表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

11話 数字と数字を愛した女

竜舌は小判を指先で弄び、チャリン、と乾いた音を立てた。

その音は、直里が塾の自習室で聞くシャーペンのノック音よりも、ずっと重く、現実味を帯びて響く。

木蘭モクレンのような劇的な伝説もいいけれどね。もっと最近の話を聞きたいかい?……あるところに、数字を何よりも愛した、少し変わった娘がいたんだよ」

竜舌の瞳に、懐かしさとも諦めともつかない、微かな光が宿った。

「その子はね、客の肌の温もりよりも、帳簿に並ぶ数字の列に安らぎを感じるような娘だった。この街の不確かな人情なんて信じちゃいない。ただ、一足す一が二になるような、嘘のない数字の世界だけを信じていたんだよ」

直里は思わず、持っていた参考書の数式に目を落とした。自分が今戦っている「数字」と、その遊女が見ていた「数字」が、一瞬重なったような気がしたからだ。

「そんな彼女を、ある男が欲しがった。それも、どこぞの大きな会社の御曹司でねぇ。普通、身請けってのはドロドロした愛憎劇がつきものだけど、その二人は違った。まるで計算式を解くように、淡々と、そして『身綺麗なまま』で話がまとまったのさ」

「身綺麗なまま……。一度も、客を取らずに?」

「そうさ。男は彼女の知性を買い、彼女は男の財力を買った。それが二人の『恋愛』だったんだろうねぇ。男は莫大な金を小判で積み上げ、彼女をこの籠の外へ連れ出した。……数字に愛された娘は、数字に導かれて、真っ当な世界の光の中へ消えていったのさ」

竜舌はそこで言葉を切り、意味深に直里の顔を覗き込んだ。

「ねえ、受験生。その御曹司が誰だったか、あんたには想像がつくかい?」

直里の脳裏に、20年前にこの「月下美人」で誰かを身請けしたという、父・長蔵の顔が浮かんだ。

父はいつも厳格で、数字に厳しく、直里にも「結果(数字)」だけを求めてきた。もし、その父がかつて救い出したのが、愛などという不確かなものではなく、共通の言語である「数字」で結ばれた遊女だったとしたら。

「その女の人は、今……どこにいるんですか」

「さあね。数字は嘘をつかないけれど、消える時は一瞬だよ。計算が合わなくなれば、切り捨てられるのも早い。……でもね、その娘が最後にこの部屋で私に言った言葉がある」

竜舌は煙を吐き出し、窓の外、ネオンに煙る現代の吉原を見つめた。

「『一は一でしかないけれど、ゼロをいくつ並べても世界は変わらない』……。あんたが今追っている数字は、あんた自身を『一』にするためのものかい? それとも、ただのゼロの羅列かい?」

その問いは、模試の判定に一喜一憂していた直里の胸に、鋭い杭のように突き刺さった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ