ひび割れた日常
絶対的な平穏は、私が小学校3年生になったばかりの春の訪れとともに、何の前触れもなく音を立てて崩れ去った。
「あかりが、帰ってこないの……っ!」
夕暮れ時、茜色の空がまだ残る時間に、隣の家からあかりお姉ちゃんの母親の泣き叫ぶ、正気とは思えない声が響き渡った。 学校帰りの行方不明だった。当初は警察による大規模な捜査が行われ、近所中をしらみつぶしに探したものの、不審な痕跡や外部の人間との接触を示す証拠は一切見つからず、捜査は次第に事件性はないものとして扱われ、自発的な「家出」という処理へと切り替えていってしまった。 あかりお姉ちゃんの自室の机の上には、真新しい高校の制服と、使いかけのノートが無造作に残されたままになっていた。
私は居ても立ってもいられなかった。まだ子供だった私も、小さな自転車のペダルを必死こいて漕ぎ、あかりお姉ちゃんを探して近所の公園、ビルの隙間、昔二人で秘密基地と呼んだ小さな教会を涙ながらに駆けずり回った。どれだけ声を枯らして名前を呼んでも、返ってくるのは冷たい夜風の音だけだった。自分の無力な足では何の解決にも繋げられず、ただ胸を締め付ける絶望感だけが膨れ上がっていった。 大好きだったあかりお姉ちゃんがいない。あの温かい笑顔も、優しく頭を撫でてくれた温もりも、この世界から綺麗に消えてしまった。胸にぽっかりと開いた穴は、日を追うごとに冷たい鉛となって私を苦しめた。
あかりお姉ちゃんが消えたあとの世界は、色を失ったモノクロームの映画のように冷たく、退屈なものへと変貌してしまった。学校の授業中も、休み時間も、帰り道でも、ふとした拍子に「あかりお姉ちゃんならここでなんて言うだろう」と考えてしまい、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。机の引き出しの奥にしまい込まれた、二人で交換した手紙や、お揃いのストラップを見るたびに、涙が枯れるまで泣き続けた。
そして何より残酷だったのは、周囲の大人たちの無神経な対応だった。「まあ、そのうち帰ってくるわよ」「年頃の女の子の家出なんてよくあることさ」と、安易に口にする教師や近所の人々の言葉が、私の心を深く傷つけた。あかりお姉ちゃんを知る人でも、失踪が過去のことになり、お姉ちゃんがいないことが当たり前になっていく。その冷酷な現実が、私に子供ながらの絶望を教え込んだ。
そして何より耐え難かったのは、仲の良かったあかりお姉ちゃんのご両親の、見る影もない変貌だった。 あんなにも優しく微笑んでくれていたお母さんは、憔悴しきった顔でうつろな目を宙に彷徨わせ、お父さんは仕事も手につかずに無言で窓の外を見つめ続けるようになった。互いを激しく責め合うような諍いがあったわけではない。ただ、帰らない娘を待ち続ける果てしない絶望と疲弊が、二人から生きる気力を静かに奪い去っていったのだ。同じ屋根の下にいながら、どちらからともなく発せられる「今日も帰ってこなかった」という無言の事実が、二人にとってお互いの存在そのものを重い十字架のように感じさせてしまった。
それはあかりお姉ちゃんがいなくなってから数年、私が中学校を卒業する頃には、かつての理想的な家庭は形を失っていた。これ以上一緒にいること自体が互いの傷を広げ続けることになると悟った二人は、罵り合うこともなく、ただ静かに離婚という道を選んだ。お母さんは思い出を断ち切るように遠くへ引っ越し、お父さんはかつての温もりをすべて封印するかのように、駅前の古びた小さなアパートへと身を移した。 かつて二人で遊んだ庭は荒れ果て、並んでおやつを食べた縁側は雨戸で閉じられ、そして、ある日隣の家は更地へと姿を変えた。 あかりお姉ちゃんの帰る家がなくなってしまった。
あんなに優しかったあかりお姉ちゃんは、いったいどこへ消えてしまったのだろう。心の奥底の穴は、成長しても決して塞がることはなかった。
思春期の多感な時期を過ごすなかで、私を支えてくれたのは「いつかあかりお姉ちゃんが帰ってくるかもしれない」という、かすかな、しかし捨てきれない希望だった。しかし、時間が経てば経つほど、その希望は冷たい現実によって削り取られていった。失踪から時が過ぎ、周囲の人々は誰もがあかりのことなどすっかり忘れてしまったかのように日常を送り、街は新しい建物に建て替えられ、私たちの記憶すらも風化していくようだった。
あかりお姉ちゃんが残していった真新しい制服やノートは、母親が引っ越す際に処分されたと聞いた。彼女が生きていたという証拠がこの世から少しずつ消えていくたびに、私は自分が世界から見放されたような、耐え難い孤独感に襲われた。隣の更地を見つめるたびに、あかりお姉ちゃんと一緒に笑い合ったプリンの味や、ブランコを漕いでくれた背中の温もりが思い出され、胸が引き裂かれるように痛んだ。失踪という名の残酷な断絶は、私たちの未来だけでなく、過去の美しい思い出までもを底なしの泥沼へと沈めてしまったのだった。
失踪から生じたこの埋められない喪失感は、私の人格そのものを歪ませていくのに十分な威力を持っていた。友人関係においても、どこか他人に心を許すことができず、いつか大切な人は前触れもなく自分の前から消えてしまうのではないかという恐怖心が、常に私の心の壁となっていた。温かい家庭を知っているからこそ、それが崩壊したときの絶望の深さを誰よりも知っている私は、深い人間関係を築くことを無意識に恐れるようになっていた。あかりお姉ちゃんという唯一無二の存在を失った代償は、私の日々のすべての色彩を奪い去り、ただ冷たく乾燥した砂漠のような時間だけを残していった。




