第225話 蒼直の名乗り
訪問ありがとう。今日は静かに名の重さを測る回。派手さはないけど、じわっと楽しんでもらえたら嬉しいです。
夜明け前、南壁の上はまだ薄青かった。
見張りの肩越しに見える街道は静かだ。荷車の音もない。人影も薄い。だが、静かな朝ほど次の手は近い。昨日、名だけを預けに来た干し肉売りの足は軽すぎた。あれは様子見で、本手ではない。
ガラムは広場へ降りる前に、見張りへ一つだけ言った。
「今日は、名を先に通す」
見張りの若者が頷く。
意味はもう伝わる。物より先に、紙より先に、誰の名で来たかを場に通す。そこを曖昧にすると、また名だけが先頭に立つ。
広場では、赤、灰、茶の棒がいつもより少し狭く立てられていた。今日は人の動きより、口の往復を見る日だ。狭い方が視線が交わる。交われば、誰がどこで何を言ったかも追いやすい。
受け取りが始まってしばらくした頃、南壁の見張りが板を二度打った。
門前に来たのは一人の老人だった。
杖をついているが、足元はしっかりしている。町側でも顔の通る仲立ちだ。知らない者ではない。だからこそ厄介だった。知らぬ顔の理屈より、知った顔の名乗りの方が場へ入りやすい。
老人は門前で軽く手を上げた。
「話を持ってきた」
「誰の名でだ」
ガラムはすぐ聞いた。
老人が少しだけ目を細める。
「せっかちだな」
「順だ」
それだけで、老人は苦く笑った。
「ラダンの名で来た。昨日の帳面切れの件、あれは組合の不足と繋がるかもしれん。拗れる前に、見つかった物と荷の流れを照らしたい。そういう話だ」
昨日より一歩進んでいる。
名だけではない。用向きまで整えてきた。
だが、まだ継ぎ目が足りない。
「お前はラダンに直接そう聞いたのか」
「聞いた」
「どこで」
「町の北市だ」
「他に誰がいた」
老人は杖の先で土を軽く突いた。
「八百屋の爺と、布屋の若いのがいた」
そこまで出るなら、少なくとも昨日までのふわついた名よりは重い。だが、重いからそのまま受けていいわけではない。
ガラムは門を開けないまま言った。
「名は通った。次に用向きだ。照らすと言ったな。誰の帳面と、どこの荷だ」
老人が少し黙る。
その間が、広場にも見えた。
赤布の列にいた者が一人、そっとこちらを見て、また前へ向き直る。
老人は答えた。
「そこまでは、まだ決まっておらん」
「なら、まだ話はここまでだ」
「待て。話を細くするな」
「細くしてるんじゃない。太らせないだけだ」
老人の眉がぴくりと動いた。
名乗りは直だった。
だが用向きはまだ曖昧だ。
名だけを重くして、用向きを後から足す。そういう運び方は、結局また向こうの順になる。
ディノが壁の上から笑う。
「今日は昨日より上手いな」
「上手い分、半端が見える」
ガラムは返した。
老人はしばらく考え、やがて肩を落とした。
「……わかった。ラダンにはそう返す。名は通ったが、用向きが足りんとな」
「そうしろ」
「お前ら、本当に面倒なやり方になったな」
「腹を崩さないためだ」
老人は鼻で笑ったが、怒ってはいなかった。
むしろ少しだけ感心している顔に近い。そのまま杖を返し、町道へ戻っていく。
ガラムはその背を見送りながら思う。
これで一つ見えた。
相手は、もう名を曖昧には運べないところまで来ている。なら次は、名も用向きも揃えて来る。揃えて来られれば厄介だ。だが揃えるには手間がいる。手間が増えれば、急ぎの押しつけは減る。
広場では受け取りが止まらない。
赤、灰、茶の流れは細く、だが切れずに続いている。
狼は腹で走る。
群れは順で持つ。
名を受けるにも順がいる。
それが今朝、ようやく場の方にも根を下ろし始めていた。
最後まで読んでくれてありがとう。名がまっすぐ来た時ほど、どこまで受けるかの線引きが大事なんです。次も楽しんでもらえたら嬉しいです。




