第226話 蒼用の欠け目
訪問ありがとう。今日は少し硬めの噛み合わせを読む回。静かな押し引きを楽しんでもらえたら嬉しいです。
昼を少し回った頃、南壁の見張りが板を三つ打った。
急ぎではない。
だが、朝の老人よりは重い合図だった。名だけでもなく、様子見だけでもない。何かを揃えて来た時の音だ。
ガラムは門の方へ歩く。
広場の流れは止めない。赤、灰、茶の棒はそのまま。桶もそのまま。受け取りの順を、門前の話で切らせないためだ。
門の外にいたのは二人だった。
朝の老人と、もう一人。
痩せた中年の男で、身なりは地味だが靴だけが新しい。町の帳場に出入りする足だとわかる。男は門前で一礼すると、懐から細長い板片を出した。
紙ではない。
木札でもない。
帳場で仮の控えに使う薄板だ。
「ラダンの使いだ」
男は言った。
「朝の話の続きとして来た。名も用向きも揃えてある」
ガラムはそこで少しだけ目を細めた。
やはり来た。名を通され、用向きの欠けを返されたから、今度はそこを埋めてきた。
「言え」
男は薄板を見せたまま続ける。
「北市に入る乾物三袋と粉二袋、その不足分が昨日見つかった帳面切れの記しと合うかもしれん。だから、そちらで見つかった物と、こちらの控えを照らしたい。立ち会いはラダン、俺、それと朝のこの人で足りる」
朝の老人は黙っている。
口を挟まないあたり、今日は添えではなく証人役なのだろう。
朝よりは整っている。
名もある。
用向きもある。
立ち会いの顔も出した。
だが、まだ欠けていた。
「その不足は、いつ出た」
ガラムが聞く。
中年男はすぐ答える。
「昨日の昼だ」
「誰が気づいた」
「北市の荷番だ」
「誰が帳面と照らした」
男の返しが、一拍だけ遅れた。
「……帳場の若いのが」
「名は」
「そこまで要るか」
「要る」
門前の空気がまた少し硬くなる。
ガラムは薄板を受け取らない。
男の手の中に置いたまま、声だけを進める。
「不足が出た。荷番が気づいた。帳場の若いのが照らした。そこまであるなら、名前も出るはずだ」
男は笑わなかった。
代わりに薄く息を吐く。
「順を細かく切るな」
「欠け目を埋めてるだけだ」
朝の老人がそこで初めて口を開いた。
「……ラダンは急いでる。町側でも話が広がりかけてる。全部を揃えるまで待っていたら、余計に面倒になる」
その言い方で、ガラムは一つ確信する。
向こうも焦っている。
こちらに順を通され続けたせいで、今度は町側で話が先に膨らみかけているのだ。だから不完全でも照らし合わせを始めたい。始めてしまえば、その場の形で押し切れると思っている。
だが、急いでいる時ほど欠け目は大きく出る。
ガラムは門柱に背を預けず、まっすぐ二人を見た。
「照らす前に欠けを埋めろ。名は朝より通った。用向きも前よりある。だが、誰が気づき、誰が照らしたかがまだ薄い」
中年男が薄板を持つ手に力を入れる。
「そこまで揃えたら、お前は照らすのか」
「継ぎ目が揃えばな」
「帳面切れはそっちにあるんだろう」
「ある。だが持たせない。急がせない」
男の目が険しくなる。
朝の老人は、その横でむしろ納得したような顔をしていた。
老人は小さく言う。
「欠け目か」
「ああ」
ガラムは頷く。
「名も用向きも、だいぶまっすぐになった。だが、途中の手がまだ抜けてる。そこを抜いたまま照らせば、あとで誰にでも繋げ直せる」
広場では灰布の列が一つ進んだ。
誰も門へ寄って来ない。
誰も“もういいだろう”と口を挟まない。
その流れを見て、中年男の顔がわずかに変わる。
押せば動く場ではないと、ようやく腹に落ちた顔だ。
「……わかった」
男は薄板を懐へ戻した。
「名を持って来ただけじゃ足りず、用向きだけでも足りず、途中の手も要る。そう返せばいいな」
「そうだ」
「面倒だな」
「面倒を先に払ってる」
男は鼻を鳴らし、朝の老人と一緒に門前を離れた。
見張りがその背を追う。
ガラムはすぐには広場へ戻らず、門の外の土をしばらく見た。足跡は二人分。余計な付き添いはいない。今日は本当に、この二人だけで来たらしい。
ディノが壁の上から声を落とす。
「ずいぶん揃えてきたな」
「ああ。だが、まだ急いでる」
「次はどう来る」
ガラムは三本の棒を見た。
「たぶん人を足す」
「証人か」
「それだけじゃない。欠け目を埋めるための名を、もう一つ二つ持ってくる」
それは厄介だった。
継ぎ目が増えれば、そのぶん本当に整って見える。だが逆に言えば、増えた分だけどこかに嘘の縫い目も出る。
狼は腹で走る。
群れは順で持つ。
名が通り、用向きが通り、次に来るのは途中の手だ。
そこまで揃えた話なら、ようやく本当に重くなる。
だからこそ、次はもっと静かに見なければならない。
重くなった話を、重いまま受けるために。
最後まで読んでくれてありがとう。名も用向きも揃ってきた時ほど、途中の欠け目が大事になってきます。次も楽しんでもらえたら嬉しいです。




