5話 ネオ・吉原
「いいか直里、ここから先は『外』の常識を捨てろ。お前が目指す山荷葉大学の合格は、この門の向こう側にある」
父・長蔵の低い声に、直里は小さく頷いた。傍らでは、87歳とは思えぬ足取りで祖父・真稜が悠然と歩いている。
三人が向かう先には、現代の東京の闇を切り裂くように、異様な熱気と色彩を放つ「ネオ・吉原」の検問所がそびえ立っていた。
大門をくぐると、そこは地下の空洞に作られた巨大な「帳」の世界だった。
本物の星は見えない。代わりに、天井からは無数の色とりどりのネオンが垂れ下がり、江戸の様式美をサイバーパンクな毒々しさで塗りつぶしている。
「……なんだ、ここ」
直里は息を呑んだ。
メイン通りには、ガラス張りの「紅い檻」が立ち並び、最新の着物を着こなした遊女たちが、ホログラムの桜を背に男たちを誘っている。だが、一歩路地裏へ視線を向ければ、そこには光の届かない「死の淵」が広がっていた。
ネオンの届かない暗がりにうずくまっているのは、性病に侵され、華やかな大見世から零れ落ちた**夜鷹**たちだ。彼女たちの肌は白粉で隠しきれないほどに荒れ、通り過ぎる男たちの足首を掴もうと、汚れた指先を伸ばしている。
「あの人たちは……」
「見るな直里。合格を咲かせられない者は、ああしてこの街の肥やしになるだけだ」
長蔵が冷たく言い放つ。その先にあるのが、ひときわ巨大な、そしてひときわ静謐な輝きを放つ漆黒の妓楼――**「月下美人」**だった。
「おや……いらっしゃい。お待ちしておりましたよ、祖月輪の旦那様方」
玄関で彼らを迎えたのは、背を丸めた一人の老女だった。
「やり手婆」と呼ばれるその女は、シワだらけの顔に深い笑みを刻んでいるが、その瞳の奥には、金だけでは動かない底冷えするような何かが潜んでいる。
「婆、今日は孫の験担ぎだ。……例の、竜舌の部屋を開けろ」
真稜が、懐からずっしりと重い、月下美人の紋様が入った小判袋を取り出す。
「承知いたしました。……ほう、この若旦那が。良い種をお持ちだ。竜舌も、少しは退屈しのぎになるでしょうよ」
婆の視線が、値踏みするように直里の全身を這った。その瞬間、直里は背筋に冷たい氷を押し当てられたような悪寒を感じた。
彼女がかつて、この街を統べる三大妖女であったことなど、今の直里には知る由もない。
「さあ、お行きなさい。竜舌は、317年の歴史を蓄えて、あんたという獲物を待っているんだから」
婆に促され、直里は一人、迷宮のような廊下を奥へと進む。
突き当たりにある重厚な扉の向こう側。
そこで、現代の受験生を待ち受けているのは、時を止めた伝説の遊女――竜舌だった。




