狸の落ち葉亭
「スー、お前何日無銭で宿に泊まったんだ?」
「えっとえっと5日だよ。」
(族長が目の色を変えて我に聞いてくるんだけど、なんでだ?)
「たった5日か! それでギルドではどんな仕事をしてどれだけ稼いだんだ?」
「Fランクだったから、薬草採取とかで一日銀貨10枚くらいだったかな。凄いってギルドの人に褒められたぞ!」
スーは得意満面だった。
「それと薬草採取に行った時に襲ってきた魔物を倒して売ったよ!」
「その倒した魔物は何だったんだ?」
「え————っとね、サーベルキャットだ!あいついきなり襲ってきたんだよな————一発でのしちゃったけどね。」
「サーベルキャットですか、Bランクモンスターで牙が高値で取引されるので討伐報酬と買取を合わせて最低でも小金貨12枚にはなりますよ。」
急にヴェルスが話に加わってきた。
「うん!確かそのくらいだった。」
(みんな、何でそんなことを聴くんだ?)
「ちょっと待ってください、スーさん、それでまだ宿代の返済が終わってないのですか?」
「ああ、宿の人がまだまだだって言ってたぞ。」
「一体一泊いくらの宿なんですか?」
「ん—————————・・・。」
「それで、いくらなんですか?」
「ん—————————・・・・・・・・・・知らない!」
全員がずっこけてしまった。
スーを抜かした全員がヴェルスの周りに集まり話を始めた。
「スーさんが泊っている宿屋はどう考えてもおかしいです。」
「うんそうだな。いくらスーがバカ食いしたとしても金貨10枚で返済が終わっていないのはおかしい!」
「これは騙されてるとしか考えられませんわ。」
「いや、完全に騙されてるとしか考えられんぞ。」
「スーは強いが、昔からちょっと、いや、かなり天然だったからな・・・。」
(なんか我、バカにされていないか?)
「もうー!みんな、何言ってるんだ!宿屋の人はギルドの登録料も貸してくれたんだぞ!」
「「「「「「誤差です!!」」」」」」
「つ・・・・・。」
(そんな、皆で我をいじめなくてもよいではないか・・・。)
「ここで話していても埒が開かないので皆でスーの泊っている宿に行ってみよう。」
ゼントの一言で皆でスーの泊っているという宿に行くことになった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
郊外の森からハヤト・シティに戻った後、ゼント達はギルドに行き、スーが依頼で稼いだ報酬の履歴をもらってきていた。
スーの稼いだ金額が想定していたよりもさらに多く、かなりぼられているのは明白だったのだが、スーが請求書や領収書の類を全く受け取っていないことが判明したので完全に行き詰ってしまった。これではスーが払ったという事が証明できないのだ。それに対してスーが宿に泊まっていたという事実は他の宿泊客に知られているので言い逃れが出来ない。
ここで手を挙げたのがなんとヴェルスだった。純粋なスーに対する宿屋の店主の行為がどうしても許せないというのだ。ヴェルスに妙案があるということなのでヴェルスの指定どおり夕方になってからスーが泊っている宿屋にやってきた。
「ここがスーが泊っている宿か、名前からして胡散臭いな。」
宿屋の看板には『狸の落ち葉亭』と書いてあった。
宿の食堂は飲み屋を兼ねているため一杯やっている客が大勢いた。
「皆さん、計画した通り私だけで行ってきますね。」
ヴェルスはやる気満々だ。
「分かったけど、無理はするなよ。」
「はい、もちろん!スーさん、私が呼んだら中に入って来たください。」
「ん、分かった!」
ヴェルスは意気揚々と宿屋のドアを開けて中に入って行った。
この瞬間、店にいた全ての男が『狼の群れの中に子羊が迷い込んで来た。』と認識したのだ。ヴェルスの外観から見れば成人になって間もないどこかのお嬢さんとしか見えないので決してのその認識は間違っていない、間違っていないのだが、実際には『狼の群れの中にドラゴン』が迷い込んできた。』という事実を誰も認識できていなかった。
ヴェルスは飲み屋の開いている席に座るとビールとつまみを注文し、わざとらしく飲み屋の中を観察し始めた。
(いた、あの人だ!)
ヴェルスはスーの記憶から得た情報でスーの顔見知りの男を見つけ、その男を一瞬だけ見つめた後、そっぽを向くように視線を外しウエイトレスが持ってきてくれたビールを飲み始めた。
「お姉ちゃん、一人かい?」
「ええ、そうよ。」
ヴェルスに話しかけてきたのは、スーの記憶にあった男ではなく、モヒカン頭の厳ついがたいの男だった。
「どうだい、俺と一緒に仲良く飲まねえかい?」
「遠慮しておくは、私の趣味じゃないし。」
「何だとー!」
男はヴェルスの座っている机を荒々しく叩いてヴェルスを睨んだ。
「何かしら?」
ヴェルスは全く動じず、男を汚物でも見るかのような目で見つめた。
「・・・・・つ、あ、いや、悪かった、邪魔してすまなかったな。そうだな、酒は楽しくの飲まないといけないよな。」
男はばつが悪そうに手を頭に当てて謝りながら元居た席に戻っていった。
周りも当の本人も何が起きたのか分からず、皆呆然としていた。
そう、この男は本能的にヴェルスの眼力に圧倒的な実力差を感じたのだ、正にドラゴンに睨まれた狼のように。
次に近づいてきたのは、さっきヴェルスが見つめた男だった。
「お嬢さん、さっきから店内を見ていたみたいだけど誰かと待ち合わせかい?」
男は下心丸出しだったが、先程の男よりは紳士的に振舞っていた。
「いえ、待ち合わせじゃないんだけど人を探しているの。」
男の目をじっと見つめながらヴェルスは話し始めた。
「この宿に猫耳の獣人の娘が泊っているって聞いたんだど。貴方知らない?」
「あ、ああ獣人の娘か、それならそろそろ帰ってくるんじゃないかな。」
男はヴェルスの隣に座って話始めた。
「貴方あの子と知り合いなの?」
「いや、知り合いという分けじゃないけど顔見知りといったところかな。」
「あの子になんか用なのか?」
「私、先日あの娘にお金を貸したんだけど、どうもあの子はこの宿にも借金をしているみたいなのよ、貴方知ってる?」
ヴェルスはお酒に酔ってふりをして、少し目をとろんとさせながら男に詰め寄っていった。
「ああ、そうだな、この間宿屋の主人にお金を返してたっけ。」
「え、本当!私はまだなのよ! あの娘いくら返していたの!」
ヴェルスは男の腕を掴んでゆすりながら男に問いただした。
「あ、いや金額までは・・・。」
「あ、ごめんなさい、そうよね、貴方が金額を覚えているはずないですよね。」
ヴェルスは男の腕を掴んだまま男の眼をじっと見つめた。ヴェルスはこうやって男の心に入り込んみ、男の記憶を掘り起こしてやっったのだ。
「あ、そう言えば3日ぐらい前だったか、あの娘が意気揚々と宿屋に入って来たと思うと、嬉しそうに主人に小金貨を渡していたな。あの時は小金貨が10枚以上だったので主人も驚いていたぞ。」
「え、10枚以上! 本当!」
「ああ、本当だ! なあサム、そうだよな!」
男は連れと思われる男性に同意を求めると。
「ああ、そう言えばサーベルキャットを倒したって自慢していたな。誰も信じなかったけどね。」
「それは私のお金よ! 私が小金貨30枚あの子に貸したんだから!それで借金を払ったのね!許せない!」
ヴェルスは激高して立ち上がり、カウンターにいる宿屋の主人の方に勢いよく歩いていき若干呂律が回らない感じで話始めた。
宿屋の主人は40才くらいなのだが、既に頭は禿げており、少々小太りで一見人の良さそうなおじさんである。
「ねぇえ、貴方、こ、ここの宿の主人でしょう!」
「ええ、そうですが、お嬢さんそんなに酔って大丈夫ですか?」
「あの子がさー、あんたに払った小金貨30枚、私に返してよ!」
「いや、あれは借金を返済してもらったお金なんで、お嬢さんに返すことはできませんよ。」
「そんなこと言わないでよー! 30枚の内10枚でもいいんだからさ!ね♡お願い!」
「そ、そんな色目を使われても貴方には渡せませんよ!それに私がもらったのは小金貨13枚だけですからね。」
この時ヴェルスは『もらった!』と心の中で叫んでいた。
「でも―あれが無いと私が今の宿を追い出されちゃうのよ。可愛そうでしょう!何とかしなさいよ。」
「お嬢さん無理を言っちゃあいけないよ。まあ、宿を追い出されるっていうんなら、この宿にきたらどうだい。支払いは暫らく待ってあげるからさ。」
「えーっ、でも高いんでしょう。」
「いえ、いえ、一泊銀貨3枚で朝食は小銀貨3枚、夕食が小銀貨5枚ですから、他の宿とそんなに変わりませんよ。」
「へー、その金額だと一泊二食付きで銀貨3枚と小銀貨8枚ですから、15泊すると銀貨57枚、つまり小金貨5枚と銀貨7枚、安いですねー。」
「あ、ああ、安いだろう。」
宿の主人はヴェルスの計算の速さに少し驚いていた。この世界では暗算が出来る人がいないのだ。
「それなら15泊したスーさんが最低でも13枚も小金貨を払っているのに何で借金の返済が終わらないのですか?」
「え?あ、それは・・・その・・・。」
宿の主人は口が滑っていたことにこの時やっと気が付きしどろもどろになっていた。
「何でですか?残りはスーさんに返却されるべきじゃあないですか?」
ヴェルスが詰め寄ると宿の主人は完全に黙りこんでしまった。
「ヴェルスさん、もういいだろう。」
飲み屋の奥の席に座っていた男が立ち上がり被っていたフードを取り、ヴェルス達の方に歩いてきた。
宿の主人は男の顔を見て真っ青になって言った。
「リ、リース保安官・・・。」
「そこまでだなガルフ、お前さん、以前から若い冒険者を食い物にしていたようだが、なかなか尻尾を出さなくて困っていたんだ。これからいろいろと聞かせてもらえるかな?」
宿の主人は悪あがきすることなく、その場に腰が抜けたように座り込んでしまった。
「ヴェルスさん、ご協力ありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ。」
ヴェルスはにっこりと笑って保安官に深々とお辞儀をした。




