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9話 あらぬ優しさ

「……ん、ここは……」

直里が意識を取り戻したのは、竜舌の座敷の隣にある、少し手狭な「控えの間」だった。鼻を突くおしろいの匂いではなく、どこか懐かしい石鹸のような香りがした。

「あ、起きた」

「死んでなかった」

枕元にいたのは、双子の禿、ドラセナとユッカだった。彼女たちは直里の額に乗っていた濡れ手ぬぐいを取り替えると、生意気な盛りのはずなのに、どこか心配そうな、年相応の少女の瞳で彼を見ていた。

「竜舌さんは……?」

「お大尽の相手に戻ったよ。あんたをここまで運んだのは竜舌さ。……腰を抜かして倒れた男なんて、初めて見たって呆れてたけどね」

ドラセナがクスクスと笑いながら、盆に乗った白湯を差し出す。直里はそれを震える手で受け取り、一口飲んだ。熱い液体が、凍りついた脳を少しずつ溶かしていく。

「あんな……あんな残酷な話を、平気な顔でするなんて。やっぱりあの人は、人間じゃないのかもな」

直里が漏らした独り言に、それまで黙っていたユッカが、不意に真面目な顔をして口を開いた。

「竜舌が怖いこと言うのは、あんたを追い返したいからじゃないよ」

「え?」

「あの人はね、忘れたくないんだって。誰も覚えちゃいない、名もなき女たちの叫びを、自分が覚えてなきゃいけないって……。あんたが気絶したあと、竜舌、あんたの頭を撫でて『ごめんね、まだ早すぎたね』って、すごく優しい声で言ってたんだよ」

「……竜舌さんが?」

直里は絶句した。あの冷酷な、氷のような美貌の下に、そんな繊細な慈悲が隠されているとは思いもよらなかった。

「竜舌はね、山荷葉サンカヨウへ行くあんたに、呪いじゃなくて『盾』を持たせたかったんだと思う」

ドラセナが続ける。

「『綺麗な顔して嘘をつく奴らに、この子が食い物にされないように』って。……ねえ、あんた。まだあいつのところへ行く?」

直里は、自分の手がまだ微かに震えているのを見つめた。

竜舌が見せた「残酷な歴史」は、直里の甘い幻想を打ち砕いた。しかし、禿たちが語る彼女の「あらぬ優しさ」を知った今、彼は別の衝動に突き動かされていた。

自分はまだ、あの人の本当の姿を、そしてこの街の深淵を、何一つ知らない。

「……行くよ。まだ、一問も解いてないからな」

直里はフラつく足取りで立ち上がった。

その背中を、双子の禿たちは、どこか眩しそうな、そして少しだけ悲しそうな目で見送った。

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