第七話 marcato
屋上で待っていた男性――一条氏――は懐かしそうに、でも哀しそうな目を弥生に向ける。
「・・・お前は、澪さんの娘か」
「だとしたら何でしょうか。そちらには関係のない話だと思いますが」
弥生の突き放した言い方に一条氏はピクリとする。
「それで、私を選んだ本当の理由を教えていただけますか」
―――一条さんはね、どれだけ才能のある人でも絶対に初対面の人とは共演しないんだよ。
春人が言っていた言葉に弥生は引っかかりを覚えた。
弥生と一条氏が始めて会ったのは師範の家。それもお茶請けを出しただけであって会ったと言えるようなものじゃない。
では、何故一条氏は弥生を指名したのか。
「あなたがデビューしたのは、私が生まれる数年前だそうですね」
突然私が話し出したことに怪訝に思っているという雰囲気がありありと出ている。
「そうだ。それが如何した」
「あなたはどれだけ才能のある相手であっても、初対面の方とは絶対に共演されないとお聞きしました」
「・・・誰から聞いた」
このとき、初めて一条氏が少し焦ったような表情を見せた。
「私の苗字から誰かは想像できるでしょう」
「・・・・・・浅見春人か」
「そうです」
春人から聞いた一条氏の話はとても無理矢理弥生を表に出そうとする人と同一人物とは思えなかった。
――一度目にその人の才能を。
――二度目はその人の得意とするものを。
――そして三度目はその人の協調性を。
一条氏は最低でも三回は会っていないと共演の話を持ちかけたりはしない。
「これはあなたの中では不文律とも言える絶対条件なのでしょう」
「・・・そうだ」
「では、どうして今回はその不文律を破られたのですか」
一切の嘘を見逃さないように一条氏を睨みつけるように見つめる。
「・・・初めてお前を見たとき、澪さんがそこにいるかと思ってしまった。初めは他人の空似かと考えた。だが、お前の戸籍は養子扱いの上、その引き取り相手は澪さんの親友だった浅見千尋さんだと知って、お前が澪さんの子供だと確信した」
「・・・・・・」
「確かにお前の言ったとおり、俺は最低でも三回は会わないの共演はしない」
一条氏はそこで言葉を区切ると、切なげな眼を弥生に向ける。
「だが澪さんの娘であるお前なら、俺のピアノで歌えると思った」
―――覚悟を決めなくてはいけないのかもしれない。
私がどれほど拒否してもこの人は私を表舞台へと引っ張り出すつもりなのだろう。現に、一条氏はメディアを使って私の名を世間に知らしめた。
そして彼らは私の情報を丹念に調べ上げるだろう。私が誰の娘なのか、いとも簡単に見つけ出してしまう。
「―――条件があります」
「なに・・・?」
「文化祭で私が歌うのは一曲だけ、それ以外の歌は歌いません。それと、私の実母の名をメディアの人たちにバレないようにしてください。それが条件です」
しばらく一条氏は考えるように目を伏せていたが、一つ息を吐いて弥生を見た。
「・・・・・・分かった。学院長には俺から話を通しておく」
「ありがとうございます。・・・では」
弥生が屋上を出るため一条氏に背を向ける。
やがてゆっくりと扉は閉まり、屋上には一条氏だけが残った。
―――彼女は知らない。
何故一条氏が橘澪にこだわり、その娘である弥生に目をつけたのか。
屋上を後にする弥生を愛おしげな眼差しを向けていたことを。
そして、それが何を意味するのか。
あのとき止まったはずの歯車が今再び廻り始めた―――。
かなりお久しぶりの更新です・・・・・・。
久しぶりすぎて話がちゃんと繋がっているかどうかすら怪しい(ノд<。)
これからも超鈍足更新になると思いますが、気が向きましたら暇つぶし程度に読んでやってくださいm(__)m
誤字脱字ございましたらご報告ください。