91 サザランカ領にて
スッツデール帝国へ向けた船の中、3人の少女たちと1人の幽霊は遠足にでも出かけるかのように、小テーブルいっぱいに菓子とサンドイッチを広げていた。
「どうして、こうも急なのかしらね。」
ステラテアはメアリーに視線を送り、菓子を持ったまま手を上げる。カヴァリア連邦から急いで駆け付けてくれたのだが、道中からずっと文句を言われていた。ただ、意外にも準備が良かったのは黙っておこう。
「あら、ステラテア、一緒にまたこの世界を救うことができて私は楽しいわよ。」
「……ポリー。」
ポリーとステラテアのこのやり取りも何度聞いただろうか。横にいるメアリーとサラは辟易としながら、卵の入ったサンドイッチを口いっぱいに頬張る。ここには御付きもいないので咎める者は誰もいない。
「そうだわ、これ。」
ステラテアは懐をまさぐると、1つのパスポートを投げてよこす。
「まあ、ありがとう。」
メアリーはパスポートについて菓子の粉を払いのけながら、それをまじまじと見る。表紙にはカヴァリア連邦を示す紋章が金字で描かれており、1ページめくると、『メアリー・サチュバエラ』と記載されている。
「あなたは私の従姉妹という設定だからね。」
スッツデール帝国に敵対する国の民は、理由なく入港できない。そのため、メアリーとエルドレンの連名で偽造パスポートの作成を依頼しておいたのだ。協力してくれたカヴァリア連邦のハルラム第1王子には、改めて礼をする必要があるだろう。
「振る舞いには気を付けてよ。」
上品さには欠けるものの、世渡り上手なステラテアに窘められて、メアリーは頷きを繰り返す。
「私は王子から依頼されてあなたのパスポートだけ持ってきたけど、サラ様の分は必要なかったの?」
「急について来てくれることになったから、依頼が間に合わなくて……。」
メアリーは困ったように笑うも、サラは平然としている。
「心配しないで頂戴。メアリー様には簡単に説明したけれど、国内外の孤児院や教会にも足を運んで来たわ。今から行く領地は流石に初めての場所だけれど、帝国の知り合いの司祭から紹介状をいただいているから、特に止められないわよ。」
「わかったわ。けど、サラ。あなた、メアリーって呼ばないと。」
「ああ、ステラテア、そうだったわね。」
メアリーの偽りの身分は子爵令嬢なのだ。サラの方が伯爵令嬢になるから、身分が上になる。王女様のメアリーにとっても難しい問題だが、上位貴族は国外でも面が割れている者が多く、紛れ込むには下位貴族の方が都合がよかったのだ。
汽笛が3度鳴る。もうすぐ入港の時間だ。3人は急いで食べ進めると、少しの緊張感とともに下船準備を進めるのだった。
◇
色々な助けもあり、何事もなく一行はマシュベリーの父の領地、サザランカに到着した。港からそう遠くない領地だったが、外海の船の揺れ、馬車の揺れが続けば、地面はふわふわとしている。
そんなメアリーやステラテアをよそに、
「とりあえずこちらの司祭に挨拶してくるわ。」
といって、サラは教会の方へと足早に消えていく。彼女はまだまだ元気そうだ。
「孤児院や教会にも足を運んで来たというのは伊達ではないのね。」
「そうみたい。」
よろよろとする2人は宿舎へと足を運ぼうとしていた。サラの機転で、表向き、今回の旅の目的は奉仕活動にあたるため、シスターたちの使っていない宿泊室を貸してもらえることになったのだ。
夕陽がどこまでも見える地平線の先にあり、キラキラと輝いていた。少し前までいたクラウゲンやモレスティアとは違い、ここで吹く風は新緑の息吹を感じる香りがする。
「あれ、メアリー?」
頭上から降り注ぐような高い声にメアリーは振り向くも、そこには誰もいない。だが、聞きおぼえのある少年の声がかすかにした気がする。
「どうしたの?」
「何か聞こえた気がして。」
2人が耳を澄ませるも、風が下草をなびかせる音しか聞こえない。
「疲れて幻聴でも聞こえたんじゃない?早く寝ましょう。」
「そうね。」
教会の鐘が夕刻を知らせる。きっと、先ほど高い塔に据え付けられているのであろう。遮るものの少ないこちらでは、彼方に見える森の奥まで響くのか、驚いた鳥たちが飛び立つ様子が見て取れた。
メアリーは後ろ髪を引かれながらも、その場を後にするのだった。




