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4話 嘘の代償と変貌

「……木蘭。この『月下美人』を、買い取らせてもらうことになった」

真稜が放ったその一言に、部屋の空気が凍りついた。

抱き寄せられていた木蘭の身体が、微かに震える。それは歓喜の震えではなく、本能が察知した死の予感だった。

「買い取る……? それじゃあ、約束通り私を連れ出して、身請けしてくださるのね?」

縋るような木蘭の問いに、真稜は答えなかった。彼は木蘭の肩から静かに手を離し、懐から一通の書類を取り出した。そこには、新しく設立される『株式会社カラスバ』による、吉原一帯の再開発計画が記されていた。

「これからの時代、ここには高層ビルが建ち、経済の心臓部になる。吉原という名は消え、負の歴史は塗りつぶされるんだ。……そのためには、『月下美人』の看板を守り、管理する人間が必要になる」

「管理……? 真稜様、何を仰っているの?」

「木蘭。君には、この店の『あるじ』になってもらいたい。遊女としてではなく、俺の代理人として、この場所を、そして女たちを縛り続ける番人だ」

木蘭の顔から、さあっと血の気が引いていく。

真稜が提案したのは「救済」ではなかった。自分を妻として迎える代わりに、一生この泥の中に留まり、彼のために金を稼ぎ、汚れ仕事を担う「管理職」への格下げ――すなわち、やり手婆への転身だった。

「嘘よ……私を愛していると言ったのは、全部、この土地を手に入れるための芝居だったの!?」

「愛していたよ、木蘭。だが、愛だけでは会社は守れない。君なら、僕の右腕としてこの街を支配できるはずだ」

真稜の瞳には、かつての熱情は欠片もなかった。そこにあるのは、投資に対するリターンを計算する、冷徹な実業家の目だった。

その時、部屋の隅から低く、嘲笑うような声が響いた。

「くすっ……あはははは!」

竜舌だ。彼女は煙管を置き、腹を抱えて笑っていた。その笑い声は、木蘭の絶望を切り刻むように残酷だった。

「言っただろう、木蘭。男の言葉は小判より軽い。あんたが捧げた『初めて』も、積み上げた『情』も、この男にとっては土地の坪単価を上げるための隠し味に過ぎなかったのさ」

「竜舌……っ!」

「真稜。あんたはいい男だね。愛を金に換える才能がある。……だが、忘れるんじゃないよ。愛を殺して得た権力は、いつか必ずあんたの血を枯らす毒になる」

竜舌の予言めいた言葉を無視し、真稜は木蘭に冷たい通告を残して立ち上がった。

「返事は明日までに。……受けてくれるなら、一生、金の不自由はさせない」

真稜が去った後、部屋には静寂と、燃え尽きた線香の匂いだけが残った。

木蘭は畳に突っ伏し、声を殺して泣いた。捧げた心、信じた未来、その全てが「紙切れ一枚」のために仕組まれた嘘だった。

「……木蘭」

竜舌が、音もなく木蘭の傍らに座り、その白粉の剥げた背中に手を置いた。その手は驚くほど冷たかった。

「泣くのはおよし。今日、あんたの中の『女』は死んだ。……でもね、死んだ後に残るのは、金と、男たちへの呪いだ。それがあれば、あんたはこの地獄で、誰よりも長く生きられる」

数日後、「三大妖女・木蘭」の名は吉原から消えた。

代わりに、若くして冷酷無比な采配を振るう、新しい「やり手」が誕生した。

彼女は二度と真稜に抱かれることはなかったが、彼が送ってくる莫大な運営費を、血を啜る蜘蛛のように蓄え続けた。

88歳になるまで続く、長く、孤独で、金だけが味方の人生が、ここから始まったのだ。

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