第256話 蒼名の歩かせ方
訪問ありがとう。今日は少し静かに名を歩かせる回。すぐ決めず、足で見る流れを楽しんでもらえたら嬉しいです。
翌朝、道は乾いたままだった。
雨が降らなかったのは都合がいい。
足跡は残りにくいが、足癖は見える。
左を引く者は、乾いた道でも左を引く。癖は、土の深さよりも歩幅に出る。
ガラムは南壁の外を見た。
水車小屋へ向かう道。
そこから廃倉へ曲がる細い道。
昨日まで線で追ってきたものが、今日は実際の道になる。
赤、灰、茶の棒は広場に立てたままだ。
受け取りも止めない。
だが今日は、中央ではなく門外に目を置く日だった。
エドが低く言う。
「ザムは来るか」
「来る」
ガラムは答えた。
「来なければ、名だけが残る。それは向こうにも困る」
見張りが板を二つ打った。
門前に来たのは四人。
ラダン。
ボラン。
掃き役の小柄な女。
そして、左足を少し引く男。
ザムだろう。
男は痩せていた。
目つきは悪くない。だが、場慣れしている。責められた時にどう逃げるかを知っている顔だった。
ガラムは門を開けない。
「名は」
男は肩をすくめた。
「ザムだ」
「お前が持っているものは」
「俺の足だろ」
軽く返した。
だが、笑いは広場まで届かなかった。
ガラムは言う。
「歩け」
ザムの眉が動く。
「どこを」
「水車小屋の裏から、廃倉前までだ。昨日話に出た道を、そのまま歩け」
ザムはラダンを見た。
ラダンは何も言わない。
ボランも黙っている。
逃げ口はない。
ザムは鼻を鳴らし、門の外へ向き直った。
「歩けばいいんだな」
「ああ。ただ歩け。早くも遅くもするな」
ガラムは掃き役の女へ目を向けた。
「見るのは、お前だ」
女は頷く。
「似た足と同じ足を分けます」
ディノが壁の上から笑う。
「ずいぶん覚えがいい」
「覚えないと、また誰かへ落ちますから」
女の返しに、広場の空気が少しだけ締まった。
ザムが歩き出す。
左足が、わずかに外へ逃げる。
右足が強く入る。
歩幅は広くない。
だが曲がる時だけ、左の爪先が遅れる。
水車小屋の裏。
細道。
廃倉前。
見張りが壁上から目で追う。
掃き役の女も、少し離れて歩きながら踏み方を見る。
誰も声を上げない。
誰も名を急がない。
しばらくして、ザムたちは戻ってきた。
女は広場の外で足を止め、はっきり言った。
「似ています」
ザムが笑いかける。
だが女は続けた。
「ただ、同じとはまだ言えません」
笑いが止まる。
「昨日見た踏み跡は、左足の引きがもう少し浅い。ザムさんの足は、曲がる時にだけ強く出ます。水車小屋の裏の跡とは近い。でも廃倉前の跡は、別の者が踏み返した可能性があります」
ガラムは頷いた。
「なら、今日置くのは何だ」
女は少し考えた。
「ザムの足は、水車小屋の裏には寄る。廃倉前には、まだ届かない」
「よし」
ガラムは門前の土に新しく印を置いた。
寄った足。
届かぬ足。
ザムが不満げに言う。
「つまり俺じゃないってことか」
「そうは言ってない」
ガラムは答える。
「だが、お前だともまだ言わない」
ザムは口を閉じた。
責められるより、曖昧に止められる方が気味悪いのだろう。
ラダンが低く言う。
「水車小屋には寄った。廃倉までは届いていない」
「ああ」
ボランが眉を寄せる。
「なら、頼み口と廃倉の間に、もう一つ足があるかもしれない」
「あるかもしれない」
ガラムは即答した。
「今日はそこまでだ」
広場に残っていた者たちは、誰も不満を言わなかった。
名が出た。
本人が歩いた。
それでも、まだ決めない。
ここまで来ると、もう急がないこと自体が場の力になっている。
薬草婆がぽつりと言った。
「名を歩かせた甲斐はあったねえ」
「名だけよりは、ずっとましだ」
ガラムは返す。
狼は腹で走る。
群れは順で持つ。
聞いた名は速い。
歩いた足は遅い。
だが、遅いからこそ嘘が残る。
ザムの足は、水車小屋に寄った。
けれど廃倉にはまだ届かない。
なら次は、
その間にある踏み返しを見る。
名が届かない場所に、別の足がある。
線はまだ、そこへ伸びている。
最後まで読んでくれてありがとう。聞いた名をそのまま置かず、実際に歩かせてみると見え方が変わるんです。次も楽しんでもらえたら嬉しいです。




