんだい? これが、あんたが求めた『本当の姿』だよ。目を逸らすんじゃないよ、受験生」
竜舌の顔が、巨大な蜘蛛の貌と重なって見えた。
そのあまりに濃密で、あまりに凄惨な「女たちの勇姿」の重みに耐えかね――。
「……っ!」
直里の視界は急激に暗転した。
脳が現実を拒絶するようにシャットダウンし、彼は竜舌の目の前で、糸の切れた人形のように畳へ崩れ落ちた。
「おや……。歴史の重みに耐えきれず、気絶っちまったかい」
竜舌は倒れ伏した直里を見下ろし、冷たい指先でその頬を撫でた。
その口元には、慈悲とも嘲笑ともつかない、歪な微笑が浮かんでいた。




