ガニマ
東京で就職した私は、会社に近い芝浦に部屋を借り、一人暮らしを始めた。新しい職場では多少の権限と数名の部下を与えられ、やりがいはあるのだが、毎月200時間を超える残業では横浜からの通勤が厳しかったからだ。
海の事は常に頭から離れないが、私は仕事を言い訳に、楽な生き方へと逃げていたに過ぎない。男の生き甲斐は仕事だなんて嘯き、本当に大切な物を見失っていた。
幸い、ガニマの登場は海のプライドに火をつけ、僅かな諍いの後に、母の膝の上という実家で一番権力のある玉座を海が勝ち取ったという。
以来、海は母にもすっかりなつき、昼は母の膝、夜は私の布団の上が海の定位置になった。ガニマの方は海に喧嘩を売るでもなく、昼は一人で縁側で雀を眺め、海が私の部屋に戻ると母と寝る、という住み分けがすっかりできているそうだ。
ただそれは幼いガニマに精神的な負担をかけていたに違いない。新参者であるが故の我慢を表に出さずに堪えていたガニマは、やがて体中に癌を抱え、数年という短い生涯を終える。
なかなか実家に行けなかった私には、ガニマが初めて来た日のイメージだけが鮮明に残っている。ペットショップのケージから開放され、広い遊び場に出た喜びを全身で表現していた子猫。初めて自分の生涯の飼い主を得て、心底落着いた様子で母の膝上に香箱を作った時の自信に満ちた横顔。ガニマとは交流は無かったが、こんな環境で暮らす事で本来の寿命を縮めたのではないかと思うと心が痛んだ。
海と母とをつないでくれた事にただ感謝して、私は母の膝で固くなったガニマをなで続けた。最期を母に看取られ、大好きだった膝の上で旅立てた事が、ガニマに少しでも安らぎをもたらせていれば、と願いながら。




