第257話 蒼返の踏み足
訪問ありがとう。今日は少し静かに足の向き直しを見る回。じわっとした変化を楽しんでもらえたら嬉しいです。
昼前、南壁の外は乾いたままだった。
ザムの足は、水車小屋の裏へは寄った。
だが、廃倉前までは届かなかった。
なら見るべきは、その間だ。
踏み返し。
誰かが同じ道を踏み、足跡を重ねた。
あるいは、わざと似た向きへ足を置いた。
そこを見ないままザムの名へ結べば、また話が走る。
ガラムは門の外に立ち、細道を見た。
水車小屋。
曲がりの石。
廃倉前の乾いた土。
その間に、風で少しだけ削れた跡がある。
エドが横へ来る。
「今日は外で見るのか」
「ああ」
「広場は」
「止めない」
赤、灰、茶の棒は広場に立ったままだ。
受け取りも続いている。
中の順を動かしながら、外の足を見る。
どちらか一方に全員で寄れば、また場が薄くなる。
見張りが板を一つ打った。
門前に来たのは、昨日の掃き役の女だった。
手には細い木串を三本持っている。
「踏み返しを見ます」
女はそう言った。
ガラムは頷く。
「持っているものは」
「昨日見た踏み跡の幅と向き。それから、今朝残っている薄い跡です」
「聞いたものは」
「廃倉にザムが出入りするという話です。これはまだ聞いたものです」
「いい」
女は細道へ進み、土へ木串を立てていく。
一本目。
水車小屋の裏。
ザムの足に近い跡。
二本目。
曲がりの石の先。
左足の引きが浅くなる所。
三本目。
廃倉前。
右足だけが妙に強く残る所。
女は三本目の前でしゃがんだ。
「ここが変です」
「言え」
「ザムさんの足なら、曲がる時に左が遅れます。でもここは、右だけが強い。左の遅れがない」
エドが目を細める。
「別の足か」
「別の足か、踏み直しです」
女は土を指した。
「それと、ここだけ足幅が狭い。ザムさんより、少し小さい」
ガラムは地面へ新しい印を置いた。
踏み返し。
「ザムの足が届かない場所に、別の踏みがある」
ラダンが門の外で低く言った。
いつの間にか来ていたが、門までは近づいていない。
「ならザムではないのか」
「まだ言わない」
ガラムは答える。
「ザムの足は水車小屋に寄った。廃倉前には別の踏みがある。今日はそこまでだ」
ラダンは少しだけ苦く笑った。
「徹底してるな」
「ここで名を外せば、次は別の名へ走る」
薬草婆が広場側から声を飛ばす。
「踏み返した足を見なきゃ、また誰かの腹へ落ちるよ」
その通りだった。
ザムを外すために急げば、今度は“では誰だ”という口が走る。
それでは同じだ。
必要なのは、外すことではない。
足の順を整えることだった。
掃き役の女が三本目の串を抜かずに言う。
「この足、廃倉から水車小屋へ戻ったようにも見えます」
場が静まった。
「向かい足じゃない。戻り足か」
エドが呟く。
女は頷く。
「右足が強いのは、坂を戻る時に出ます。水車小屋へ向かった足ではなく、廃倉から戻った足かもしれません」
ガラムは踏み返しの横へ、もう一つ印を置いた。
戻り足。
線が変わった。
水車小屋から廃倉へ向かったのではない。
廃倉から水車小屋へ戻った足がある。
なら、頼み口の道は逆からも見なければならない。
ディノが壁の上で笑った。
「足まで嘘をつくか」
「足は嘘をつかない」
ガラムは返す。
「嘘をつくのは、見方だ」
広場の中では、受け取りが静かに進んでいる。
外では三本の木串が土に立つ。
水車小屋。
曲がり。
廃倉前。
似た足。
届かぬ足。
踏み返し。
戻り足。
狼は腹で走る。
群れは順で持つ。
名を歩かせても、まだ足りない。
足がどちらへ向かったか。
どこで踏み返したか。
そこまで見なければ、道はすぐ誰かの名へ化ける。
ガラムは廃倉の方を見た。
次は、戻り足の持ち主だ。
水車小屋へ向かった者ではない。
廃倉から戻った者。
線は、少しだけ向きを変えた。
最後まで読んでくれてありがとう。足跡も、向きが変わるだけで話の見え方ががらっと変わるんです。次も楽しんでもらえたら嬉しいです。




