温かく甘い春の陽だまり
私とは5つ年が離れていたお隣のあかりお姉ちゃんは、私がまだ母のお腹にいる時から誕生をとても楽しみに待ってくれていたと、何度も母から聞かされた。 「絶対に、絶対に可愛がるよ」と、お腹に向かって話しかけてくれていたあかりお姉ちゃんは、私が産声を上げたその日から宣言通り、まるで本物の実の妹のように、私を大切にしてくれた。 ビルとマンション群の隙間に小さな公園があり、どこか甘い車の排気ガスの匂いが漂うこの街並みの中で、私の幼少期から少女時代にかけての記憶は、いつもあかりお姉ちゃんの圧倒的な温もりに包まれていた。
まだハイハイしかできなかった赤ん坊の頃、あかりお姉ちゃんは私を自分の膝の上に乗せ、小さな色鮮やかなガラガラを振って私を笑わせようと必死になってくれた。よちよち歩きを始めてバランスを崩し、アスファルトで膝を擦りむいて泣いたときも、あかりお姉ちゃんはすぐに飛んできて、小さな温かい手のひらで私の涙をそっと拭い、「痛いの痛いの、飛んでいけって魔法をかけてあげるからね、もう大丈夫だよ」と強く抱きしめてくれた。私にとって、この世界を照らす灯りそのものが、あかりお姉ちゃんだった。
そのあかりお姉ちゃんを育てた両親であるお隣の夫婦もまた、信じられないほど慈悲深く、温かい人たちだった。 二人はいつ見ても仲睦まじく、日常の些細な出来事でも楽しそうに笑い合う、誰もが羨むような理想的な夫婦だった。 私の母はもともと体が強い方ではなく、私を産んだときの負担で体調を大きく崩し、家にはいるものの幼児の面倒を一日中見られるほどには回復していなかった。父も変則的な勤務形態の職についており、なかなか安定して育児に参加することはできなかった。我が家がそんな状態であることを見かねてか、お隣の夫婦は、自らの娘が溺愛する隣家の子供である私を、自分の子供のように頻繁に家に招いてくれた。
私が遊びに行くと、あかりお姉ちゃんのお母さんはいつも優しく柔らかな微笑みを浮かべながら「よくいらっしゃい、今日も可愛い妹ちゃんね」と手作りの焼き立てクッキーを差し出してくれ、父親は仕事の合間に庭の手入れの手を止め、「怪我をするなよ、おてんば娘たち」と私とあかりお姉ちゃんを温かい眼差しで見守ってくれていた。
家庭全体が、まるで春の柔らかな陽気そのように、愛に満ち溢れていた。
血の繋がりこそなかったが、私たちの間柄は間違いなく「本物の姉妹」よりも深く結ばれていた。 週末は終日、お姉ちゃんが私と遊んでくれる素敵な日だった。遊び疲れると、あかりお姉ちゃんのお母さんが作ってくれたおやつを、縁側に二人並んで行儀よく食べた。
「わあ、今日はプリンだ! すごいね、あかりお姉ちゃん、すっごく美味しいね!」
すぐに自分の分のプリンを食べ切ってしまった私に、あかりお姉ちゃんは少しお姉さんらしい得意げな顔をしながら、自分の分のプリンからスプーンですくい、「はい、お姉ちゃん特製の一口あげる」と私の口に運んでくれた。そのときの、言葉にできないほど甘くて優しい味が、私の子供時代の世界のすべてだった。
小学校へと進んでも、私たちの距離が離れることは一度もなかった。 学年が違うため先に家に帰れば、あかりお姉ちゃんの帰りをいつも待ち侘びていた。窓の外を何度も確認し、あかりお姉ちゃんの姿を見つけ次第家を飛び出す私をいつも優しく抱き止めてくれた。
私が学校の図工の時間に作った工作を見せると「わあ、すごい上手だね!」と目を輝かせて褒めてくれ、時には宿題の分からない漢字や算数の問題をやさしく教えてくれた。お互いの世界が少しずつ広がっても、私にとっての「一番大切な人」は常にあかりお姉ちゃんであり、彼女の優しさは、私をどんな不安からも守ってくれる絶対的な安心感だった。 近所の公園のブランコで「お姉ちゃん、もっと高く押して!」とせがむと、お姉ちゃんは息を切らしながらも、嬉しそうな笑顔で私の背中を力いっぱい押してくれた。夕暮れの空が茜色に染まるまで、二人で他愛のないおしゃべりをして笑い合う。そんな何気ない日常のひとコマひとコマが、私の胸のなかで宝石のように輝いている。
あかりお姉ちゃんとの思い出のなかで、最も鮮明に心に残っているのは、夏の夕暮れに二人で食べたかき氷の味だった。二家族で遊びに行ったお祭りの屋台で買ったカラフルなシロップが乗った氷を、ベンチに並んで夢中で頬張りながら、お互いの舌が何色に染まったかを見せ合ってケラケラと笑い合った。そのとき、あかりお姉ちゃんがふと遠い空を見つめながら、「ねえ、私ね、大人になったら世界中を旅して、みんなが笑顔になれるような素敵な場所を作りたいんだ」と優しく微笑みながら呟いたのを覚えている。その横顔は、子供心にも息をのむほど美しく、温かさに満ちていた。 「うん! 絶対に一緒に行こうね、お姉ちゃん!」と私が元気に返事をすると、あかりお姉ちゃんは愛おしそうに私の頭を撫でてくれたのだった。
ある日、学校でちょっとした失敗をしてしまい、ひとりでこっそり涙を流して帰ってきたことがあった。落ち込んでうつむく私に気づくと、あかりお姉ちゃんは何も言わずに私を自分の部屋へ連れていき、温かいココアを淹れてくれた。そして、どこからか大切に取り出した包みを開けて、小さなチョコレートをそっと差し出してくれたのだ。
「ねえ、聞いて。人間って、心がトゲトゲしたり悲しくなったりすると、体の中のエネルギーがなくなっちゃうんだって。だからね、辛いことがあったときは、こうして甘いものを食べるといいの。甘いお菓子がお腹に入ると、不思議と心がぽかぽかして、また元気が湧いてくるから」
そう言って微笑みながら頭を優しくなでてくれたあかりお姉ちゃんの指先は、カカオの甘い香りと一緒に、私の冷えきった心を優しく包み込んでくれた。その日から、私にとって甘いものは、ただの美味しいおやつではなく、お姉ちゃんの温もりそのものになった。
冬の寒い日には、お互いの家を行き来してコタツに入り込み、ミカンの皮を剥きながら他愛のないテレビ番組を見て声を上げて笑い合った。外は凍てつくような冷たい風が吹き荒れていても、あかりお姉ちゃんがそばにいるその小さな空間だけは、いつも春の陽だまりのようにぽかぽかとした温もりに満ち溢れていた。夜、自分の布団に入ったあとも、「明日もお姉ちゃんと一緒に遊べるかな」と考えながら、幸せな気持ちのまま眠りにつくのが毎日の楽しみだった。 少しお姉さんになった彼女が、学校から帰ってきた私を優しく受け止め、宿題を見てくれたり、おやつを分けてくれたりする時間。
そんな、温かくて甘い日常、あかりお姉ちゃんの温かい優しさに包まれている日々の中、私は自分が世界で一番幸せな子供だと心から信じていた。




