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記憶の奔流

それは、私が15歳の誕生日を迎えた夜の明け方のことだった。


自室のベッドで目を覚ました瞬間、脳の奥底から、まるで巨大なダムが決壊したかのようなすさまじい勢いで、まったく別の人生の記憶が私の意識へと濁流のように流れ込んできた。


——金色の複雑な刺繍が施された重厚なドレスの感触。

——水分が完全に失われた乾燥しきった荒野の熱風と、鼻腔を突く鉄錆と乾いた土の澱んだ臭い。

——王家の者たちがずらりと並び、厳粛な空気の中でサインをした署名用紙の質感。

——そして、白亜の処刑場の壇上で、冷徹に振り下ろされた銀色の刃の閃光と、鮮烈な赤


「……っは……はぁっ……!」

私はベッドの上に這いつくばり、自分の喉を引き裂くような激しい声でむせび泣いた。 私は、あの荒廃したレヴァンテ王国の王子妃エレノアだった。そして、この現代日本でお隣のお姉ちゃんとして私を溺愛し、まるで本当の妹のように可愛がり、そしてある日突然この世界からいなくなったあの子こそが——

あのとき、私たちが「国家の秩序を守るため」「民の不満を収める火消しのため」として断頭台への処刑のサインをした、あの異世界の聖女・あかりだったのだ。

脳裏に、あの世界でのすべての記憶が、鮮烈かつ残酷な映像と生々しい感覚となって蘇る。


あかりの罪とされた行動の意味がわかった。あかりが生まれ育ったこの日本という世界では、蛇口をひねれば無限に綺麗な水が流れる。あかりは、自分が置かれた世界の異質さに気づけなかったのだ。もし、私たちが現実を隠さず、あの国の苦しい事情や水の一滴の重みを正直に伝えていれば、あんなにも他人の痛みに寄り添う優しいあかりのことだ。きっと自ら進んで入浴を控えてくれたはずだった。

甘いおやつだってそうだ。なぜあかりが切望したのか。その理由が、いまなら痛いほど理解できた。

子供の頃、私が学校で失敗して泣いたとき、あかりは温かいココアと小さなカカオを差し出して、「辛いことがあったときは、こうして甘いものを食べるといいの。不思議と心がぽかぽかして、また元気が湧いてくるから」と教えてくれた。あの過酷で冷酷な異世界にたった一人で放り出され、ただ役割を求められる絶望的な孤独と恐怖に押し潰されそうになっていたあかりにとって、甘いお菓子を求めることは、かつて自分が私を慰めたように、あるいは自分がその圧倒的な恐怖と孤独に耐えるために、必死に心を保つためのたった一つのすがりどころだったのだ。鼻の奥に蘇ったのは、あかりの部屋を満たしていたカカオの甘い香りと、鮮血のコントラストだった。


そんなあかりに、私たちはどうしたか。「機嫌を損ねて浄化をやめられては困る」という自分たちの保身と都合だけで、あかりの要求を裏で満たし続け、残酷な現実を彼女に知らせずにただ対応し続けた。理由を推し量ることも、説明もせず。そして、民衆の欲が膨らみ、不満が高まると、今度は「我が儘三昧の傲慢な女」と勝手に悪者に仕立て上げ、民衆の怒りを収めるためのいけにえとして、私たちの手で処刑台へと突き落としたのだ。


あの世界において大人とみなしたあかりは、まだたった15歳の子供だったのだ。 親元から引き離され、誰も寄り添ってくれない過酷な異世界に放り出され、たった一人で世界を救うために魔力を振り絞っていたあかりは、どれほど孤独だったことか。その幼い少女に対し、私たちは何をしたのか。私たちが正当化したあの断罪のすべてが、自分たちの身勝手さと無責任さを糊塗するための見苦しい言い訳にすぎなかったことに気づき、私は激しい吐き気に襲われた。あかりは気づいていれば、絶対にあんな要求をしなかった。それなのに、私たちが——私自身が死に追いやったのだ。


「……ああっ……ああっ……ごめんなさい、あかり……ごめんなさい……!」


記憶の奔流が収まったあとも、私の精神は激しい眩暈と吐き気に支配され続けていた。あの異世界で私たちが「我が儘な聖女」として切り捨てたあかりが、この現代日本で私に無償の愛を注ぎ、そして突然奪い去られたあかりお姉ちゃんなのだという現実。 そのあまりにも残酷で、救いのない因果の輪を前にして、私のなかの倫理や道徳は音を立てて崩れ去った。 私たちがレヴァンテ王国で犯した罪は、単なる政治的な過ちなどではない。それは、純粋な善意で世界を救い、ただささやかな日常を求めただけの無力な少女を、人間の欲と保身のいけにえとして惨殺したという、決して許されない大罪だった。そしてその報いとして、私は現代においてあかりお姉ちゃんを失うという生き地獄を味わっている。


「もう遅い……もう何もできない……!」


頭の中で、あの処刑場の銀色の刃が翻る音と、鼻を突く血の匂いが何度も何度も木霊する。自分が王妃として謳歌した長年の栄華も、平和な治世も、すべてはあかりの血の上に築かれた偽りの砂上の楼閣にすぎなかった。その事実を思い知らされた瞬間、私の心のなかで、自分自身にも、あの世界に対しても、すべての愛着が完全に死に絶えたのだった。

血が滲むほど握りしめたてはまだまだ子供らしさを残している。15歳のあかりだって同じだったはずだ。そんなあかりを処刑するために私は署名した。


罪の意識が、津波のように私の精神を押し潰し、呼吸の仕方を完全に奪っていった。

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